神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―

コハラ

文字の大きさ
19 / 61
3話

客とカフェ店員<4>

しおりを挟む
「一応まだしていますが、妻とは離婚する予定です」
「どうして?」
「いろいろと事情がありまして」

 藤原さんがハッとしたような顔をする。

「立ち入ったことを聞いてすまない。君のことが心配になってね。家族の助けは必要だよ」
「でも、妻に負担をかけたくないんです。妻には自由でいてもらいたい」

 藤原さんが苦笑いを浮かべる。

「君のその気持ちわかるよ。僕も同じことを思う。妻に無理に付き添わなくていいと言ったら、そんな寂しいこと言わないでと叱られたよ。それで、もしボクが妻に付き添う立場だったらどうするか考えてみたんだよ。やっぱり僕は妻と同じように付き添うと思った。離れることができないんだよ。妻が生きている限りは側にいたいと思った」

 藤原さんが真剣な表情で僕を見る。

「夫婦というのは意外と同じことを考えているものだよ。君が奥さんに負担をかけたくないほど大事に思っているのなら、奥さんも君のことを大事に思っているんじゃないかな」

 希美が僕を大事に思っている……。

 ――嘘……。涼くんまでいなくなるの……
 ――嫌、そんなの絶対に嫌!

 希美の言葉を思い出し胸が痛くなる。
 確かに希美は僕を大切に思ってくれている。しかし、それは記憶を失う前の希美だ。今の希美にとって僕は一方的に離婚届を置いて出て行った夫だ。
 離婚の理由も姉の律子さんから浮気だと聞いているだろう。希美は僕のことを嫌っているはずだ。

「僕は卑怯者なんで、妻には嫌われてますよ」
 そう藤原さん言い返すと、藤原さんは「残念だな」と寂しそうに呟いた。

 僕は卑怯者だ。希美の前から姿を消しながら、カフェの客として希美の前に現れている。希美への想いを断ち切れない自分が嫌になる。
 希美のことを本当に想うのだったら、カフェにも通うべきではないんだ。この町からさっさと引っ越すべきなんだ。だけど、できない。

 *

 希美に会いたくて今日も凪に行った。いらっしゃいませと僕を出迎えてくれる希美の笑顔を見る度に幸せな気持ちになる。

 メニューを注文する時に交わすちょっとした会話に癒される。こんなこといけないと思いながらも、僕は希美に会いたくて、この一ヶ月、凪に通っている。

「お待たせしました。ウニのクリームパスタです」

 希美がテーブルまで料理を届けてくれた。
 ニンニクと生クリームの香りが混ざったいい匂いがする。

「今日も美味しそうだ」
「美味しいですよ。ごゆっくりどうぞ」

 希美が僕に微笑みながら口にする。その表情は初めて凪に来た時よりも親しみのあるものになっている気がする。
 常連客として少しは希美に親しみを持ってもらえているんだろうか。

「倉田さん」

 調子に乗った僕はテーブルを離れようとした希美を呼び止める。

「なんでしょうか?」
「倉田さんはウニのクリームパスタ食べた?」
「いえ。今度食べてみます」

 そう言って希美が僕にお辞儀をして席を離れる。
 その後ろ姿を僕は一階のホール席から眺めていた。

 今日は木曜日で、土曜日に比べて店はすいている。こんな日は希美に話しかけやすい。次は食後のコーヒーを持って来てくれた時に話しかけよう。そう心に決め、パスタを楽しんだ。しかし、食後のコーヒーを持って来たのは青山という若い男だ。なぜか僕は青山に嫌われている気がする。

「以上でご注文はお揃いでしょうか」

 無表情に青山が言った。

「はい。今日も美味しかったです」

 常連客としてこれくらいは話し掛けてもいいかと思い、言葉をかけた。

「それはどうも」

 無表情なまま青山は相槌を打ち、キッチンの方に向かった。

 青山の面倒くさそうな態度が不愉快だった。話しかけて損した気分になる。他の店員はもう少し愛想よく答えてくれるが、彼とは仲良くなれなさそうだ。

 レジも今日は青山に当たった。
 青山が機械的に金額を言い、僕は銀色のトレイに現金を入れた。

「丁度いただきます」

 そう言って、青山がレシートを僕に渡す。次に「ありがとうございました」というお決まりの言葉を言われると思ったら、青山は違うことを口にした。

「倉田さん目当てで店に来てますよね。やめてもらえませんか」

 青山の言葉にドキリとした。
 希美目当てで来ていることを言い当てられて心が大きく揺れる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています

空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。 『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。 「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」 「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」 そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。 ◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

お前が欲しくて堪らない〜年下御曹司との政略結婚

ラヴ KAZU
恋愛
忌まわしい過去から抜けられず、恋愛に臆病になっているアラフォー葉村美鈴。 五歳の時の初恋相手との結婚を願っている若き御曹司戸倉慶。 ある日美鈴の父親の会社の借金を支払う代わりに美鈴との政略結婚を申し出た慶。 年下御曹司との政略結婚に幸せを感じることが出来ず、諦めていたが、信じられない慶の愛情に困惑する美鈴。 慶に惹かれる気持ちと過去のトラウマから男性を拒否してしまう身体。 二人の恋の行方は……

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

課長のケーキは甘い包囲網

花里 美佐
恋愛
田崎すみれ 二十二歳 料亭の娘だが、自分は料理が全くできない負い目がある。            えくぼの見える笑顔が可愛い、ケーキが大好きな女子。 × 沢島 誠司 三十三歳 洋菓子メーカー人事総務課長。笑わない鬼課長だった。             実は四年前まで商品開発担当パティシエだった。 大好きな洋菓子メーカーに就職したすみれ。 面接官だった彼が上司となった。 しかも、彼は面接に来る前からすみれを知っていた。 彼女のいつも買うケーキは、彼にとって重要な意味を持っていたからだ。 心に傷を持つヒーローとコンプレックス持ちのヒロインの恋(。・ω・。)ノ♡

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...