神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―

コハラ

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3話

客とカフェ店員<5>

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「僕はそんなつもりじゃ」

 170センチの僕より背の高い青山を見上げ、言い返した。

「じゃあ、どんなつもりなんですか?」
 
 青山が険しい表情を浮かべる。

「それは、ここの料理が美味しいから」

 料理が美味しいのは本当だ。

「でも、いつも倉田さんを見てますよね?」
「青山くん!」

 希美がレジに出て来て、青山を見た。

「倉田さん、なんで出て来たんですか?」

 青山が険しい表情のまま希美を見る。

「青山くんが誤解しているから」

 希美が眉を寄せた困ったような表情を浮かべる。

「じゃあ、どういう意味で言ったんですか? 倉田さん目当てで来ているこのお客様に迷惑しているんでしょ? ジロジロと見られて不愉快なんでしょ?」

 希美が頭を左右に振る。
 希美にそんな風に思われていたとは知らなかった。ショックで喉が締め付けられる。

「お客様、すみません。彼の勘違いなんです。全くそんなことありませんから」

 必死で希美が謝るが、青山が言ったことが真実に思えた。
 希美に僕の下心を知られていて恥ずかしい。どこかに消えたくなる。

「いえ、こちらこそ、すみませんでした。もうご迷惑はかけませんから」

 一刻も早くこの場から立ち去りたくて店から逃げ出した。
 希美から見たら僕はストーカーのような存在だったかもしれない。今日もウニのクリームパスタを食べたか、希美に聞いたら、希美は一瞬、微妙な表情を浮かべていた気がする。もしかして、僕に聞かれて不愉快だったんだろうか。それで青山が食後のコーヒーを僕に運んで、レジにも出て来たのかもしれない。
 青山の行動が迷惑な客から女性従業員を守る為だと思ったら納得できる。僕に対して不愛想なのも、僕を牽制していたんだ。

 なぜ僕は希美の気持ちに気づかなかったのだろう。嫌になる。
 もう二度と凪には行けない。

 *

 希美に不愉快な思いをさせていたことがショックで、次の日も、その次の日も家から一歩も出ず過ごした。
 それまで体調が良かったのに、急に腰の辺りが痛み、布団から起き上がれなくなった。これはマズイと思い、ホスピスの小川先生に電話した。

 先生はすぐに往診に来てくれて、痛み止めの注射を打ってくれた。それで随分と楽になった。

「倉田さん、辛かったら入院する?」

 そう聞かれたが、まだ動けるので入院は断った。

「倉田さん、無理しちゃダメよ」
「先生、体調よりも心が辛いんです」

 弱っていた僕は布団に寝たまま希美との離婚を決めた経緯を先生に話した。
 先生は黙って聞いていた。

「そっか。倉田さん、奥さん大好きなんだね」

 先生の言葉に目の奥が熱くなる。

「でも、カッコつけ過ぎよ。奥さんの気持ちは考えた? それだけ倉田さんが奥さんを想っているってことは、奥さんも倉田さんのことが大好きだと思うよ」

 藤原さんにも似たようなことを言われた。

「妻は……希美は、僕のことを覚えていないから」
「覚えていないからいいって言うの? それは無責任よ。彼女が思い出した時はどうするの? きっとすごく後悔すると思う」

 希美が後悔するとは全く思わなかった。

「……妻は後悔するんですか?」
「当たり前よ。倉田さんのように家族に迷惑をかけたくなくて、病気のことをご家族に話さない人もいるけど、病状が進行すると隠せなくなってそこで知るのよ。みんな口を揃えて隠さないで正直に話して欲しかったって言っていたわ。そのせいで喧嘩になったご夫婦もいる。残された時間を喧嘩なんかで使いたくなかったって、奥様はおっしゃっていたわ。倉田さん、今からでも遅くないから奥様に本当のことを打ち明けたらどう?」

 そんなこと言われても、僕はもう希美に合わせる顔もない。だから、先生の忠告に頷けなかった。
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