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【番外編:ユリア編】
第312話 伝えている言葉。届かない思い(四)
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ベンチに座って昼食を取る。
同僚と時間も合うことがほとんどなく、一人で食べているのが常態化していたのに、物足りなく感じるようになったのはなぜなのか。
私は地面に視線を落としながらぼんやりと考える。
その理由は何となく分かっているつもりだが、明確な答えとして出したくはない気持ちもあり――。
「ユリアさん」
答えを出したくないと考えていた人物の声がすぐ近くで明瞭に聞こえて、思わずびくりと肩を揺らす。弾かれたように顔を上げると、ジェラルド様が困ったようにこちらを見下ろしていた。
「申し訳ありません。驚かせてしまいましたか」
驚かされることはロザンヌ様で慣れている。けれど、こんなに顕著に反応したことはなかったように思う。
「いえ」
「お食事中、申し訳ありません」
「いいえ。大丈夫です。ジェラルド様は」
手には昼食の用意を持っているようには思えなかったが、確認してしまう。
「本日はもう済ませました」
「……そうですか」
「ただ、ユリアさんはこちらにいらっしゃるのではないかと思い、参りました。これをお渡ししたくて」
ジェラルド様がこちらに差し出してくれたのは高級そうな小さな木箱だ。
植物の絵と共に文字か書いてある。どうやら茶葉のようである。
「珍しい紅茶が手に入りましたので、よろしければどうぞ。ユリアさんはお茶が好きだと伺いましたもので。お口に合うといいのですが」
私はジェラルド様が持つ紅茶の箱を黙って見つめた。
自分が好きな物を知っていてもらえる嬉しさと、それを贈ってくれる喜びに浸っていたが。
「このお茶はご存知でしたか? お口に合わなかったお茶ですか?」
ジェラルド様の少し残念そうな表情を見て、はっと我に返る。
慌てて手を伸ばすと受け取った。
「いえ。初めてです。ありがとうございます。頂きます」
ジェラルド様の表情が緩んだところを見ると、私もまた笑顔でいるらしい。
「では私はこれで」
「あ」
もう行ってしまうのかと思わず止めてしまう。
「ジェラルド様は。ジェラルド様はこの紅茶を召し上がったのですか」
「あ、いえ。申し訳ありません。私は口にしたことがありません」
「そうですか。では。……ご一緒していただけませんか」
「え?」
「毒味を」
ジェラルド様は目を丸くしていたが、ぷっと吹き出して破顔なさった。
「いいですね。お供しましょう」
「ありがとうございます。ではジェラルド様の自室でお茶を淹れさせていただいてよろしいでしょうか」
「……え?」
今度は笑顔のまま固まるジェラルド様。
「申し訳ありませんが、私は相部屋ですし、狭いのでご招待できません。ですからジェラルド様の自室をお借りできればと思いました」
「え、ええっと。それは」
ジェラルド様が狼狽するお姿を見て、とんでもないことを口にしたのだと気づいた。
考えてみれば、殿下の護衛官の自室に他人を立ち入らせることは謀反に値するかもしれない。
「申し訳ありません。一介の侍女ごときが護衛騎士官長様のお部屋に入らせろなどと、勝手を言い過ぎました。どうぞお許しください」
「そ、そうではなくてですね。ええっと。あ。で、ではロザンヌ様もご招待いたしましょうか」
「ロザンヌ様」
ロザンヌ様ならいいのか。当然だが。
「ユリアさん?」
「最近お忙しいようですので、またの機会にします」
「え。そ――」
「もう行きます。午後からも仕事がありますので。お茶をありがとうございました。では、失礼いたします」
平常心でそう言って立ち去ろうとした瞬間。
「ユリアさん!」
手首をつかまれる。
それは暴走した私を止めてくださったあの瞬間にも似ていた。けれど似て非なるものだ。なぜならつかまれた左手首が――とても熱いから。
「自室にご招待したいのは山々なのですが、やはりあの色々と心の問題があり」
「心の問題とは」
「で、ですから以前、お茶をご一緒した共同サロンではいかがでしょうか」
ジェラルド様は珍しく私の問いには答えてくれず、別の提案をされる。
「お湯が用意できません」
「奥に厨房がありますから、お湯を頂けます」
前回行った時は人目が気になったので、正直そこでお茶をするのは避けたいが……。
「分かりました」
考えとは裏腹に気付けば自分の口からは同意する言葉が出ていた。
「良かった」
「ただ、人目につきますが、ご迷惑ではありませんか」
見知った騎士らもいて、好奇な目で見られていたような気がする。
「私はユリアさんとご一緒できるなら問題ありません。私はユリアさんが好きですから」
とくん。
小さく心臓が脈打つ。
何度も繰り返し言われているのに、ジェラルド様のお言葉はなぜこんなにも響くのだろう。
言葉が詰まって咄嗟に答えられない私に、ジェラルド様は眉を落とされた。
「ユリアさんこそご迷惑ではありませんか?」
「いいえ。私はジェラルド様とお茶をご一緒できることは」
自然と頬が緩む。
「とても嬉しいです。私もジェラルド様が好きですから」
「――っ。あ、りがとう、ございます」
