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第268話 縁を繋いだのは侯爵様
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侯爵様はどうやらご抵抗なさるようだ。怖いもの知らずかクロエさんに対して、口答えする。
「あ、いや。大したことではないし、やっぱり私は家に帰るよ」
「倒れられたことは大したことでございますが」
「でももう元気だから」
「そうですか。ではもう一晩ここでお休みになれば、もっとお元気になることでしょう。マルク医師も動かすなと申しておりました」
言っていたかしら。……うん言っていなかった。
「だけど本当に不思議なことに体がすっきりしているんだ。確かにまだ気だるさは残ってはいるが、これはただの疲労から来ているものだよ。少し前からあったからね」
侯爵様の今の言葉に引っかかりを感じた。
残る気だるさは疲労から来るもの。
どうにも、おかしな言い方じゃないだろうか。一般的には、気だるさは病後による体力低下から来るもの、という言い方が適切な気がする。
侯爵様のお言葉は、病気の原因は取り除かれて、今残っているのは前から感じていた疲労のみ、とおっしゃっているように取れる。
言葉尻をとらえて揚げ足取りだと言われればそれまでだけれど。
……やはり侯爵様はご自身に影が憑いていたことを察しておられる? そういえば以前、影が憑いていた時も近付いてくる殿下に自ら距離を取られていたことがあった。あの時ももしかしてご自分に影が憑いていることに気付いていた?
「では、殿下もベルモンテ侯爵様のお元気なご様子をご覧になれば、安心なさることでしょう」
クロエさんは、殿下が侯爵様のお見舞いに行くとおっしゃっていたので、引き留めようとなさっている。一方で侯爵様は殿下にお越しいただくことを拒否されている。二人の攻防戦だ。
「え。あ、いや、そ、そうなんだけど。何と言ったらいいのかな」
確かに殿下にわざわざお見舞いいただくことに対して恐れ多いのは分かるが、それ以上に来られては困るのだろう。……自分におそらく影が憑いているのだろうと分かっているから。
けれど、それならばなぜ身内のクラウディア嬢に祓っていただかないのか。決して仲良し親子とは言い難い、つまり祓っていただける間柄ではないからなのか、あるいは。お二人は方針に違いがあった。考えたくはないが――クラウディア嬢が侯爵様を疎ましく思って影を……。そして、それを侯爵様がご承知の上だったとしたら。
私はたまらず侯爵様の手を両手でがしりと握りしめた。
「侯爵様。お願いですから一晩ゆっくりとお休みくださいませ。お疲れが残るお体で動かれたら、また倒れてしまいます。わたくし、とても心配なのです」
手を取ったことに侯爵様は目を丸くされていたけれど、私の真剣な思いが伝わったらしい。頷いてくださった。
「……分かった。君がそこまで言ってくれるのならば、本日はここで休ませていただくことにするよ」
「ありがとうございます」
「いや。礼を言うのは私の方だよ。何のゆかりもない私の身を心配してくれてありがとう」
「あら。何のゆかりもないだなんて。侯爵様が庭でわたくしの手を取ってくださった時から縁は繋がりましたよ」
「え……。そう、か」
侯爵様は、それは我ながら良い縁を繋げたものだと照れた様子で微笑まれた。
その後、戻ってきたお医者様と簡単なやり取りをして私たちは医務室を出た。
殿下の呪いを解くだけでは駄目だということが分かった。ベルモンテ家に伝わる呪術能力そのものを何とかしないと。大切な人々をこれ以上傷つけさせないためにも。
さらに難関な壁が目の前に立ちはだかって、こっそりため息をつく。
厄介な問題が増えたことによる頭痛か、部屋に漂った薬品の匂いで鼻が麻痺してしまったせいか、私は気付かなかった。
廊下に漂っていたであろう香りに。
執務室に戻り、殿下にご報告する。
「なるほど。やはり影が」
「はい。ただ、今なら影祓いしたところですから、お見舞いに足をお運びになっても大丈夫だと思います。侯爵様はご遠慮してほしいご様子でしたが」
「いや。行く」
きっぱり言い切る殿下は、止めるなという意志表示にも見える。
私としてもそのために殿下より先に訪れたのだ。強くお止めする気持ちはない。
「君はもう下がってくれていい。主のいない部屋に耳を患っている侍女がいても、対応できないだろう」
あ。そういえばそんな設定だった。
「君は自分の部屋で待機しておいてくれればいい」
「承知いたしました。それではわたくしはお先に失礼いたします」
「ああ。――そうだ。ロザンヌ嬢」
殿下から呼びかけられて、礼を取って出ていこうとした足を止める。
「はい。何でしょうか」
「ネロは影を全て祓いきっただろうか」
やはりご心配なのだろう。
できるだけ言葉を選んでご不安を取り除いてさしあげたい。
「疲れによる気だるさのみ残っているとおっしゃっていたので、祓いきったのではないかと。ですが、もしまだ影が残っていましたらすぐに駆け――」
「ちっ。気が利かないネロだ」
……気遣って損しました。
忌々しそうに舌打ちする殿下を私は細めた目で見つめた。
「あ、いや。大したことではないし、やっぱり私は家に帰るよ」
「倒れられたことは大したことでございますが」
「でももう元気だから」
「そうですか。ではもう一晩ここでお休みになれば、もっとお元気になることでしょう。マルク医師も動かすなと申しておりました」
言っていたかしら。……うん言っていなかった。
「だけど本当に不思議なことに体がすっきりしているんだ。確かにまだ気だるさは残ってはいるが、これはただの疲労から来ているものだよ。少し前からあったからね」
侯爵様の今の言葉に引っかかりを感じた。
残る気だるさは疲労から来るもの。
どうにも、おかしな言い方じゃないだろうか。一般的には、気だるさは病後による体力低下から来るもの、という言い方が適切な気がする。
侯爵様のお言葉は、病気の原因は取り除かれて、今残っているのは前から感じていた疲労のみ、とおっしゃっているように取れる。
言葉尻をとらえて揚げ足取りだと言われればそれまでだけれど。
……やはり侯爵様はご自身に影が憑いていたことを察しておられる? そういえば以前、影が憑いていた時も近付いてくる殿下に自ら距離を取られていたことがあった。あの時ももしかしてご自分に影が憑いていることに気付いていた?
