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第241話 ノエル・ブラックウェルの手記(九)
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「これはこれは。ノエル・ブラックウェル様。外で騒がれていたのはあなたでしたか」
「ベルモンテ男爵。どうしてあなたがここに……」
信じられない思いで――いや、信じたくない思いで、ソファーから立ち上がるベルモンテ男爵を見つめる。
「なぜってそれは陛下にお呼びされたからですよ」
その言葉に私はご自分の椅子へと座った陛下へと視線を移した。
「そうなのですか」
「……ああ」
机に両肘を立て、視線を下に落とす陛下に動悸が高まる。ひどく嫌な予感が的中しそうで体が強張る。
「陛下。ルイス殿下に呪いを掛けたとされる女性が捕まりました。名はエスメラルダ・ベルロンド。彼女はほんの小さな薬屋の店主で、ただの薬師です」
「……そうか」
「なぜ、薬師なら毒を盛ったと思われないのですか。なぜ……なぜ呪いを肯定されるのです」
陛下からの返事はない。代わりにベルモンテ男爵が口を開いた。
「実は、ベルモンテ家は呪術に少々詳しい家系なんですよ。ルイス殿下のご容体が思わしくなく、医師もさじ投げとのことで、もしかしたらと私どもにもご相談いただいたところ、呪いだと判明したのです。ベルロンド家は遡れば、うちと分家した所でしてね。呪術の心得もあるのですよ。もう縁も薄いが遠い身内で恥ずべきことですがね。彼女が殿下に呪いを掛けたのは明白でした」
何を持って明白というのか。
「彼女は……呪術に関しては知識が浅いと。久しく呪術から離れたベルロンド家の彼女では呪いは解けないと、あなたの娘が」
私は反論するが、悦に入っているのか、それとも私の声が掠れて届いていないのか、ベルモンテ男爵はとうとうと得意げに話し続ける。
「何でも彼女は、頻繁に通われる殿下のご遊戯を寵愛と勘違いしていたそうじゃないですか。殿下には立派なご婚約者様候補がいるとも知らずに、裏切られたと思うとは逆恨みもいいところですな」
「彼女は……彼女は殿下のご寵愛を勘違いされるどころか、いつも笑って流されておりました。殿下の幸福を、この国の繁栄を一国民として遠くから願いたいと。そう申されていたのです――陛下!」
最後は喉が張り裂けんばかりに叫んだ。
陛下は視線を上げて私を真っ正面からご覧になったが、すぐに苦しそうにぐっと唇を引き、目を細める。
私は一体どこから選択を間違った? 彼女を巻き込んだ所か? 陛下に彼女の思いをお伝えしなかった所か? それとも最初から……本気でルイス殿下をお止めしなかった所からなのか!?
「陛下! お願いです。彼女を解放してください。勘違いだったと今なら取り返しがつきます。どうか陛下。陛下のお力で彼女をお救いください!」
「ブラックウェル様。あなたは騎士としては優秀かもしれませんが、どうも世の中に疎いようですね」
「……は?」
呆れたようなベルモンテ男爵の言葉に、私はこんな時に何の話だと気の抜けた返事をした。
「失礼ながらこの国の王族は長年の血族争いで疲弊しています。しかし、そんなことをよそに上級貴族はたんまりと貯めこんでいるのです。王族存続に上級貴族との繋がりは必須なのです。殿下は人望もあり、才能もあり、実行力もある。他者を従わせ、国をより良い方向へ導くお力もある。この国には必要なお方。国の完全なる再建において、殿下には上級貴族と婚姻を結んでもらわないと困るのですよ」
「ですからそれは!」
私の言葉を遮ってベルモンテ男爵は続ける。
「おまけにね。今年は大凶作。地方では飢饉が起こり始めています。しかしてこの国に対策を立てるための余分な金はない。税を下げて民の願いに応えようにも、貴族からは拒絶されるのです」
「そんなことは承知しております!」
「そうですな。頭ではご理解されているのでしょう」
ベルモンテ男爵は腕を組むと、ふんと鼻を鳴らした。
「だが現実的にこの国には、王室には財源のほとんどを賄う貴族の力が絶対的に必要だ。当然、二つの真逆の嘆願を聞くとなれば貴族の声が優先される。民は怒りの矛先を王室に向けるでしょう。だが、それがもし対策の取れぬ王族のせいではなく一人の魔女がとち狂った結果起こした出来事だと伝えれば、少しは民も王族に同情し、怒りを魔女に向けるでしょう。この国には今、生贄が必要なのですよ」
何を勝手なことを!
