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3話
客とカフェ店員<7>
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「坂本、行くぞ! 今来ないとクロダイが釣れる場所教えてやらないぞ」
僕は坂本を置いて歩き出した。
坂本を凪から引き離すにはクロダイをエサにするしかない。
「待てよ」
思った通り、坂本が追いかけてくる。
僕は聞こえないふりをして、早足で進む。とにかく一刻も早く坂本をこの場から引き離さなければいけない。
「倉田!」
坂本が僕の名前を叫んだので冷ッとする。
立ち止まり、坂本の方を振り向く。
「名前を呼ぶな! さっさと来い!」
坂本が道路を渡って駆け寄ってくる。
「なんで名前を呼んだらダメなんだよ」
「それは……不用心だろ。知らない人にも俺が倉田だって知られて」
苦しい言い訳だと自分でも思うが、坂本はそれ以上追及しなかった。
*
夜は釣ったクロダイを坂本が包丁で捌き、刺身でいただいた。この辺りの澄んだ海で釣れたクロダイは臭みがなく美味かった。
「今日釣った魚を刺身で食べる。こういうのが俺は贅沢だと思うんだよな」
リビングの卓袱台前に座った坂本が満足気な表情を浮かべる。
「そうだな。贅沢だな」
卓袱台の上にはクロダイの刺身の他に裏のおばさんがくれたサザエのつぼ焼きに、鯵と長ネギ、生姜、大葉などの薬味を細かく切り、味噌を加え、包丁で叩きながら混ぜた鯵のなめろうと、家の庭で収穫したナスで作った揚げびたしと、胡瓜の浅漬けが並んでいる。久しぶりに豪華な食卓だ。
「飲もうぜ」
坂本が土産に持ってきた焼酎を開ける。
僕は水割りで飲み、坂本はロックで飲んだ。
刺身や鯵のなめろうをつまみながら飲む焼酎も美味かった。
坂本は最近の会社での出来事を面白可笑しく話したあと、「ところで倉田」と、僕の顔を見ながら、「奥さんとの離婚はどうなった?」と聞いた。
希美の顔が浮かび、胸がズキッと痛む。
「……まだ離婚は成立していないようだ」
数日前に弁護士の桐島先生に確認したが、希美は考える時間が欲しいと言っているそうだ。
「人ごとみたいな言い方だな」
「妻が考える時間が欲しいと言っているんだから仕方ない」
「慰謝料とか財産分与で揉めてるのか?」
「そういう訳じゃないが……」
「そろそろ話せよ。本当のこと」
坂本がグラスを置き、こっちを見る。
坂本には離婚の理由をいつか話すと言ってあった。
今がその時なのかもしれない。
「実はさ、ガンなんだよ。ステージ4の末期ガン」
坂本の顔は見られず、クロダイの刺身をつまみながら口にした。
しーんと辺りが静まり返り、焼酎の氷が解ける音だけがした。
僕は坂本を置いて歩き出した。
坂本を凪から引き離すにはクロダイをエサにするしかない。
「待てよ」
思った通り、坂本が追いかけてくる。
僕は聞こえないふりをして、早足で進む。とにかく一刻も早く坂本をこの場から引き離さなければいけない。
「倉田!」
坂本が僕の名前を叫んだので冷ッとする。
立ち止まり、坂本の方を振り向く。
「名前を呼ぶな! さっさと来い!」
坂本が道路を渡って駆け寄ってくる。
「なんで名前を呼んだらダメなんだよ」
「それは……不用心だろ。知らない人にも俺が倉田だって知られて」
苦しい言い訳だと自分でも思うが、坂本はそれ以上追及しなかった。
*
夜は釣ったクロダイを坂本が包丁で捌き、刺身でいただいた。この辺りの澄んだ海で釣れたクロダイは臭みがなく美味かった。
「今日釣った魚を刺身で食べる。こういうのが俺は贅沢だと思うんだよな」
リビングの卓袱台前に座った坂本が満足気な表情を浮かべる。
「そうだな。贅沢だな」
卓袱台の上にはクロダイの刺身の他に裏のおばさんがくれたサザエのつぼ焼きに、鯵と長ネギ、生姜、大葉などの薬味を細かく切り、味噌を加え、包丁で叩きながら混ぜた鯵のなめろうと、家の庭で収穫したナスで作った揚げびたしと、胡瓜の浅漬けが並んでいる。久しぶりに豪華な食卓だ。
「飲もうぜ」
坂本が土産に持ってきた焼酎を開ける。
僕は水割りで飲み、坂本はロックで飲んだ。
刺身や鯵のなめろうをつまみながら飲む焼酎も美味かった。
坂本は最近の会社での出来事を面白可笑しく話したあと、「ところで倉田」と、僕の顔を見ながら、「奥さんとの離婚はどうなった?」と聞いた。
希美の顔が浮かび、胸がズキッと痛む。
「……まだ離婚は成立していないようだ」
数日前に弁護士の桐島先生に確認したが、希美は考える時間が欲しいと言っているそうだ。
「人ごとみたいな言い方だな」
「妻が考える時間が欲しいと言っているんだから仕方ない」
「慰謝料とか財産分与で揉めてるのか?」
「そういう訳じゃないが……」
「そろそろ話せよ。本当のこと」
坂本がグラスを置き、こっちを見る。
坂本には離婚の理由をいつか話すと言ってあった。
今がその時なのかもしれない。
「実はさ、ガンなんだよ。ステージ4の末期ガン」
坂本の顔は見られず、クロダイの刺身をつまみながら口にした。
しーんと辺りが静まり返り、焼酎の氷が解ける音だけがした。
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