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第190話 ベルモンテ侯爵様とクラウディア嬢の会話
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クラウディア嬢の尊大な態度から、ベルモンテ侯爵家の人間は皆、悪辣な人ばかりかとか思っていたけれど、侯爵様ご自身は良い方だった。人は話してみないと分からないものである。
だけど、侯爵様の人格とベルモンテ一族とでは話は別だ。
先ほど耳に入ってしまった会話を思い出す。
『殿下を苦しめる行為はいい加減止めるんだ』
『影を操ることもできない下民出身の余所者が、わたくしに偉そうな口を叩かないで! わたくしたち一族はずっとこの仕事で成り上がってきたの。そしてこれからもよ』
穏やかにたしなめる侯爵様の声に反して、荒々しいクラウディア嬢の声。
誰に聞かれても良いとでも思っているのだろうか。
『今は時代が違う。もうそんな考えは捨てるんだ。王族の方々に真摯にお仕えし、お支えしてこそ恩賞を授かる形であるべきだ』
『あなたがそう思うなら、あなたの正義の中で勝手に仕えたら! わたくしたちとは相容れない人種よ。――もう、行くわ!』
『クラウディア!』
殿下を苦しめる行為。影を操ることができる。この仕事で成り上がってきた。
これらの言葉から考えても、ベルモンテ一族が影を人や場所にまき散らしている黒幕であることはほぼ間違いないのだろう。そして懸命に止めておられたけれど、侯爵様もそれをご存知でいた。
殿下がお知りになったら悲しまれるだろうと、ただそれだけを思った。
「――ヌ嬢、ロザンヌ嬢」
自分の名前を呼ばれてはっと我に返り、声のする方向に視線をやると。
近っ!
そこには殿下のお綺麗な顔がすぐ側まで迫っていた。
反射的に椅子から立ち上がり、ズサササッと音がするほどに端の壁まで身を引く。
私はばくばくと鼓動を打つ胸に手を当てながら睨み付ける。
「い、いきなり何ですか、殿下! ふ、不用意にわたくしに近寄りますと火傷しますわよ!?」
「説得力がありすぎる」
殿下は楽しそうに笑う。
まったく吞気なお方だ。この国の行く末が心配である。
「この国の行く末まで考えてくれて感謝するとでも言っておこうか。――ところでどうした? ぼんやり考えに耽っていたようだが」
「申し訳ありません」
しずしずと謝罪しながら席に戻ってきた私に、殿下は眉をひそめた。
「君が謝るとは。疲れているのか? 少し休んでもいいぞ」
何でだ。
素直に謝っているだけなのに、私への評価がおかしい。
「いえ。……その。お尋ねしたいことがあるのですが、ベルモンテ侯爵様はどんな方でいらっしゃいますか?」
「え?」
話の出し方が唐突すぎたかな。
私は慌てて付け加える。
「以前、侯爵様はベルモンテ家に婿として入られた身だとお聞きしたので、貴族間でのお立場などはどのようなものかと興味が」
「ああ。彼はとても良くやってくれている。商人出身ということで貴族の間では軽く見られてはいるが、庶民からの視点で彼らの生活に寄り添った事業の提案を度々してくれている。……他の貴族には一蹴されているが」
殿下は眉をひそめてため息をつく。
「しかし私は彼を評価している」
「そうですか。お優しい方ですものね」
「彼と会ったのか?」
……あ。言葉選びに失敗した。
誤魔化しようがないので頷く。
「はい。クラウディア様とお話しになっているところを、たまたま通りかかりました」
「そうか。それで彼らはどんな話を?」
「え? あ、いえ。お二人がお話を終えてお別れする頃でしたので」
殿下にどのように伝えればいいのか、まだ分からない。私は深くは聞かなかったことにした。が。
「ベルモンテ家が影をまき散らしているという話でもしていたのか?」
「っ!」
咄嗟に顔色を変えてしまった私を殿下は静かに見つめる。
「ロザンヌ嬢。私のことで君が気負うことはない。いや、気負わないでくれ。それとも私に話すことをためらう程、私が頼りなく思うのか?」
「そんなことは! そんなことはありません。わたくしはただ」
ただ、殿下を……。
「悪い。ずるい言い方だったな。君は私のことを考えてくれていたのに。だが、私のことを思ってくれるならば、なおさら話してほしい」
視線を落とした私に殿下は穏やかな口調で促した。
「そうか」
私が耳にしたことを全てをお話すると、殿下は視線を半ば伏せて大きくため息をついた。それから沈黙を保ったままだ。
ご自分の中で葛藤が生まれる一方、事実を事実として認めて気持ちを整理しようとなさっているのだろう。
私もまた口を閉ざす。
ベルモンテ家が代々、呪いを利用してきた一族だったとしても、現在のベルモンテ侯爵様は、侯爵様だけは殿下の御身を考えてクラウディア嬢を止めようとしている。それだけは伝わっていてほしい。
再度伝えようとしたその時。
「ありがとう」
殿下が重い口を開き、私にお礼を述べた。
「え?」
「包み隠さず教えてくれてありがとう」
「……っ。で、殿下! ベルモンテ侯爵様はお優しい方です」
「ああ」
「殿下を気遣われる、とてもお優しい方なのです」
再度繰り返すと、こちらを気遣うような笑みで殿下はそうだなと頷いた。
だけど、侯爵様の人格とベルモンテ一族とでは話は別だ。
先ほど耳に入ってしまった会話を思い出す。
『殿下を苦しめる行為はいい加減止めるんだ』
『影を操ることもできない下民出身の余所者が、わたくしに偉そうな口を叩かないで! わたくしたち一族はずっとこの仕事で成り上がってきたの。そしてこれからもよ』
穏やかにたしなめる侯爵様の声に反して、荒々しいクラウディア嬢の声。
誰に聞かれても良いとでも思っているのだろうか。
『今は時代が違う。もうそんな考えは捨てるんだ。王族の方々に真摯にお仕えし、お支えしてこそ恩賞を授かる形であるべきだ』
『あなたがそう思うなら、あなたの正義の中で勝手に仕えたら! わたくしたちとは相容れない人種よ。――もう、行くわ!』
『クラウディア!』
殿下を苦しめる行為。影を操ることができる。この仕事で成り上がってきた。
これらの言葉から考えても、ベルモンテ一族が影を人や場所にまき散らしている黒幕であることはほぼ間違いないのだろう。そして懸命に止めておられたけれど、侯爵様もそれをご存知でいた。
殿下がお知りになったら悲しまれるだろうと、ただそれだけを思った。
「――ヌ嬢、ロザンヌ嬢」
自分の名前を呼ばれてはっと我に返り、声のする方向に視線をやると。
近っ!
