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第253話 お疲れのベルモンテ侯爵様は
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「おや。お嬢さん。また会ったね」
「ベルモンテ侯爵様。ごきげんよう」
廊下を歩いていると、前方からやってきた侯爵様が優しげな笑顔で声をかけてくださって、私は笑みと共にその場で礼を取った。
「君もこの辺りが担当なのかい?」
「……え。は、はい。そうです。し、下っ端ですが。――ご挨拶が遅れました。ロザンヌ・ダングルベールと申します」
「ロザンヌ嬢、自己紹介をありがとう。そっか。それにしても今まで気付かなかったな」
侯爵様の言葉に私も気が付いた。
違う。きっと、また会ったのではない。私は侍女姿だし、貴族の方が歩いていると壁に寄って礼を取っていたので、気付かれなかっただけ。これまで私という人間を認識しておらず、素通りしていただけだ。互いに気付かず何度もすれ違ったことがあるに違いない。
逆に言えば、認識されてしまった以上、これから出会う確率も高まる。――クラウディア嬢と。
気を引き締めないといけない。
と考えていると、侯爵様がだるそうに一つ息を吐いた。
「ベルモンテ侯爵様? お顔の色が優れませんが、お体の調子が悪いのでしょうか」
「え? ああ。お気遣いありがとう。最近、疲れやすくてね。やはり年かな。ははっ」
空元気にも見える侯爵様がどうにも気になる。そういえば、以前も顔色が悪かった。どこかお悪くされているのだろうか。……顔色が悪い。疲れやすい。
「これからお仕事でしょうか」
「ああ。そうなんだ。次の議会で提案したい政策の仮資料を、陛下にお持ちしようかと思っていてね」
そう言えば手にはたくさんの書類をお持ちだ。
殿下はおっしゃっていた。ベルモンテ侯爵様は商家出身ということもあり、庶民の生活に沿った政策を提案なさるのだと。
「根を詰めていらっしゃるのでは? 少しお休みにならないと」
「いや。今は忙しくてね」
普通の人でも心身が弱ると影が取り憑きやすくなると殿下は以前、おっしゃった。ベルモンテ家が撒き散らした影が、皮肉にも疲労が溜まっている侯爵様に取り憑くことはないのだろうか。――いや。まさかもう憑かれている……かもしれない?
無意識に侯爵様へと手を伸ばそうとした時。
「お父様?」
背後から聞き慣れた女性の声と感じたことのある香りが漂ってきて私は硬直した。
「ああ。クラウディア」
「こんな所で何をなさっているの」
クラウディア嬢はコツコツと甲高い音を鳴らしながら近づいてくる。
「これから陛下と謁見するんだよ」
「そう」
興味もないのに一応聞いてみましたみたいな態度を取りつつ、侯爵様の手元に視線をやる。
「またベルモンテ家にとって、何の利にもならない提案でもなさるの? 少しは侯爵家のために役立ってもらわないと」
いかにも馬鹿にした様子が傍で見ていて頭に来る。侯爵様は国民のために動いてくださっているのだ。私利私欲だけのために動いているあなたとは違う崇高なお方だ。
思わず睨んでしまっていたらしい。クラウディア嬢の視線が私に移動した。
「何なの、あなた。何か文句でもあるのかしら」
すると、侯爵様が私をクラウディア嬢から庇うように立ちはだかってくださった。
「この提案は確かに直接ベルモンテ家の利のためになるものではないかもしれない。けれど国を支えてくれている人々の暮らしを豊かにできれば、国全体が良くなるんだよ。ひいては我々もその恩恵を授かることができる。決して無駄な政策ではない」
「あらそう。それはそれはご立派なお考えですこと。ご勝手になさったら。わたくしはもう行くわ」
クラウディア嬢は面倒そうに髪を流すと、私への興味も失って去って行った。
ほっと息をつく。
「クラウディアの態度が悪くて済まなかったね」
「あ。いえ。わたくしこそ失礼いたしました。クラウディア様の侯爵様へのご対応があまりにも頭に来てしまい、睨みつけてしまっていたかもしれ……あ。失礼いたしました」
「いいや。ありがとう」
本音を漏らして口を押える私を見て、侯爵様は楽しそうに笑う。
「わたくしこそ庇ってくださってありがとうございます」
「いやいや。絡まれると厄介なのは私が一番知っているからね。あ、これはあの子には内緒だよ」
茶目っ気のある笑みで私を和ませてくださる。
「君に会えて良かった。私にも味方がいるんだと思うと、何だか元気が出たよ。では、そろそろ私は行くね」
「あ、はい。……それでは」
「うん。また会えたらいいな。ではね」
侯爵様は頷いて重そうな足取りで歩いて行く。
クラウディア嬢には少なくとも私の影は見えないようだが、本当に影が認識できないのだろうか。もしネロだけが見えなくて、普通の影は見えていたとしたら、侯爵様に影が憑いていたら気づいて祓おうとするはず。ということは、今、侯爵様には影は憑いていないのかな?
