つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

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第252話 わたくしに仕事を!

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 いつものように部屋に戻り、少し休憩してから殿下の執務室へと向かうことになる。

「ユリアはこれからまた書庫室へ行くの?」
「いいえ。午後の決まった時間にのみ行くことになりました」
「なぜ? 侍女としての仕事よりも翻訳に時間をかけた方がいいのではないの?」

 ユリアは首を振る。

「前にも言いました通り、ロザンヌ様を最優先とさせていただきます。それに書庫室に長く滞在して掃除というのもおかしいですので」
「ああ、なるほどね」

 納得して頷いていると、ユリアは部屋に置かれた掃除道具のカートの中から何やら書類を取り出した。

「それは?」
「歴史書を翻訳したものです」
「――はぇっ!? そ、そんな大事な物、そんな所に入れておいていいの!? うっかり捨てたりとか無くしたりとか。あと、陛下も読まれるのでしょう。不敬では……」

 ロザンヌ様と一緒にしないでくださいと目で訴えているユリアは、また首を振った。

「エルベルト殿下がそのように運ぶと良いとご提案されたのです」
「ああ、そうなのね。びっくりした」

 私は胸を押さえる。

「と言うか、そんな大事な物、わたくしに見せていいの?」

 確かに呪い解明のために書庫室に入れてはもらっているけれど、それとは無関係の王家の歴史に触れることはあまり好ましいことではないのではないだろうか。

「大丈夫です。ロザンヌ様は二行読んだ程度で眠りに入るので、問題ない。――と、これも殿下が」
「……よくわたくしの生態をご存知でいらっしゃること」

 こればかりは否定できずに苦笑いするしかない。

「夜、取りに見えるそうですので、こちらにて保管しております」

 そう言ってユリアはまた同じ場所にしまった。
 ――掃除道具の中に、フォンテーヌ王国の古い歴史が詰まっている。ある種のロマンであ……あっていいのか、ちょっと悩むところではある。

「今から執務室に行くので、わたくしが持って行きましょうか。早くご覧になりたいのではないかしら」
「いえ。落とされても困りますので」
「――と、殿下が?」

 私はユリアの言葉を続けると、彼女は頷いた。
 信用されていないなあと一瞬思ったけれど、これまで任務は細分化してきた王家のやり方でもあるのだろうと思い直す。

「分かったわ。では、ユリアはこれからどうするの?」
「お部屋の掃除をします」

 今まで午前中にシーツの取り替えと簡単な拭き掃除、午後からはお部屋の掃除やクロエさんの指示に従っていたそうだ。これからは午前中に洗濯、午後からは歴史書翻訳、そして私が学校から戻ってきてからお部屋の掃除という流れに変わるとのこと。

「それも結構大変そうね」
「いいえ。問題ありません。自由な時間も頂いていますので」
「そう。要望があればちゃんと言ってね」
「はい」
「では、わたくしはそろそろ執務室に行ってきますね」

 行ってらっしゃいませとユリアは頭を下げて私を送り出した。


 執務室へ向かいながら思う。
 皆、それぞれの仕事を与えられてきちんとこなしている。一方で私はどうだろう。確かに殿下の掃除婦としての職務についてはいるが、これはネロがしてくれていることで、私自身は何もしているわけではない。

 たまたま私にネロが憑いていただけで、これは私の努力でも能力でもない。それなのに、他の人よりも良い待遇を与えられている。
 ……後ろめたい気分になる。

 私だって誰かの、何かの役に立ちたい!
 気持ちが高ぶって、護衛官室まで人目も気にせず走り込んだ。
 ジェラルドさんと丁寧な挨拶を交わしても勢い留まらず、執務室に入るなり。

「殿下ごきげんよう! わたくしにお仕事を!」
「……は? 何だ、いきなり」

 奮い立って要望する私に殿下は眉をひそめた。

「君には影祓いとしての任務があるだろう?」
「それはわたくしではなく、ネロが行っていることです。わたくし自身が何かしたいのです」

 皆、日々、自分の力で仕事をしている。私はただ特殊体質なだけで、自分では何もしていない。なのに良い待遇が受けていることが心苦しくて我慢ならないと、とくとくと殿下に言い聞かせる。

「ユリアの仕事ぶりを聞いていましたら、わたくし、何もしていないなと自分を恥じたのです」
「彼女は少し特殊だと思うが」

 殿下は少し笑う。

「君は影祓いのことは別にしても、学校を通いながら侍女としての仕事をよくこなしてくれている」
「……そうでしょうか。ですが、良い待遇とお仕事量が釣り合っていないと思うのですが」

 私がやっている事は殿下の影祓いと時々、部屋の整理を頼まれることもあるけれど簡単な侍女としての仕事ぐらい。

「その事に関しては私側の事情だから気にすることはない。それに君が側にいてくれて良かったと思っている」
「え?」

 殿下は唇にふっと笑みをのせる。

「君と一緒にいると私はこの息苦しい王宮の中でも自分でいられる。取り繕った仮面を外して、肩の力を抜いて深くゆっくりと呼吸することができるんだ。それがどれ程心地よくて助けられていることか」
「殿下……」

 不意に優しげな、愛おしげな瞳を向けられて、とくとくと心音が高まって呼吸が苦しくなる。

「――ああ。しかしそんなに気になるようだったら、足りない分をその体で支払っ」
「申し訳ありません! わたくし、今の仕事量で一杯一杯でした!」

 危険な香りを感じ取った私は、こちらへ手を伸ばす殿下が最後まで言い切る前に力拳を作って謝絶した。
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