「単に王国が背負うべき責任を放棄し、何の罪も無い彼女に押しつけているだけではありませんか! ルイス殿下がいらっしゃれば、殿下がお元気でいらっしゃれば、これから先きっとこの国を良――」
「ブラックウェル騎士官長」
これまで沈黙を保ってきた陛下が口を開き、静かな声を上げた。
「求められているのは今。これから先ではなく、今この瞬間なのだ」
「っ! そ、れが陛下の……お考え、ですか」
「そうだ。私がそう――決めた」
「ですが陛下! 彼女は高望みなどしない、日々の小さな幸せを大事にする、ご自分の立場を弁えて身を引くことを考える控えめなお方なのです。町の人のより良い暮らしをお考えになる、お金のない少女にも薬を提供するような女性なのです。心が綺麗なお優しい方なのです! どうか、どうか今一度お考え直しを!」
叫び声を上げる私に、娘と同じような表情でベルモンテ男爵は薄笑いを浮かべる。
「あなたの気持ちも分かりますがね。もう遅いですよ。魔女の公開処刑をすると、民に流布しましたからね。いや、町では既に始まっているんじゃないかな」
「――なっ!?」
訴えても無駄。いや。訴え出た分、時間を無駄にしただけか。ここに来て、また私は選択を間違えた!
挨拶も残さず私は身を翻す。
「……すまない」
陛下の疲れたような声を背に受けても私は振り返らず、部屋を飛び出した。
「ベルモンテ男爵。どうしてあなたがここに……」
信じられない思いで――いや、信じたくない思いで、ソファーから立ち上がるベルモンテ男爵を見つめる。
「なぜってそれは陛下にお呼びされたからですよ」
その言葉に私はご自分の椅子へと座った陛下へと視線を移した。
「そうなのですか」
「……ああ」
机に両肘を立て、視線を下に落とす陛下に動悸が高まる。ひどく嫌な予感が的中しそうで体が強張る。
「陛下。ルイス殿下に呪いを掛けたとされる女性が捕まりました。名はエスメラルダ・ベルロンド。彼女はほんの小さな薬屋の店主で、ただの薬師です」
「……そうか」
「なぜ、薬師なら毒を盛ったと思われないのですか。なぜ……なぜ呪いを肯定されるのです」
陛下からの返事はない。代わりにベルモンテ男爵が口を開いた。
「実は、ベルモンテ家は呪術に少々詳しい家系なんですよ。ルイス殿下のご容体が思わしくなく、医師もさじ投げとのことで、もしかしたらと私どもにもご相談いただいたところ、呪いだと判明したのです。ベルロンド家は遡れば、うちと分家した所でしてね。呪術の心得もあるのですよ。もう縁も薄いが遠い身内で恥ずべきことですがね。彼女が殿下に呪いを掛けたのは明白でした」
何を持って明白というのか。
「彼女は……呪術に関しては知識が浅いと。久しく呪術から離れたベルロンド家の彼女では呪いは解けないと、あなたの娘が」
私は反論するが、悦に入っているのか、それとも私の声が掠れて届いていないのか、ベルモンテ男爵はとうとうと得意げに話し続ける。
「何でも彼女は、頻繁に通われる殿下のご遊戯を寵愛と勘違いしていたそうじゃないですか。殿下には立派なご婚約者様候補がいるとも知らずに、裏切られたと思うとは逆恨みもいいところですな」
「彼女は……彼女は殿下のご寵愛を勘違いされるどころか、いつも笑って流されておりました。殿下の幸福を、この国の繁栄を一国民として遠くから願いたいと。そう申されていたのです――陛下!」
最後は喉が張り裂けんばかりに叫んだ。
陛下は視線を上げて私を真っ正面からご覧になったが、すぐに苦しそうにぐっと唇を引き、目を細める。
私は一体どこから選択を間違った? 彼女を巻き込んだ所か? 陛下に彼女の思いをお伝えしなかった所か? それとも最初から……本気でルイス殿下をお止めしなかった所からなのか!?