「では、殿下もベルモンテ侯爵様のお元気なご様子をご覧になれば、安心なさることでしょう」
クロエさんは、殿下が侯爵様のお見舞いに行くとおっしゃっていたので、引き留めようとなさっている。一方で侯爵様は殿下にお越しいただくことを拒否されている。二人の攻防戦だ。
「え。あ、いや、そ、そうなんだけど。何と言ったらいいのかな」
確かに殿下にわざわざお見舞いいただくことに対して恐れ多いのは分かるが、それ以上に来られては困るのだろう。……自分におそらく影が憑いているのだろうと分かっているから。
けれど、それならばなぜ身内のクラウディア嬢に祓っていただかないのか。決して仲良し親子とは言い難い、つまり祓っていただける間柄ではないからなのか、あるいは。お二人は方針に違いがあった。考えたくはないが――クラウディア嬢が侯爵様を疎ましく思って影を……。そして、それを侯爵様がご承知の上だったとしたら。
私はたまらず侯爵様の手を両手でがしりと握りしめた。
「侯爵様。お願いですから一晩ゆっくりとお休みくださいませ。お疲れが残るお体で動かれたら、また倒れてしまいます。わたくし、とても心配なのです」
手を取ったことに侯爵様は目を丸くされていたけれど、私の真剣な思いが伝わったらしい。頷いてくださった。
「……分かった。君がそこまで言ってくれるのならば、本日はここで休ませていただくことにするよ」
「ありがとうございます」
「いや。礼を言うのは私の方だよ。何のゆかりもない私の身を心配してくれてありがとう」
「あら。何のゆかりもないだなんて。侯爵様が庭でわたくしの手を取ってくださった時から縁は繋がりましたよ」
「え……。そう、か」
侯爵様は、それは我ながら良い縁を繋げたものだと照れた様子で微笑まれた。
その後、戻ってきたお医者様と簡単なやり取りをして私たちは医務室を出た。
殿下の呪いを解くだけでは駄目だということが分かった。ベルモンテ家に伝わる呪術能力そのものを何とかしないと。大切な人々をこれ以上傷つけさせないためにも。
さらに難関な壁が目の前に立ちはだかって、こっそりため息をつく。
厄介な問題が増えたことによる頭痛か、部屋に漂った薬品の匂いで鼻が麻痺してしまったせいか、私は気付かなかった。
廊下に漂っていたであろう香りに。
執務室に戻り、殿下にご報告する。
「なるほど。やはり影が」
「はい。ただ、今なら影祓いしたところですから、お見舞いに足をお運びになっても大丈夫だと思います。侯爵様はご遠慮してほしいご様子でしたが」
「いや。行く」
きっぱり言い切る殿下は、止めるなという意志表示にも見える。
私としてもそのために殿下より先に訪れたのだ。強くお止めする気持ちはない。
「君はもう下がってくれていい。主のいない部屋に耳を患っている侍女がいても、対応できないだろう」
あ。そういえばそんな設定だった。
「君は自分の部屋で待機しておいてくれればいい」
「承知いたしました。それではわたくしはお先に失礼いたします」
「ああ。――そうだ。ロザンヌ嬢」
殿下から呼びかけられて、礼を取って出ていこうとした足を止める。
「はい。何でしょうか」
「ネロは影を全て祓いきっただろうか」
やはりご心配なのだろう。
できるだけ言葉を選んでご不安を取り除いてさしあげたい。
「疲れによる気だるさのみ残っているとおっしゃっていたので、祓いきったのではないかと。ですが、もしまだ影が残っていましたらすぐに駆け――」
「ちっ。気が利かないネロだ」
……気遣って損しました。
忌々しそうに舌打ちする殿下を私は細めた目で見つめた。
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