そこには殿下のお綺麗な顔がすぐ側まで迫っていた。
反射的に椅子から立ち上がり、ズサササッと音がするほどに端の壁まで身を引く。
私はばくばくと鼓動を打つ胸に手を当てながら睨み付ける。
「い、いきなり何ですか、殿下! ふ、不用意にわたくしに近寄りますと火傷しますわよ!?」
「説得力がありすぎる」
殿下は楽しそうに笑う。
まったく吞気なお方だ。この国の行く末が心配である。
「この国の行く末まで考えてくれて感謝するとでも言っておこうか。――ところでどうした? ぼんやり考えに耽っていたようだが」
「申し訳ありません」
しずしずと謝罪しながら席に戻ってきた私に、殿下は眉をひそめた。
「君が謝るとは。疲れているのか? 少し休んでもいいぞ」
何でだ。
素直に謝っているだけなのに、私への評価がおかしい。
「いえ。……その。お尋ねしたいことがあるのですが、ベルモンテ侯爵様はどんな方でいらっしゃいますか?」
「え?」
話の出し方が唐突すぎたかな。
私は慌てて付け加える。
「以前、侯爵様はベルモンテ家に婿として入られた身だとお聞きしたので、貴族間でのお立場などはどのようなものかと興味が」
「ああ。彼はとても良くやってくれている。商人出身ということで貴族の間では軽く見られてはいるが、庶民からの視点で彼らの生活に寄り添った事業の提案を度々してくれている。……他の貴族には一蹴されているが」
殿下は眉をひそめてため息をつく。
「しかし私は彼を評価している」
「そうですか。お優しい方ですものね」
「彼と会ったのか?」
……あ。言葉選びに失敗した。
誤魔化しようがないので頷く。
「はい。クラウディア様とお話しになっているところを、たまたま通りかかりました」
「そうか。それで彼らはどんな話を?」
「え? あ、いえ。お二人がお話を終えてお別れする頃でしたので」
殿下にどのように伝えればいいのか、まだ分からない。私は深くは聞かなかったことにした。が。
「ベルモンテ家が影をまき散らしているという話でもしていたのか?」
「っ!」
咄嗟に顔色を変えてしまった私を殿下は静かに見つめる。
「ロザンヌ嬢。私のことで君が気負うことはない。いや、気負わないでくれ。それとも私に話すことをためらう程、私が頼りなく思うのか?」
「そんなことは! そんなことはありません。わたくしはただ」
ただ、殿下を……。
「悪い。ずるい言い方だったな。君は私のことを考えてくれていたのに。だが、私のことを思ってくれるならば、なおさら話してほしい」
視線を落とした私に殿下は穏やかな口調で促した。
「そうか」
私が耳にしたことを全てをお話すると、殿下は視線を半ば伏せて大きくため息をついた。それから沈黙を保ったままだ。
ご自分の中で葛藤が生まれる一方、事実を事実として認めて気持ちを整理しようとなさっているのだろう。
私もまた口を閉ざす。
ベルモンテ家が代々、呪いを利用してきた一族だったとしても、現在のベルモンテ侯爵様は、侯爵様だけは殿下の御身を考えてクラウディア嬢を止めようとしている。それだけは伝わっていてほしい。
再度伝えようとしたその時。
「ありがとう」
殿下が重い口を開き、私にお礼を述べた。
「え?」
「包み隠さず教えてくれてありがとう」
「……っ。で、殿下! ベルモンテ侯爵様はお優しい方です」
「ああ」
「殿下を気遣われる、とてもお優しい方なのです」
再度繰り返すと、こちらを気遣うような笑みで殿下はそうだなと頷いた。
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