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3話
客とカフェ店員<6>
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七月最初の土曜日、坂本が遊びに来た。
坂本の趣味は釣りで、野島崎灯台付近の磯で朝から付き合わされた。アジ、イワシ、クロダイなどが釣れるらしいが、一時間経っても僕も坂本もまだ一匹も釣れない。
「ここじゃないな。海が静かすぎる」
釣り人の恰好をした坂本が海を見ながら口にする。
「倉田、移動だ」
「また移動するのか? 三度目だぞ」
「穴場があるんだよ。クロダイがスゲー釣れる所があるって、SNSに書いてある」
坂本がスマホ見せる。画面には赤い鳥居が映っていた。それを見てピン来る。
「この場所はここじゃないぞ。渚弁財天の祠がある岩場の方だな。来た道を一キロ戻る感じだ」
「画像でわかるなんて、さすが地元民! 行こうぜ」
坂本が目をキラキラと輝かせる。
画像の場所に行くには希美が働く『凪』の前を通る必要がある。坂本は希美と面識があるから、万が一、店から出て来た希美と顔を合わせることがあったら困る。希美はいつも土曜日働いていたから、今日も店にいるだろう。
希美が記憶喪失になっていることは坂本には言っていない。
「ほら、行くぞ」
釣道具を持った坂本が歩き出す。
「いや、坂本そっちは止めておこう」
「なんでだよ。俺はクロダイを釣りに来たんだ」
坂本がずんずんと進んでいく。
坂本が一人でいる時に希美に会ったら最悪だ。仕方なく僕も釣道具を持って坂本について行く。
ハラハラしながら凪の近くを通ると、坂本が立ち止まる。
「あれ、こんな所に洒落た店があるんだな?」
道路の反対側に立つ、二階建ての白い建物を坂本が見た。その建物は凪だ。
「坂本、そんなことはいいから行くぞ」
「カフェみたいだな。少し休憩していくか」
一刻も早くクロダイを釣りたいようなことを言っていた坂本の心変わりにズッコケそうになる。
「おい。クロダイはどうした?」
「休憩した後にもちろん行くが、何だか妙にここのカフェが気になるんだ」
何とか坂本を止めなければ。
「まだ営業時間じゃないぞ。看板に11時開店だって出てるぞ」
現在の時刻は午前十時五十分だ。
「あと十分だろ。それくらい待ってもいいだろう」
「でも、ほら、並んでるぞ」
凪の前には十人くらいの行列ができている。
「早く並ぼうぜ」
坂本が急に走り出し、道路を渡って凪の前に並ぶ行列に加わった。
「おい、倉田!」
名前を呼ばれて心臓が飛び出そうになる。
もし希美に聞かれれば僕の苗字が希美と同じだとバレる。そこから希美はもしかしたら僕が希美の夫だと疑うかもしれない。いや、その前に希美の顔を見たら、坂本は間違いなく「奥さん」と希美に声をかけるだろう。マズイ、マズイ、マズイ! 何とかしなければ!
坂本の趣味は釣りで、野島崎灯台付近の磯で朝から付き合わされた。アジ、イワシ、クロダイなどが釣れるらしいが、一時間経っても僕も坂本もまだ一匹も釣れない。
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「倉田、移動だ」
「また移動するのか? 三度目だぞ」
「穴場があるんだよ。クロダイがスゲー釣れる所があるって、SNSに書いてある」
坂本がスマホ見せる。画面には赤い鳥居が映っていた。それを見てピン来る。
「この場所はここじゃないぞ。渚弁財天の祠がある岩場の方だな。来た道を一キロ戻る感じだ」
「画像でわかるなんて、さすが地元民! 行こうぜ」
坂本が目をキラキラと輝かせる。
画像の場所に行くには希美が働く『凪』の前を通る必要がある。坂本は希美と面識があるから、万が一、店から出て来た希美と顔を合わせることがあったら困る。希美はいつも土曜日働いていたから、今日も店にいるだろう。
希美が記憶喪失になっていることは坂本には言っていない。
「ほら、行くぞ」
釣道具を持った坂本が歩き出す。
「いや、坂本そっちは止めておこう」
「なんでだよ。俺はクロダイを釣りに来たんだ」
坂本がずんずんと進んでいく。
坂本が一人でいる時に希美に会ったら最悪だ。仕方なく僕も釣道具を持って坂本について行く。
ハラハラしながら凪の近くを通ると、坂本が立ち止まる。
「あれ、こんな所に洒落た店があるんだな?」
道路の反対側に立つ、二階建ての白い建物を坂本が見た。その建物は凪だ。
「坂本、そんなことはいいから行くぞ」
「カフェみたいだな。少し休憩していくか」
一刻も早くクロダイを釣りたいようなことを言っていた坂本の心変わりにズッコケそうになる。
「おい。クロダイはどうした?」
「休憩した後にもちろん行くが、何だか妙にここのカフェが気になるんだ」
何とか坂本を止めなければ。
「まだ営業時間じゃないぞ。看板に11時開店だって出てるぞ」
現在の時刻は午前十時五十分だ。
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もし希美に聞かれれば僕の苗字が希美と同じだとバレる。そこから希美はもしかしたら僕が希美の夫だと疑うかもしれない。いや、その前に希美の顔を見たら、坂本は間違いなく「奥さん」と希美に声をかけるだろう。マズイ、マズイ、マズイ! 何とかしなければ!
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