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第254話 進まぬ状況
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「ベルモンテ侯爵様!」
「ん?」
侯爵様は足を止めて振り返ってくださったので、私はすかさず書類を持っておられる右手を両手で取った。
「え?」
しまった。後先考えず、思わず手を取ってしまった。
戸惑いの表情を浮かべる侯爵様に私は慌てて笑みを作る。
「しょ、書類をそこまでお持ちいたします」
「ああ」
侯爵様は笑顔になる。
「ありがとう。でも大丈夫だよ。重いものでもないからね」
「そ、そうですか? ですがこういう雑用は、やはりわたくしどもがするべきものでして」
影が憑いていたとして、すぐに手を離してしまっては祓いきれないはず。時間を稼がなければ。
しどろもどろになりながら言い訳をしてみる。
すると前方から救いの手がやって来た。――殿下とジェラルドさんだ。
「あ……」
私が言葉を漏らすと、侯爵様は釣られるように前方に目をやると笑顔になった。
「これはこれはエルベルト殿下にジェラルド様。こんにちは」
「ああ。ベルモンテ侯爵」
「ベルモンテ様。こんにちは」
挨拶を返した殿下は私の存在にすぐに気付くと、私の行為に視線をやる。
目をゆっくりと瞬きして合図する殿下に私の行動は間違っていないことが分かった。
影祓いが終了しなければ殿下に取り憑くからだろう。実にゆっくりとした足取りでこちらにやって来る。
「ベルモンテ侯爵。近頃、顔を見せてくれないな」
「申し訳ありません」
「忙しいのは分かるが、元気かどうか、顔ぐらい見せに来てほしいものだ」
「ありがとうございます。殿下はお元気そうで何よりでございます」
殿下が近付いてくると同時に、なぜかベルモンテ侯爵は苦笑しながら少し身を引いて距離を取るので、私も手をつかんだまま同時に動いた。
「ありがとう。あなたはどうだ? 近頃、元気なのか?」
「はい。おかげさまで元……元気? ですよ。か、体が軽く。ええ、とても調子が良く……」
不可思議そうな侯爵様に殿下は小さく笑って頷いた。
「それは良かった。確かに顔色も良さそうだ。――ところで君は?」
影祓いが終了したらしい。ようやく私の存在に気付いたかのように、殿下が私に視線を流した。
「し、失礼いたしました」
私もまた我に返ったかのように、ベルモンテ侯爵様から手を離して礼を取る。
「彼女は私の書類を持とうとしてくれていたのです」
「そうだったか。ご苦労」
「も、もったいないお言葉でございます」
侯爵様は私に振り返り、笑みを見せた。
「ロザンヌ嬢、ありがとう。自分で持っていくから大丈夫だよ。こちらは気にせず君のお仕事に戻ってくれていいからね」
「は、はい。かしこまりました」
恐縮している(フリをしている)私をこの場から解放してくださろうとしているのだろう。本当に優しいお方だ。
私は素直に頷いた。
「それではエルベルト殿下、侯爵様、騎士様。お先に失礼させていただきます」
私は丁寧に礼を取ると身を翻した。
殿下が執務室にお戻りになったであろう頃、私も護衛官室へと向かった。
ジェラルドさんにすぐ執務室へと通される。殿下は私が入って来たと同時に腰を上げて、私をソファーへと指示した。
「ベルモンテ侯爵のことだが」
腰を下ろすなり殿下は話を切り出した。
「はい。影が憑いていたのですね」
「ああ。君はどこで気が付いた?」
「確信があったわけではありません。ただ、お体の調子が悪いようでしたので、少し気になったのです」
私は侯爵様に出会ったことと、そこにクラウディア嬢がやって来たこと、しかも私は愚かにも自ら印象づけるように睨みつけてしまったことを話した。
「そうか」
「勝手な真似をして、申し訳ありません」
殿下はこれまで細心の注意を払った対応をしてくれていたのに、私はそれを無下にしてしまったようなものだ。
「いや。君らしいなと思っただけだ」
「申し訳ありません」
私はもう一度謝罪を述べると、殿下はふっと笑う。
「しおらしい君は君らしくない」
「酷い! わたくしは反省しているのですよ」
「悪い悪い。しかし、君から君らしさが失われてしまうのは忍びない」
つまり私らしさは魅力的だっておっしゃっているのかしら。はい言い過ぎましたごめんなさい。
私は一人頬を赤らめてこほんと咳払いした。
「ところで殿下は心身が弱っていると、普通の人でも影に取り憑かれやすいとおっしゃっていましたよね」
「ああ」
「ベルモンテ侯爵様はお忙しくてお疲れだからなのでしょうか」
本当にベルモンテ家が放った影に取り憑かれたのかもしれない。
「……そうかもな。近頃は王宮に影の数が増えてきた。誰でも憑かれやすい状況になってきている」
増えてきたではなく、増やしてきたの間違いだ。殿下が影祓いをベルモンテ家に依頼しなくなって、いよいよ手当たり次第に影を放ちだしたのだろう。私が側にいて影を祓うとは言え、それでも殿下に負担がかかることは間違いない。
エスメラルダ様の埋葬地の訪問以降、また依然と進まぬ呪いの解明に私は唇を噛みしめる。
「殿下、どうぞお気をつけください」
