つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

文字の大きさ
268 / 315

第268話 縁を繋いだのは侯爵様

しおりを挟む
 侯爵様はどうやらご抵抗なさるようだ。怖いもの知らずかクロエさんに対して、口答え・・・する。

「あ、いや。大したことではないし、やっぱり私は家に帰るよ」
「倒れられたことは大したことでございますが」
「でももう元気だから」
「そうですか。ではもう一晩ここでお休みになれば、もっとお元気になることでしょう。マルク医師も動かすなと申しておりました」

 言っていたかしら。……うん言っていなかった。

「だけど本当に不思議なことに体がすっきりしているんだ。確かにまだ気だるさは残ってはいるが、これはただの疲労から来ているものだよ。少し前からあったからね」

 侯爵様の今の言葉に引っかかりを感じた。

 残る気だるさは疲労から来るもの。
 どうにも、おかしな言い方じゃないだろうか。一般的には、気だるさは病後による体力低下から来るもの、という言い方が適切な気がする。
 侯爵様のお言葉は、病気の原因は取り除かれて、今残っているのは前から感じていた疲労のみ、とおっしゃっているように取れる。
 言葉尻をとらえて揚げ足取りだと言われればそれまでだけれど。

 ……やはり侯爵様はご自身に影が憑いていたことを察しておられる? そういえば以前、影が憑いていた時も近付いてくる殿下に自ら距離を取られていたことがあった。あの時ももしかしてご自分に影が憑いていることに気付いていた?

「では、殿下もベルモンテ侯爵様のお元気なご様子をご覧になれば、安心なさることでしょう」

 クロエさんは、殿下が侯爵様のお見舞いに行くとおっしゃっていたので、引き留めようとなさっている。一方で侯爵様は殿下にお越しいただくことを拒否されている。二人の攻防戦だ。

「え。あ、いや、そ、そうなんだけど。何と言ったらいいのかな」

 確かに殿下にわざわざお見舞いいただくことに対して恐れ多いのは分かるが、それ以上に来られては困る・・のだろう。……自分におそらく影が憑いているのだろうと分かっているから。

 けれど、それならばなぜ身内のクラウディア嬢に祓っていただかないのか。決して仲良し親子とは言い難い、つまり祓っていただける間柄ではないからなのか、あるいは。お二人は方針に違いがあった。考えたくはないが――クラウディア嬢が侯爵様を疎ましく思って影を……。そして、それを侯爵様がご承知の上だったとしたら。

 私はたまらず侯爵様の手を両手でがしりと握りしめた。

「侯爵様。お願いですから一晩ゆっくりとお休みくださいませ。お疲れが残るお体で動かれたら、また倒れてしまいます。わたくし、とても心配なのです」

 手を取ったことに侯爵様は目を丸くされていたけれど、私の真剣な思いが伝わったらしい。頷いてくださった。

「……分かった。君がそこまで言ってくれるのならば、本日はここで休ませていただくことにするよ」
「ありがとうございます」
「いや。礼を言うのは私の方だよ。何のゆかりもない私の身を心配してくれてありがとう」
「あら。何のゆかりもないだなんて。侯爵様が庭でわたくしの手を取ってくださった時から縁は繋がりましたよ」
「え……。そう、か」

 侯爵様は、それは我ながら良い縁を繋げたものだと照れた様子で微笑まれた。


 その後、戻ってきたお医者様と簡単なやり取りをして私たちは医務室を出た。

 殿下の呪いを解くだけでは駄目だということが分かった。ベルモンテ家に伝わる呪術能力そのものを何とかしないと。大切な人々をこれ以上傷つけさせないためにも。

 さらに難関な壁が目の前に立ちはだかって、こっそりため息をつく。
 厄介な問題が増えたことによる頭痛か、部屋に漂った薬品の匂いで鼻が麻痺してしまったせいか、私は気付かなかった。
 廊下に漂っていたであろう香りに。


 執務室に戻り、殿下にご報告する。

「なるほど。やはり影が」
「はい。ただ、今なら影祓いしたところですから、お見舞いに足をお運びになっても大丈夫だと思います。侯爵様はご遠慮してほしいご様子でしたが」
「いや。行く」

 きっぱり言い切る殿下は、止めるなという意志表示にも見える。
 私としてもそのために殿下より先に訪れたのだ。強くお止めする気持ちはない。

「君はもう下がってくれていい。主のいない部屋に耳を患っている侍女がいても、対応できないだろう」

 あ。そういえばそんな設定だった。

「君は自分の部屋で待機しておいてくれればいい」
「承知いたしました。それではわたくしはお先に失礼いたします」
「ああ。――そうだ。ロザンヌ嬢」

 殿下から呼びかけられて、礼を取って出ていこうとした足を止める。

「はい。何でしょうか」
「ネロは影を全て祓いきっただろうか」

 やはりご心配なのだろう。
 できるだけ言葉を選んでご不安を取り除いてさしあげたい。

「疲れによる気だるさのみ残っているとおっしゃっていたので、祓いきったのではないかと。ですが、もしまだ影が残っていましたらすぐに駆け――」
「ちっ。気が利かないネロヤツだ」

 ……気遣って損しました。
 忌々しそうに舌打ちする殿下を私は細めた目で見つめた。
しおりを挟む
感想 262

あなたにおすすめの小説

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」 ※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

婚約白紙?上等です!ローゼリアはみんなが思うほど弱くない!

志波 連
恋愛
伯爵令嬢として生まれたローゼリア・ワンドは婚約者であり同じ家で暮らしてきたひとつ年上のアランと隣国から留学してきた王女が恋をしていることを知る。信じ切っていたアランとの未来に決別したローゼリアは、友人たちの支えによって、自分の道をみつけて自立していくのだった。 親たちが子供のためを思い敷いた人生のレールは、子供の自由を奪い苦しめてしまうこともあります。自分を見つめ直し、悩み傷つきながらも自らの手で人生を切り開いていく少女の成長物語です。 本作は小説家になろう及びツギクルにも投稿しています。

【完結】地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

処理中です...