つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

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第240話 ノエル・ブラックウェルの手記(八)

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 一歩、中へと入るや愕然とした。
 店内に所狭しと大勢の騎士が押し寄せ、整然と置かれていた薬品や書物を根こそぎ持って行こうと動いていたからだ。
 彼女が一人、懸命に守ってきたものを踏み荒らされる光景に心が裂かれる。

「ブラックウェル?」
「誰の指示で動いている?」

 こちらにやって来た顔見知りの騎士に問う。

「は?」
「誰の指示で動いていると言ったんだ!」

 思わず彼の胸ぐらをつかんで壁に押しつけた。

「お、おい。ブラックウェル! 何のつもりだ!?」

 周りの騎士も何事かと動きを止めてこちらを見る。
 はっと我に返って、私は腕を解いた。

「悪い……」
「何があったか知らんが、まあいいさ。いつものごとく上からの指示だよ。別の部隊は何やら証拠をつかんだと声高らかに店主を捕縛して行ったが、俺たちは残りを念の為に押収しているだけだ」

 証拠? 何が証拠だ。
 彼女は呪いを解くことに協力してくれた。私が頼んだ。いや、私が――巻き込んだ。
 ぎりっと歯ぎしりをする。
 落ち着け。とにかく今はすべきことを考えろ。

「猫を見なかったか」
「猫ぉ? ああ。いたけど出て行ったな」
「そうか。ありがとう」

 連れて行きたかったが、ネロを探している時間までは無い。要領のいいネロのことだから、自分で何とかしてくれることを期待しよう。
 先に失礼すると言って私は身を翻した。


 王宮に戻ってエスメラルダ様との面会を求めたが、それが許されたのは翌朝のことだった。
 一晩投獄された彼女のことを思うと胸が痛み、苦しかった。訳も分からず入れられた冷たい牢獄は酷く恐ろしく、心細かったことだろう。

 看守に自分の名を述べた私は彼女がいる独房へと足を進めた。すると奥から女性の声が聞こえてきて、咄嗟に身をひそめる。

「――り、あなたが殿下に呪いを掛けたのね、アンジェリーナ・ベルモンテ」

 呪術師家系のベルモンテ男爵家!
 殿下に呪いを掛けたのはベルモンテ家なのか。

「いいえ。違うわ。エスメラルダ・ベルロンド。呪術も得意なあなたがルイス殿下に呪いを掛けたの」
「私を殿下に呪いを掛けた魔女に仕立ててどうするつもり」

 アンジェリーナ様は小さく笑った。

「私たちベルモンテ家はあなた・・・が掛けた呪いを解いて、殿下をお救いするの。今後も末ながぁく王家にお仕えしていれば、ベルモンテの血族がこの国を掌握する時代が来るでしょう。だから引き受けたの。心清く正しくお美しいけれど塵と化したベルロンド家と違ってね。まあでも、あなたは悲観することはないわよ。後世にまで名を残せるのだから。――恋人だった殿下に捨てられたことを逆恨みし、呪いを掛けた恐ろしくも哀れな魔女として」
「アンジェリーナ!」

 いつになく語気を荒げるエスメラルダ様から激しい憤りが伝わってくる。

「あなたたちの思い通りにはさせない。私は殿下の呪いを解いてみせるわ!」
「あのね」

 アンジェリーナ様は呆れたようにため息を落とした。

「呪術を解くだなんて、よく簡単に言ってくれるわね。うちとあなたの家系とが分家してどれくらい経つと思っているの? 呪術から久しく離れた家系の、ましてこんな独房の中にいるあなたには何もできないわ。それにあなたにはもう時間すら無い」
「今、ここであなたが言ったことを訴え出るわ」
「独房の中からいくら叫んでも無駄よ。あなたの訴えなんて誰も相手にしちゃくれないわ」
「私が」

