つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

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第238話 ノエル・ブラックウェルの手記(六)

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 エスメラルダ様は、リアーナが提供してくれた部屋で侍女服に着替えると、まとめ髪を作って出てきた。
 予備があったらしい。リアーナは先ほどと同じく侍女服に身を包んでいる。

「リアーナ、ありがとう。――ではエスメラルダ様。参りましょうか」

 私がエスメラルダ様を促そうとすると、お待ちくださいとリアーナが止めた。

「まさか侍女服に着替えたからと言って、手ぶらで殿下のお部屋に入れるとでも思うのですか?」
「え?」

 リアーナは持ってきたシーツを私に押しつける。

「シーツの替えですと言って、入ってください」
「いや、だが。今、殿下はベッドで伏せておられ――っ」

 思わず事情を漏らしてしまった私に、リアーナは眉をぴくりと上げた。

「そうですか。では間もなく殿下の侍女であるわたくしも呼ばれるでしょう。初めからおっしゃっていただければ良かったのに」
「……確かにそうだな」

 気持ちが逸って失念していた。
 髪をかき上げる私を前に、リアーナは腕を組んでため息をつく。

「そのご様子では、ノエル様お一人での対応は少々不安ね。わたくしも一緒に参りましょう。わたくしの補助としての方が信憑性が増すでしょうから」
「これは私の独断だ。君を巻き込むわけにはいかない」

 すると彼女は腕を解くと、今度は両手に腰を置いて胸を張る。

「あのですね、ノエル様。わたくしが侍女服をお貸しすると判断した時点で、もう自ら巻き込まれに行っているのですよ。今さら何ですか」
「それは」

 と言ったところで、侍従長がこちらへとやって来た。

「ブラックウェル騎士官長? こちらにおられましたか。もしやリアーナを呼びに来てくださったのですか?」
「え――」
「ええ。そうですわ」

 口ごもった私の代わりにリアーナが答えた。

「そうか。もう事情は聞いたかね」

 侍従長は彼女に視線を移す。
 私は詳しい説明をしなかったが、彼女は頷いた。

「はい。ただいま事情を伺ったところです」
「では準備を頼む。――ん? そちらは」

 侍従長の視線がエスメラルダ様に移るや、リアーナは真剣な表情を作り、エスメラルダ様を隠すように一歩前に出る。

「侍従長。現在、どのようなご様子でしょうか。必要な物は」
「あ、ああ。今は動ける状況におられないのでシーツはまだ必要ないが、準備だけはしておいてもらおうか。とりあえず白湯と着替えは最低限、用意してほしい。後は君に任せる」

 侍従長は私の腕の中にあるシーツを横目で見ながら答えた。

「かしこまりました。それでは準備が整い次第、早急に参ります」
「ああ。よろしく頼む。では、私は先に戻ります」

 最後の言葉は私に向けられ、私は目礼で彼を見送った。
 彼の姿が完全に見えなくなったところでリアーナが口を開く。

「というわけで、準備を始めましょう」

 私たちは顔を見合わせると皆で頷いた。


 一通りの必要な物を揃えた私たちは殿下の部屋へと向かった。

 部屋の前には護衛官がいるが、そちらは問題ないだろう。しかし大変なのは中に入ってからだ。そこには陛下と王妃殿下がまだいらっしゃるはず。退室していただくにはどうすればよいか。
 硬い表情をした私に気付いたリアーナは、私に手を伸ばすと頬を引っ張った。

「怖い顔だこと! そんな怖い顏をしていては、人は何事かと思うでしょう。ノエル様は殿下の護衛官なのだから、もっと余裕を見せておかなくては」
「――っ」
「大丈夫。行けば何とかなるものです」

 彼女の方が余程肝が据わっている。私は息を吐き出して頷いた。


 部屋に到着すると、護衛官は私の顔を確認するや敬礼した。
 本来なら殿下の着替え中や部屋の清掃中に私が立ち会うことはないが、今は手にシーツを持たされている状態だ。一瞬だけ護衛官は何か言いたそうな目になったが、結局何も口にせずそのまま通された。

 応接間を通って扉を開ければそこは寝室だ。私は息を吐くとノックした。
 すぐに反応があり、扉を開けて入ると、やはり陛下と王妃殿下はルイス殿下のすぐ側で見守っておられた。

「ご容体はいかがでしょうか」
「今はまだ眠っているよ。だが、時折苦しんでいる」
「……そうですか。そろそろお着替えが必要かと、侍女のリアーナを呼んで参りました」
「ああ。ありがとう」

 陛下は私の後ろにいるリアーナたちを一瞥すると、王妃殿下にお声がけされる。

「ルイスのお世話をしてくれるようだ。私たちは一度部屋に戻ろう」
「いいえ、いいえ。わたくしはここにいます。わたくしがルイスのお世話をいたします。わたくしはルイスの母親にございます!」

 頑なな王妃殿下に陛下はそっと肩に手を置かれた。

「素人が下手に体を動かしてはいけないよ。任せた方がいい。君も顔色が悪い。少し休みなさい」
「ですが」
「では、終わったらすぐに呼んでもらおう」

 感情的になりそうになる王妃殿下を優しいお声でなだめられると、王妃殿下は静かに頷き、椅子からお立ちになる。
 陛下は王妃殿下をお支えするように付き添う。

「……すまない。後は頼む」

 私たちに視線を流しておっしゃるとお二人は退室なさった。
 ほっと息をつく。

「それではわたくしは白湯の用意をして参ります」

 リアーナはそう言って寝室を離れる。私はエスメラルダ様を見ると彼女は頷いて殿下の元へと行った。
 額に触れたり、体に触れたりして診るのかと思われたが、殿下の手を一度ぎゅっと握られただけですぐに私へと振り返る。

「殿下はご病気ではありません」

 医師には匙を投げられ、診察もなおざりなのに、あまりにもきっぱりと告げる彼女に少し面食らってしまった。それでも確信を持っている彼女の考えを問う。

「では何が原因とお考えですか」
「――呪いです。殿下は呪いが掛けられております」
「の、呪いですか? どうしてそのような事が分かるのです」

 確かに呪いの術に関しては噂を聞いたことがある。かつてはよく使われたものだとも聞く。だが、実際に呪いだと言われてもどう信じていいのか分からない。
 すると彼女はふっと笑みを零した。

「私には見える・・・のです。殿下に――取り憑く影が」
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