ジェラルド様の心にも少しは届いたのだろうか。
伝えてもらって響いた言葉。伝えて響かせたい思い。
これが……私の望み。
同僚と時間も合うことがほとんどなく、一人で食べているのが常態化していたのに、物足りなく感じるようになったのはなぜなのか。
私は地面に視線を落としながらぼんやりと考える。
その理由は何となく分かっているつもりだが、明確な答えとして出したくはない気持ちもあり――。
「ユリアさん」
答えを出したくないと考えていた人物の声がすぐ近くで明瞭に聞こえて、思わずびくりと肩を揺らす。弾かれたように顔を上げると、ジェラルド様が困ったようにこちらを見下ろしていた。
「申し訳ありません。驚かせてしまいましたか」
驚かされることはロザンヌ様で慣れている。けれど、こんなに顕著に反応したことはなかったように思う。
「いえ」
「お食事中、申し訳ありません」
「いいえ。大丈夫です。ジェラルド様は」
手には昼食の用意を持っているようには思えなかったが、確認してしまう。
「本日はもう済ませました」
「……そうですか」
「ただ、ユリアさんはこちらにいらっしゃるのではないかと思い、参りました。これをお渡ししたくて」
ジェラルド様がこちらに差し出してくれたのは高級そうな小さな木箱だ。
植物の絵と共に文字か書いてある。どうやら茶葉のようである。
「珍しい紅茶が手に入りましたので、よろしければどうぞ。ユリアさんはお茶が好きだと伺いましたもので。お口に合うといいのですが」
私はジェラルド様が持つ紅茶の箱を黙って見つめた。
自分が好きな物を知っていてもらえる嬉しさと、それを贈ってくれる喜びに浸っていたが。
「このお茶はご存知でしたか? お口に合わなかったお茶ですか?」
ジェラルド様の少し残念そうな表情を見て、はっと我に返る。
慌てて手を伸ばすと受け取った。
「いえ。初めてです。ありがとうございます。頂きます」
ジェラルド様の表情が緩んだところを見ると、私もまた笑顔でいるらしい。
「では私はこれで」
「あ」
もう行ってしまうのかと思わず止めてしまう。
「ジェラルド様は。ジェラルド様はこの紅茶を召し上がったのですか」
「あ、いえ。申し訳ありません。私は口にしたことがありません」
「そうですか。では。……ご一緒していただけませんか」
「え?」
「毒味を」
ジェラルド様は目を丸くしていたが、ぷっと吹き出して破顔なさった。
「いいですね。お供しましょう」
「ありがとうございます。ではジェラルド様の自室でお茶を淹れさせていただいてよろしいでしょうか」
「……え?」
今度は笑顔のまま固まるジェラルド様。
「申し訳ありませんが、私は相部屋ですし、狭いのでご招待できません。ですからジェラルド様の自室をお借りできればと思いました」
「え、ええっと。それは」
ジェラルド様が狼狽するお姿を見て、とんでもないことを口にしたのだと気づいた。
考えてみれば、殿下の護衛官の自室に他人を立ち入らせることは謀反に値するかもしれない。
「申し訳ありません。一介の侍女ごときが護衛騎士官長様のお部屋に入らせろなどと、勝手を言い過ぎました。どうぞお許しください」
「そ、そうではなくてですね。ええっと。あ。で、ではロザンヌ様もご招待いたしましょうか」
「ロザンヌ様」
ロザンヌ様ならいいのか。当然だが。
「ユリアさん?」
「最近お忙しいようですので、またの機会にします」
「え。そ――」
「もう行きます。午後からも仕事がありますので。お茶をありがとうございました。では、失礼いたします」
平常心でそう言って立ち去ろうとした瞬間。
「ユリアさん!」
手首をつかまれる。
それは暴走した私を止めてくださったあの瞬間にも似ていた。けれど似て非なるものだ。なぜならつかまれた左手首が――とても熱いから。
「自室にご招待したいのは山々なのですが、やはりあの色々と心の問題があり」
「心の問題とは」
「で、ですから以前、お茶をご一緒した共同サロンではいかがでしょうか」
ジェラルド様は珍しく私の問いには答えてくれず、別の提案をされる。
「お湯が用意できません」
「奥に厨房がありますから、お湯を頂けます」
前回行った時は人目が気になったので、正直そこでお茶をするのは避けたいが……。
「分かりました」
考えとは裏腹に気付けば自分の口からは同意する言葉が出ていた。
「良かった」
「ただ、人目につきますが、ご迷惑ではありませんか」
見知った騎士らもいて、好奇な目で見られていたような気がする。
「私はユリアさんとご一緒できるなら問題ありません。私はユリアさんが好きですから」
とくん。
小さく心臓が脈打つ。
何度も繰り返し言われているのに、ジェラルド様のお言葉はなぜこんなにも響くのだろう。
言葉が詰まって咄嗟に答えられない私に、ジェラルド様は眉を落とされた。
「ユリアさんこそご迷惑ではありませんか?」
「いいえ。私はジェラルド様とお茶をご一緒できることは」
自然と頬が緩む。
「とても嬉しいです。私もジェラルド様が好きですから」
「――っ。あ、りがとう、ございます」
ジェラルド様の心にも少しは届いたのだろうか。
伝えてもらって響いた言葉。伝えて響かせたい思い。
これが……私の望み。
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