神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―

コハラ

文字の大きさ
21 / 61
3話

客とカフェ店員<6>

しおりを挟む
 七月最初の土曜日、坂本が遊びに来た。
 坂本の趣味は釣りで、野島崎灯台付近の磯で朝から付き合わされた。アジ、イワシ、クロダイなどが釣れるらしいが、一時間経っても僕も坂本もまだ一匹も釣れない。

「ここじゃないな。海が静かすぎる」

 釣り人の恰好をした坂本が海を見ながら口にする。

「倉田、移動だ」
「また移動するのか? 三度目だぞ」
「穴場があるんだよ。クロダイがスゲー釣れる所があるって、SNSに書いてある」

 坂本がスマホ見せる。画面には赤い鳥居が映っていた。それを見てピン来る。

「この場所はここじゃないぞ。渚弁財天の祠がある岩場の方だな。来た道を一キロ戻る感じだ」
「画像でわかるなんて、さすが地元民! 行こうぜ」

 坂本が目をキラキラと輝かせる。
 画像の場所に行くには希美が働く『凪』の前を通る必要がある。坂本は希美と面識があるから、万が一、店から出て来た希美と顔を合わせることがあったら困る。希美はいつも土曜日働いていたから、今日も店にいるだろう。
 希美が記憶喪失になっていることは坂本には言っていない。

「ほら、行くぞ」

 釣道具を持った坂本が歩き出す。

「いや、坂本そっちは止めておこう」
「なんでだよ。俺はクロダイを釣りに来たんだ」

 坂本がずんずんと進んでいく。
 坂本が一人でいる時に希美に会ったら最悪だ。仕方なく僕も釣道具を持って坂本について行く。
 ハラハラしながら凪の近くを通ると、坂本が立ち止まる。

「あれ、こんな所に洒落た店があるんだな?」

 道路の反対側に立つ、二階建ての白い建物を坂本が見た。その建物は凪だ。

「坂本、そんなことはいいから行くぞ」
「カフェみたいだな。少し休憩していくか」

 一刻も早くクロダイを釣りたいようなことを言っていた坂本の心変わりにズッコケそうになる。

「おい。クロダイはどうした?」
「休憩した後にもちろん行くが、何だか妙にここのカフェが気になるんだ」

 何とか坂本を止めなければ。

「まだ営業時間じゃないぞ。看板に11時開店だって出てるぞ」

 現在の時刻は午前十時五十分だ。

「あと十分だろ。それくらい待ってもいいだろう」
「でも、ほら、並んでるぞ」

 凪の前には十人くらいの行列ができている。

「早く並ぼうぜ」

 坂本が急に走り出し、道路を渡って凪の前に並ぶ行列に加わった。

「おい、倉田!」

 名前を呼ばれて心臓が飛び出そうになる。
 もし希美に聞かれれば僕の苗字が希美と同じだとバレる。そこから希美はもしかしたら僕が希美の夫だと疑うかもしれない。いや、その前に希美の顔を見たら、坂本は間違いなく「奥さん」と希美に声をかけるだろう。マズイ、マズイ、マズイ! 何とかしなければ!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛のかたち

凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。 ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は…… 情けない男の不器用な愛。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

自信家CEOは花嫁を略奪する

朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」 そのはずだったのに、 そう言ったはずなのに―― 私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。 それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ? だったら、なぜ? お願いだからもうかまわないで―― 松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。 だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。 璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。 そしてその期間が来てしまった。 半年後、親が決めた相手と結婚する。 退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――

君の声を、もう一度

たまごころ
恋愛
東京で働く高瀬悠真は、ある春の日、出張先の海辺の町でかつての恋人・宮川結衣と再会する。 だが結衣は、悠真のことを覚えていなかった。 五年前の事故で過去の記憶を失った彼女と、再び「初めまして」から始まる関係。 忘れられた恋を、もう一度育てていく――そんな男女の再生の物語。 静かでまっすぐな愛が胸を打つ、記憶と時間の恋愛ドラマ。

出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜

泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。 ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。 モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた ひよりの上司だった。 彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。 彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……

王妃は涙を流さない〜ただあなたを守りたかっただけでした〜

矢野りと
恋愛
理不尽な理由を掲げて大国に攻め入った母国は、数カ月後には敗戦国となった。 王政を廃するか、それとも王妃を人質として差し出すかと大国は選択を迫ってくる。 『…本当にすまない、ジュンリヤ』 『謝らないで、覚悟はできています』 敗戦後、王位を継いだばかりの夫には私を守るだけの力はなかった。 ――たった三年間の別れ…。 三年後に帰国した私を待っていたのは国王である夫の変わらない眼差し。……とその隣で微笑む側妃だった。 『王妃様、シャンナアンナと申します』 もう私の居場所はなくなっていた…。 ※設定はゆるいです。

処理中です...