神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―

コハラ

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3話

客とカフェ店員<4>

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「一応まだしていますが、妻とは離婚する予定です」
「どうして?」
「いろいろと事情がありまして」

 藤原さんがハッとしたような顔をする。

「立ち入ったことを聞いてすまない。君のことが心配になってね。家族の助けは必要だよ」
「でも、妻に負担をかけたくないんです。妻には自由でいてもらいたい」

 藤原さんが苦笑いを浮かべる。

「君のその気持ちわかるよ。僕も同じことを思う。妻に無理に付き添わなくていいと言ったら、そんな寂しいこと言わないでと叱られたよ。それで、もしボクが妻に付き添う立場だったらどうするか考えてみたんだよ。やっぱり僕は妻と同じように付き添うと思った。離れることができないんだよ。妻が生きている限りは側にいたいと思った」

 藤原さんが真剣な表情で僕を見る。

「夫婦というのは意外と同じことを考えているものだよ。君が奥さんに負担をかけたくないほど大事に思っているのなら、奥さんも君のことを大事に思っているんじゃないかな」

 希美が僕を大事に思っている……。

 ――嘘……。涼くんまでいなくなるの……
 ――嫌、そんなの絶対に嫌!

 希美の言葉を思い出し胸が痛くなる。
 確かに希美は僕を大切に思ってくれている。しかし、それは記憶を失う前の希美だ。今の希美にとって僕は一方的に離婚届を置いて出て行った夫だ。
 離婚の理由も姉の律子さんから浮気だと聞いているだろう。希美は僕のことを嫌っているはずだ。

「僕は卑怯者なんで、妻には嫌われてますよ」
 そう藤原さん言い返すと、藤原さんは「残念だな」と寂しそうに呟いた。

 僕は卑怯者だ。希美の前から姿を消しながら、カフェの客として希美の前に現れている。希美への想いを断ち切れない自分が嫌になる。
 希美のことを本当に想うのだったら、カフェにも通うべきではないんだ。この町からさっさと引っ越すべきなんだ。だけど、できない。

 *

 希美に会いたくて今日も凪に行った。いらっしゃいませと僕を出迎えてくれる希美の笑顔を見る度に幸せな気持ちになる。

 メニューを注文する時に交わすちょっとした会話に癒される。こんなこといけないと思いながらも、僕は希美に会いたくて、この一ヶ月、凪に通っている。

「お待たせしました。ウニのクリームパスタです」

 希美がテーブルまで料理を届けてくれた。
 ニンニクと生クリームの香りが混ざったいい匂いがする。

「今日も美味しそうだ」
「美味しいですよ。ごゆっくりどうぞ」

 希美が僕に微笑みながら口にする。その表情は初めて凪に来た時よりも親しみのあるものになっている気がする。
 常連客として少しは希美に親しみを持ってもらえているんだろうか。

「倉田さん」

 調子に乗った僕はテーブルを離れようとした希美を呼び止める。

「なんでしょうか?」
「倉田さんはウニのクリームパスタ食べた?」
「いえ。今度食べてみます」

 そう言って希美が僕にお辞儀をして席を離れる。
 その後ろ姿を僕は一階のホール席から眺めていた。

 今日は木曜日で、土曜日に比べて店はすいている。こんな日は希美に話しかけやすい。次は食後のコーヒーを持って来てくれた時に話しかけよう。そう心に決め、パスタを楽しんだ。しかし、食後のコーヒーを持って来たのは青山という若い男だ。なぜか僕は青山に嫌われている気がする。

「以上でご注文はお揃いでしょうか」

 無表情に青山が言った。

「はい。今日も美味しかったです」

 常連客としてこれくらいは話し掛けてもいいかと思い、言葉をかけた。

「それはどうも」

 無表情なまま青山は相槌を打ち、キッチンの方に向かった。

 青山の面倒くさそうな態度が不愉快だった。話しかけて損した気分になる。他の店員はもう少し愛想よく答えてくれるが、彼とは仲良くなれなさそうだ。

 レジも今日は青山に当たった。
 青山が機械的に金額を言い、僕は銀色のトレイに現金を入れた。

「丁度いただきます」

 そう言って、青山がレシートを僕に渡す。次に「ありがとうございました」というお決まりの言葉を言われると思ったら、青山は違うことを口にした。

「倉田さん目当てで店に来てますよね。やめてもらえませんか」

 青山の言葉にドキリとした。
 希美目当てで来ていることを言い当てられて心が大きく揺れる。
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