「ありがとう。君もな」
思い詰める私をなだめるように殿下は微笑んだ。
「ん?」
侯爵様は足を止めて振り返ってくださったので、私はすかさず書類を持っておられる右手を両手で取った。
「え?」
しまった。後先考えず、思わず手を取ってしまった。
戸惑いの表情を浮かべる侯爵様に私は慌てて笑みを作る。
「しょ、書類をそこまでお持ちいたします」
「ああ」
侯爵様は笑顔になる。
「ありがとう。でも大丈夫だよ。重いものでもないからね」
「そ、そうですか? ですがこういう雑用は、やはりわたくしどもがするべきものでして」
影が憑いていたとして、すぐに手を離してしまっては祓いきれないはず。時間を稼がなければ。
しどろもどろになりながら言い訳をしてみる。
すると前方から救いの手がやって来た。――殿下とジェラルドさんだ。
「あ……」
私が言葉を漏らすと、侯爵様は釣られるように前方に目をやると笑顔になった。
「これはこれはエルベルト殿下にジェラルド様。こんにちは」
「ああ。ベルモンテ侯爵」
「ベルモンテ様。こんにちは」
挨拶を返した殿下は私の存在にすぐに気付くと、私の行為に視線をやる。
目をゆっくりと瞬きして合図する殿下に私の行動は間違っていないことが分かった。
影祓いが終了しなければ殿下に取り憑くからだろう。実にゆっくりとした足取りでこちらにやって来る。
「ベルモンテ侯爵。近頃、顔を見せてくれないな」
「申し訳ありません」
「忙しいのは分かるが、元気かどうか、顔ぐらい見せに来てほしいものだ」
「ありがとうございます。殿下はお元気そうで何よりでございます」
殿下が近付いてくると同時に、なぜかベルモンテ侯爵は苦笑しながら少し身を引いて距離を取るので、私も手をつかんだまま同時に動いた。
「ありがとう。あなたはどうだ? 近頃、元気なのか?」
「はい。おかげさまで元……元気? ですよ。か、体が軽く。ええ、とても調子が良く……」
不可思議そうな侯爵様に殿下は小さく笑って頷いた。
「それは良かった。確かに顔色も良さそうだ。――ところで君は?」
影祓いが終了したらしい。ようやく私の存在に気付いたかのように、殿下が私に視線を流した。
「し、失礼いたしました」
私もまた我に返ったかのように、ベルモンテ侯爵様から手を離して礼を取る。
「彼女は私の書類を持とうとしてくれていたのです」
「そうだったか。ご苦労」
「も、もったいないお言葉でございます」
侯爵様は私に振り返り、笑みを見せた。
「ロザンヌ嬢、ありがとう。自分で持っていくから大丈夫だよ。こちらは気にせず君のお仕事に戻ってくれていいからね」
「は、はい。かしこまりました」
恐縮している(フリをしている)私をこの場から解放してくださろうとしているのだろう。本当に優しいお方だ。
私は素直に頷いた。
「それではエルベルト殿下、侯爵様、騎士様。お先に失礼させていただきます」
私は丁寧に礼を取ると身を翻した。
殿下が執務室にお戻りになったであろう頃、私も護衛官室へと向かった。
ジェラルドさんにすぐ執務室へと通される。殿下は私が入って来たと同時に腰を上げて、私をソファーへと指示した。
「ベルモンテ侯爵のことだが」
腰を下ろすなり殿下は話を切り出した。
「はい。影が憑いていたのですね」
「ああ。君はどこで気が付いた?」
「確信があったわけではありません。ただ、お体の調子が悪いようでしたので、少し気になったのです」
私は侯爵様に出会ったことと、そこにクラウディア嬢がやって来たこと、しかも私は愚かにも自ら印象づけるように睨みつけてしまったことを話した。
「そうか」
「勝手な真似をして、申し訳ありません」
殿下はこれまで細心の注意を払った対応をしてくれていたのに、私はそれを無下にしてしまったようなものだ。
「いや。君らしいなと思っただけだ」
「申し訳ありません」
私はもう一度謝罪を述べると、殿下はふっと笑う。
「しおらしい君は君らしくない」
「酷い! わたくしは反省しているのですよ」
「悪い悪い。しかし、君から君らしさが失われてしまうのは忍びない」
つまり私らしさは魅力的だっておっしゃっているのかしら。はい言い過ぎましたごめんなさい。
私は一人頬を赤らめてこほんと咳払いした。
「ところで殿下は心身が弱っていると、普通の人でも影に取り憑かれやすいとおっしゃっていましたよね」
「ああ」
「ベルモンテ侯爵様はお忙しくてお疲れだからなのでしょうか」
本当にベルモンテ家が放った影に取り憑かれたのかもしれない。
「……そうかもな。近頃は王宮に影の数が増えてきた。誰でも憑かれやすい状況になってきている」
増えてきたではなく、増やしてきたの間違いだ。殿下が影祓いをベルモンテ家に依頼しなくなって、いよいよ手当たり次第に影を放ちだしたのだろう。私が側にいて影を祓うとは言え、それでも殿下に負担がかかることは間違いない。
エスメラルダ様の埋葬地の訪問以降、また依然と進まぬ呪いの解明に私は唇を噛みしめる。
「殿下、どうぞお気をつけください」
「ありがとう。君もな」
思い詰める私をなだめるように殿下は微笑んだ。
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