神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―

コハラ

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1話

記憶喪失と決断<5>

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 病院から自宅に戻ると、もう夕方だった。
 ソファに座り、希美が帰って来た時のことを考える。

 一番深刻な問題は僕が余命半年だということだ。
 僕を忘れている希美にそのことを伝えるのはかなり気が重い。

 一体どんなタイミングで話せばいいのか……。

 紙に書いて考えるが納得できる答えが見つからない。

 苛立ちをぶつけるように後頭部を掻きながら、ため息をつく。
 やっと推しの死から立ち直った希美を悲しませたくない。それに医者が言った通り、希美の記憶喪失が精神的なものだとしたら、言うべきではない気がする。

「一層のこと、希美の前から消えるか」

 半ば自棄になって口にした言葉が胸に響く。
 もし、このまま希美が僕のことを忘れたままなら、僕が亡くなっても悲しくないはずだ。それに、僕の存在を完全に希美の生活から消せば、希美は僕のことを気にしないで済むだろう。

「僕が消えればいいんだ」

 その結論にたどり着いた時、棚の上のDVDがコトンと床に落ちた。それは希美の推し――木村圭きむらけいのライブDVDだった。
 希美は彼のDVDを見られないと言って、棚に仕舞っていた。
 DVDケースを持ち、こちらに向かって微笑む彼の写真を見て、彼が僕の考えに賛成してくれた気がした。

 *

 律子さんから希美の退院が三日後に決まったと聞き、僕は大慌てで僕の痕跡を消した。僕の部屋の荷物は全てトランクルームに移し、アルバムからは僕の写真を全て抜いた。希美のパソコンもチェックし、僕と写っている写真は全て削除……までする覚悟がなかったので、USBメモリに入れてから、希美のパソコンからは削除した。
 希美のスマホも僕が持っていたので、僕が写っている写真は全部USBメモリに入れてから、削除した。それから僕の連絡先もだ。
 最後の仕上げに離婚届を記入した。
 僕が余命半年だということを知るよりも、記憶のない夫と離婚する方が、希美の悲しみは少ない気がした。

「これでよし」

 夫の部分の記入が終わった瞬間、涙が滲む。
 本当は別れたくない。希美と一緒にいたい。
 しかし、命短い僕が希美の側にいては悲しませるだけなのだ。僕のことを忘れて希美は新しい人生を歩んでくれればいい。
 そう思いながらも、胸が苦しい。

「しょうがないじゃないか。僕の存在が希美を悲しませるのだから」

 そう自分に言い聞かせるが、涙が止まらなかった。
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