でも……。
「――っ」
私は侯爵様の背を追って駆けた。
「ベルモンテ侯爵様。ごきげんよう」
廊下を歩いていると、前方からやってきた侯爵様が優しげな笑顔で声をかけてくださって、私は笑みと共にその場で礼を取った。
「君もこの辺りが担当なのかい?」
「……え。は、はい。そうです。し、下っ端ですが。――ご挨拶が遅れました。ロザンヌ・ダングルベールと申します」
「ロザンヌ嬢、自己紹介をありがとう。そっか。それにしても今まで気付かなかったな」
侯爵様の言葉に私も気が付いた。
違う。きっと、また会ったのではない。私は侍女姿だし、貴族の方が歩いていると壁に寄って礼を取っていたので、気付かれなかっただけ。これまで私という人間を認識しておらず、素通りしていただけだ。互いに気付かず何度もすれ違ったことがあるに違いない。
逆に言えば、認識されてしまった以上、これから出会う確率も高まる。――クラウディア嬢と。
気を引き締めないといけない。
と考えていると、侯爵様がだるそうに一つ息を吐いた。
「ベルモンテ侯爵様? お顔の色が優れませんが、お体の調子が悪いのでしょうか」
「え? ああ。お気遣いありがとう。最近、疲れやすくてね。やはり年かな。ははっ」
空元気にも見える侯爵様がどうにも気になる。そういえば、以前も顔色が悪かった。どこかお悪くされているのだろうか。……顔色が悪い。疲れやすい。
「これからお仕事でしょうか」
「ああ。そうなんだ。次の議会で提案したい政策の仮資料を、陛下にお持ちしようかと思っていてね」
そう言えば手にはたくさんの書類をお持ちだ。
殿下はおっしゃっていた。ベルモンテ侯爵様は商家出身ということもあり、庶民の生活に沿った政策を提案なさるのだと。
「根を詰めていらっしゃるのでは? 少しお休みにならないと」
「いや。今は忙しくてね」
普通の人でも心身が弱ると影が取り憑きやすくなると殿下は以前、おっしゃった。ベルモンテ家が撒き散らした影が、皮肉にも疲労が溜まっている侯爵様に取り憑くことはないのだろうか。――いや。まさかもう憑かれている……かもしれない?
無意識に侯爵様へと手を伸ばそうとした時。
「お父様?」
背後から聞き慣れた女性の声と感じたことのある香りが漂ってきて私は硬直した。
「ああ。クラウディア」
「こんな所で何をなさっているの」
クラウディア嬢はコツコツと甲高い音を鳴らしながら近づいてくる。
「これから陛下と謁見するんだよ」
「そう」
興味もないのに一応聞いてみましたみたいな態度を取りつつ、侯爵様の手元に視線をやる。
「またベルモンテ家にとって、何の利にもならない提案でもなさるの? 少しは侯爵家のために役立ってもらわないと」
いかにも馬鹿にした様子が傍で見ていて頭に来る。侯爵様は国民のために動いてくださっているのだ。私利私欲だけのために動いているあなたとは違う崇高なお方だ。
思わず睨んでしまっていたらしい。クラウディア嬢の視線が私に移動した。
「何なの、あなた。何か文句でもあるのかしら」
すると、侯爵様が私をクラウディア嬢から庇うように立ちはだかってくださった。
「この提案は確かに直接ベルモンテ家の利のためになるものではないかもしれない。けれど国を支えてくれている人々の暮らしを豊かにできれば、国全体が良くなるんだよ。ひいては我々もその恩恵を授かることができる。決して無駄な政策ではない」
「あらそう。それはそれはご立派なお考えですこと。ご勝手になさったら。わたくしはもう行くわ」
クラウディア嬢は面倒そうに髪を流すと、私への興味も失って去って行った。
ほっと息をつく。
「クラウディアの態度が悪くて済まなかったね」
「あ。いえ。わたくしこそ失礼いたしました。クラウディア様の侯爵様へのご対応があまりにも頭に来てしまい、睨みつけてしまっていたかもしれ……あ。失礼いたしました」
「いいや。ありがとう」
本音を漏らして口を押える私を見て、侯爵様は楽しそうに笑う。
「わたくしこそ庇ってくださってありがとうございます」
「いやいや。絡まれると厄介なのは私が一番知っているからね。あ、これはあの子には内緒だよ」
茶目っ気のある笑みで私を和ませてくださる。
「君に会えて良かった。私にも味方がいるんだと思うと、何だか元気が出たよ。では、そろそろ私は行くね」
「あ、はい。……それでは」
「うん。また会えたらいいな。ではね」
侯爵様は頷いて重そうな足取りで歩いて行く。
クラウディア嬢には少なくとも私の影は見えないようだが、本当に影が認識できないのだろうか。もしネロだけが見えなくて、普通の影は見えていたとしたら、侯爵様に影が憑いていたら気づいて祓おうとするはず。ということは、今、侯爵様には影は憑いていないのかな?
でも……。
「――っ」
私は侯爵様の背を追って駆けた。
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