 たまらず声を上げると、私は彼女らの前に姿を見せた。

「私が相手にします」

 突然現れた私の姿に驚いて顔を強ばらせたアンジェリーナ様を一瞥し、私はエスメラルダ様に視線を向けた。

「――っ」

 思わず言葉を失う。
 衣服の乱れや暴行を受けた様子はないようには見えるが、牢獄に入れられてなお彼女は後ろ手で手枷をされていた。

「エスメラルダ様、お怪我はないでしょうか!?」

 思わず鉄格子をつかむ手に力が入る。

「ノエル様。ええ、大丈夫です」
「このような酷い目に遭わせてしまい、誠に申し訳ございません。陛下に訴えかけて必ずや私がここか――」
「ねえ、ノエル様とやら?」

 嘲笑を含んだ声に呼ばれるまま私はアンジェリーナ様に視線を移すと、先ほどの強ばった表情から余裕の表情に変わっていた。

「陛下に訴えかけると申されましたが、何か証拠がありまして?」
「証拠は無くとも証人はいます。ルイス殿下直属の護衛騎士、ノエル・ブラックウェルが証人です」

 身分を名乗っても彼女は動揺一つしない。それどころか薄い笑みすら浮かべている。美しくも背筋が寒くなる嗜虐的な笑みだ。

「そう。どうしても訴えたいとおっしゃるのならば、急がれた方が良いのでは? 私と違って、証拠も揃っている彼女はもう間もなく刑を執行されるでしょうから」
「馬鹿な。そんな早急な執行はありえない」
「そう思うならご勝手に。まあ、あなたが動いたところで、何一つできないでしょうけれどね。いえ。自分の無力さに絶望するだけかしら」

 彼女はくすくすといかにも可笑しげに嗤う。

 最初から仕組まれたことだった? 彼女は、だから引き受けた・・・・・と言った。一体……から引き受けた?

 冷たい汗が流れる。
 私はエスメラルダ様に向き直った。

「エスメラルダ様。私は陛下の元に参ります。あなた様をきっとここから解放いたします。ですからどうかあと少し耐えてください」
「ノエル様。……はい」

 私は儚げに微笑する彼女を置いて去るしかなかった。


「陛下にお取次ぎを。私はルイス殿下の護衛騎士、ノエル・ブラックウェルだ」
「ほ、本日は謁見のご予定はなく、い、いくらあなた様でもお通しすることはできません」

 私は陛下の執務室前の若い護衛騎士に請うが、怯みながらも拒まれる。

「火急の用なんだ。どうか陛下に取次ぎを!」
「で、ですが」

 押し問答の騒ぎを聞きつけた陛下の護衛騎士、マクレ官長が部屋から出てきた。

「ブラックウェル!? 一体君は何をしているんだ。いくら君でもこんな強行が許されるはずないだろう。正規の手順を踏め」
「そんな暇は無い! 頼――っ!」

 彼によって素早く合図を送られた部下数名により、不覚にも後手を取られて跪かされる。

「悪いが、手順を踏む気がないなら不審者として君を拘束する」

 と、その時。
 内側から扉が開かれ、陛下の姿が現れた。

「陛下! ――っぐ」

 マクレ官長は容赦なく腕をひねり上げてくる。
 どこまでも冷徹に振舞える彼は、平常時なら尊敬すべきところだ。

「陛下、騒ぎを起こして大変申し訳ございません」
「構わない。マクレ、彼を解放しなさい」
「しかし」
「マクレ。私はもう一度君に言うべきか?」
「……失礼いたしました」

 陛下は穏やかに命じるとマクレ官長はようやく私から手を離した。

「ブラックウェル騎士官長、私に用なのだろう。中に入りなさい」
「陛下、ありがとうございます」

 素早く立ち上がると、迷惑をかけたマクレ官長に目礼し、陛下に促されるまま扉の奥へと進む。だが、その部屋には先客がいた。

「……ベルモンテ男爵」
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