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3話
客とカフェ店員<8>
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坂本を見ると、目を丸くしてこっちを見ていた。
「……嘘だろ」
坂本がそう言うのもわかる。
「僕も最初聞いた時はそう思った。信じられないだろ? こんなこと……」
口にしながら、言われた時の衝撃を思い出す。
「冗談かと思った。だってさ、まだ三十四歳だし、余命半年とか言われても、ピンと来なくてさ。でもさ、体の異変はずっと感じていたんだよ。今もそうだよ。僕の体をガンが食いつくそうとしているのを感じるんだ。僕はそれに抵抗するように、ここで一人で生きててさ。いや、どうしたらいいかわからず動揺しているから、いきなり離婚とか、田舎暮らしとかしているのかもしれない」
話しながら、そうだと思った。僕はまだガンを受け入れられていない。だから、両親にも希美にも言えなかったんだ。
希美や両親を悲しませたくないというのは表向きの理由で、本当は言ってしまったら、自分がガンであることを認めることになる気がして嫌なんだ。
「倉田、離婚したらダメだろ」
坂本が喉の奥から絞り出したような声で口にする。
「離婚するなよ」
涙ぐんだ声で坂本が言った。
「お前、離婚しちゃダメだ。病気になって、自棄になって、何やってるんだよ! 奥さんは一番手放しちゃいけないものだろ!」
坂本が僕の肩を掴んで揺らす。
「奥さんが大好きで、奥さんが生きがいの倉田が何やってるんだよ!」
まさか坂本にそんな風に言われるとは思わなかった。
「奥さんは倉田の病気のこと知ってるのか?」
首を左右に振ると、「バカヤロー」と怒鳴られた。
「なんで大事なこと言わないんだよ。倉田が言えないなら俺が言う」
坂本が立ち上がる。
「どこに行くんだよ」
「奥さんの所だよ。クロダイを釣りに行く時に通ったあのカフェで働いているんだろ? 並んだ時にカフェの中で働く奥さんの姿が見えたんだよ。他人の空似かと思ったが、倉田の怪しい態度で奥さんだと確信した」
鼓動が速くなる。
坂本に希美のことがバレていたなんて……。
「ダメだ! 希美には言うな! 希美は僕のことを全部忘れているんだ!」
立ち上がり正面から坂本が睨む。
「はあ?」
坂本が怪訝な表情を浮かべる。
「希美は記憶喪失なんだ!」
坂本が両眉を上げ、信じられないものを見るような顔をする。
「嘘だろ?」
「本当だ」
僕は希美が記憶喪失になった経緯を話した。
くしゃっと坂本の表情が悔しそうに歪む。
「なんでだよ。なんで、倉田ばっかりそんな目に遭うんだよ!」
「知るか」
「記憶喪失だろうが、関係ない。奥さんに会ってくる」
坂本が玄関に向かう。
僕は坂本の腕を掴んだ。
「やめろ! 絶対に希美に言うな!」
「なんでだよ」
坂本が険しい表情のまま僕を睨む。
「希美を巻き込みたくないんだ」
「そんなこと言っている場合じゃないだろ」
「頼む。希美には言わないでくれ。本当のことを言ったら、カフェの客としても会えなくなる」
もうカフェには行けない状況だけが、希美とどこかで遭遇するかもしれない。その時は末期がんの夫ではなく、普通の健康な体のカフェの客として会いたい。それが今の僕の願いだ。
「バカ」
坂本がそう言って、涙ぐむ。
僕も涙ぐんだ。
男二人で泣く事になるとは思わなかった。
「……嘘だろ」
坂本がそう言うのもわかる。
「僕も最初聞いた時はそう思った。信じられないだろ? こんなこと……」
口にしながら、言われた時の衝撃を思い出す。
「冗談かと思った。だってさ、まだ三十四歳だし、余命半年とか言われても、ピンと来なくてさ。でもさ、体の異変はずっと感じていたんだよ。今もそうだよ。僕の体をガンが食いつくそうとしているのを感じるんだ。僕はそれに抵抗するように、ここで一人で生きててさ。いや、どうしたらいいかわからず動揺しているから、いきなり離婚とか、田舎暮らしとかしているのかもしれない」
話しながら、そうだと思った。僕はまだガンを受け入れられていない。だから、両親にも希美にも言えなかったんだ。
希美や両親を悲しませたくないというのは表向きの理由で、本当は言ってしまったら、自分がガンであることを認めることになる気がして嫌なんだ。
「倉田、離婚したらダメだろ」
坂本が喉の奥から絞り出したような声で口にする。
「離婚するなよ」
涙ぐんだ声で坂本が言った。
「お前、離婚しちゃダメだ。病気になって、自棄になって、何やってるんだよ! 奥さんは一番手放しちゃいけないものだろ!」
坂本が僕の肩を掴んで揺らす。
「奥さんが大好きで、奥さんが生きがいの倉田が何やってるんだよ!」
まさか坂本にそんな風に言われるとは思わなかった。
「奥さんは倉田の病気のこと知ってるのか?」
首を左右に振ると、「バカヤロー」と怒鳴られた。
「なんで大事なこと言わないんだよ。倉田が言えないなら俺が言う」
坂本が立ち上がる。
「どこに行くんだよ」
「奥さんの所だよ。クロダイを釣りに行く時に通ったあのカフェで働いているんだろ? 並んだ時にカフェの中で働く奥さんの姿が見えたんだよ。他人の空似かと思ったが、倉田の怪しい態度で奥さんだと確信した」
鼓動が速くなる。
坂本に希美のことがバレていたなんて……。
「ダメだ! 希美には言うな! 希美は僕のことを全部忘れているんだ!」
立ち上がり正面から坂本が睨む。
「はあ?」
坂本が怪訝な表情を浮かべる。
「希美は記憶喪失なんだ!」
坂本が両眉を上げ、信じられないものを見るような顔をする。
「嘘だろ?」
「本当だ」
僕は希美が記憶喪失になった経緯を話した。
くしゃっと坂本の表情が悔しそうに歪む。
「なんでだよ。なんで、倉田ばっかりそんな目に遭うんだよ!」
「知るか」
「記憶喪失だろうが、関係ない。奥さんに会ってくる」
坂本が玄関に向かう。
僕は坂本の腕を掴んだ。
「やめろ! 絶対に希美に言うな!」
「なんでだよ」
坂本が険しい表情のまま僕を睨む。
「希美を巻き込みたくないんだ」
「そんなこと言っている場合じゃないだろ」
「頼む。希美には言わないでくれ。本当のことを言ったら、カフェの客としても会えなくなる」
もうカフェには行けない状況だけが、希美とどこかで遭遇するかもしれない。その時は末期がんの夫ではなく、普通の健康な体のカフェの客として会いたい。それが今の僕の願いだ。
「バカ」
坂本がそう言って、涙ぐむ。
僕も涙ぐんだ。
男二人で泣く事になるとは思わなかった。
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