神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―

コハラ

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1話

記憶喪失と決断<4>

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 戸惑っていると、医師と看護師がやって来て、診察を始めた。
 希美はすぐに一般病棟に移された。怪我は軽い打撲と、後頭部を2針縫っただけだった。ある1点を除けば脳に異常もなかった。


「逆行性健忘症って、どういうことですか?」

 僕は希美の主治医から診察室で、律子さんと一緒に説明を受けていた。

「奥さんは、頭を強く打ち、病院に運ばれて来た時は意識はありませんでしたから、その後遺症として、ご主人のことを忘れてしまったのだと思います。しかし、CTの画像を見る限りは大きな損傷は見られませんし、その他の検査でも異常は見られませんでしたので、深刻な障害を心配する必要はないでしょう」

 恵比須様によく似た丸顔の脳神経外科医はそう言って、微笑むが、希美が僕だけを忘れていることに対して腑に落ちない。

 さらに恵比須様に質問すると、「もしかしたら、精神的なものもあるかもしれませんね」と付け足した。
 精神的なものと言われて、希美と最後に交わした会話を思い出す。

 ――嘘……。涼くんまでいなくなるの……
 ――何言ってるんだよ。希美
 ――嫌、そんなの絶対に嫌!

 もし精神的な理由で僕のことを忘れているのだとしたら、間違いなく僕の病気のことだ。

「ご主人、何か思い当たることが?」

 沈黙した僕を恵比須様が真剣な表情で見る。

「あ、ありませんよ」

 律子さんがいる前で僕の病気のことは言えないので、誤魔化した。

「そうですか。まあ、日常生活に戻ればそのうち思い出すでしょう。最初はご主人とぎこちないかもしれませんが、新しくご主人のことを知っていけば、問題はありませんから。大事なのは過去の出来事よりも今ですよ」

 励ますように言われた言葉が胸に突き刺さる。

 今の僕の状態を知って、また希美が悲しむと思ったら耐えられない。一層のこと、このまま僕のことを忘れたままでいてくれた方が希美にとってはいいのではないかと思った。

 *

「律子さん、希美の身の周りのものです。渡して下さい」

 診察室から出て、希美の病室に向かう律子さんにお願いした。
 律子さんは意外そうに瞬きをして僕を見る。

「涼介くん、希美には会っていかないの?」
「会えませんよ。希美は僕のことがわからないんですから。昨日なんて、白いTシャツを着ていたからか、看護師と間違えられました。今、僕が側にいると希美が混乱しますから。律子さんに面倒をかけますが、希美の面倒を見てやってください」

 紙袋を差し出しながら、深々と頭を下げる。

「それは構わないけど。でも、このままって訳には……」
「少し時間を下さい。希美が退院するまでに考えたいことがあるんです」

 医者の話では、二、三日中には退院できそうな気配だった。

「そうね。涼介くんもショックよね。希美がよりにもよって涼介くんの存在を忘れるなんて。わかった。希美のことは任せてね」
「それから僕の話はあまりしないで下さい。希美を刺激したくないので。先生も無理矢理、思い出させるのはよくないと言ってましたし」
「うん、わかった」

 律子さんはそう言うと、僕が差し出した紙袋を受け取り、希美の病室に入って行った。
 僕は廊下に立ち、中から聞こえる希美の声に耳を澄ませる。

『お姉ちゃん、ありがとう。あー、これ、お気に入りのパジャマ!』
『病院で借りたパジャマよりも、着慣れた物の方が落ち着くと思って持って来たのよ』

 僕が思ったことを律子さんは希美に言ってくれた。

『ありがとう! 助かる』

 希美の弾んだ声を聞いて、頬が緩んだ。
 パジャマは病院で借りることができるので、余計なことかと思ったが喜んでくれたようだ。
 律子さんが出てくるまで廊下で二人の会話を聞いていた。
 通りかかる看護師や見舞い客から不審な目で見られたが、構わなかった。側に行けないからこそ、希美の声が聞きたい。
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