「陛下! お願いです。彼女を解放してください。勘違いだったと今なら取り返しがつきます。どうか陛下。陛下のお力で彼女をお救いください!」
「ブラックウェル様。あなたは騎士としては優秀かもしれませんが、どうも世の中に疎いようですね」
「……は?」
呆れたようなベルモンテ男爵の言葉に、私はこんな時に何の話だと気の抜けた返事をした。
「失礼ながらこの国の王族は長年の血族争いで疲弊しています。しかし、そんなことをよそに上級貴族はたんまりと貯めこんでいるのです。王族存続に上級貴族との繋がりは必須なのです。殿下は人望もあり、才能もあり、実行力もある。他者を従わせ、国をより良い方向へ導くお力もある。この国には必要なお方。国の完全なる再建において、殿下には上級貴族と婚姻を結んでもらわないと困るのですよ」
「ですからそれは!」
私の言葉を遮ってベルモンテ男爵は続ける。
「おまけにね。今年は大凶作。地方では飢饉が起こり始めています。しかしてこの国に対策を立てるための余分な金はない。税を下げて民の願いに応えようにも、貴族からは拒絶されるのです」
「そんなことは承知しております!」
「そうですな。頭ではご理解されているのでしょう」
ベルモンテ男爵は腕を組むと、ふんと鼻を鳴らした。
「だが現実的にこの国には、王室には財源のほとんどを賄う貴族の力が絶対的に必要だ。当然、二つの真逆の嘆願を聞くとなれば貴族の声が優先される。民は怒りの矛先を王室に向けるでしょう。だが、それがもし対策の取れぬ王族のせいではなく一人の魔女がとち狂った結果起こした出来事だと伝えれば、少しは民も王族に同情し、怒りを魔女に向けるでしょう。この国には今、生贄が必要なのですよ」
何を勝手なことを!
「単に王国が背負うべき責任を放棄し、何の罪も無い彼女に押しつけているだけではありませんか! ルイス殿下がいらっしゃれば、殿下がお元気でいらっしゃれば、これから先きっとこの国を良――」
「ブラックウェル騎士官長」
これまで沈黙を保ってきた陛下が口を開き、静かな声を上げた。
「求められているのは今。これから先ではなく、今この瞬間なのだ」
「っ! そ、れが陛下の……お考え、ですか」
「そうだ。私がそう――決めた」
「ですが陛下! 彼女は高望みなどしない、日々の小さな幸せを大事にする、ご自分の立場を弁えて身を引くことを考える控えめなお方なのです。町の人のより良い暮らしをお考えになる、お金のない少女にも薬を提供するような女性なのです。心が綺麗なお優しい方なのです! どうか、どうか今一度お考え直しを!」
叫び声を上げる私に、娘と同じような表情でベルモンテ男爵は薄笑いを浮かべる。
「あなたの気持ちも分かりますがね。もう遅いですよ。魔女の公開処刑をすると、民に流布しましたからね。いや、町では既に始まっているんじゃないかな」
「――なっ!?」
訴えても無駄。いや。訴え出た分、時間を無駄にしただけか。ここに来て、また私は選択を間違えた!
挨拶も残さず私は身を翻す。
「……すまない」
陛下の疲れたような声を背に受けても私は振り返らず、部屋を飛び出した。
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