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6話
夫の本心が知りたい<2>――Side希美――
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ゴールデンウィークに入ったある日、ぼんやりパソコンのフォルダーを見ていたら、灯台の写真を見つけた。見覚えのあるものだった。
自分で撮影したものらしく、日付は一昨年のゴールデンウィークになっていた。
その写真からどこの灯台か探すと、千葉県の最南端に建つ野島崎灯台だとわかり、行ってみたくなった。
電車とバスを乗り継いで、一人で野島崎灯台まで行った。
野島崎灯台の展望台に出た時、ここに来たことがあると確信した。おそらく、この場所は夫と来たのだろう。だから忘れていたが、灯台から見る岬と、その先の青い海を見て、何度もここに来ていると思った。
そう思ったら、周辺の景色が親しみのあるものに感じられた。しかし、具体的な記憶はなく、誰とどのような手段で来たのかということは思い出せなかった。それでも、埋もれた記憶を取り戻す手がかりはないかと、灯台周りをあちこち歩いた。すると、白い二階建ての建物が目に入った。『凪』というカフェで、吸い寄せられるように店内に入ると、白を基調としたフレンチカントリー風の内装が素敵で、わくわくとした。
案内されたテラス席でコーヒーを飲んでいると、隣の席に六十代くらいのカップルが座っていて、店の人に「今日は月に一度の妻とのデートなんだ」と、男性が楽しそうに言っているのが聞こえ微笑ましくなるのと同時に、今の私の境遇とは大違いで落ち込んだ。
退院した日に夫に捨てられたことを知ってから、ずっと惨めな気持ちのままだ。頭の傷は治ったのに、心についた傷はまだ瘡蓋にもなっていない。
ご主人と幸せそうに過ごす白髪混じりの奥さんを見て、私もそんな風に年を重ねたかったと思った。
「お料理、お口に合いませんでしたか?」
レジで精算を済ませると、四十代くらいの優しそうな女性に聞かれた。
「いえ、とても美味しかったです。ちょっと落ち込むことがあって……」
そう切り出し、私はレジの前に立ったまま、夫の記憶を失っていることを話した。初対面の人に話すべきことではないけど、苦しくて、つい打ち明けた。
女性は最後まで私の話に耳を傾けてくれ、それから思いがけない提案をした。
「良かったら、このお店で働きません? 社員寮もありますし、住む所も提供できます。この地域がご主人との思い出の場所なら、住めば思い出せるかもしれませんよ。それに、お料理が口に合ったのなら、賄飯も美味しいですし。どうです? とりあえずお試しで三ヶ月!」
私にそう声をかけたのはオーナーシェフの青山美穂さんだった。美穂さんは五十歳とは思えな程若々しくて、パワフルな人だ。一年前までは東京のホテルのフレンチレストランでシェフをしていて、知人に誘われて凪でオーナーシェフを始めたそう。私に声を掛けたのは、この時、凪は人手不足で困っていたからだと、凪で働き始めてから教えてもらった。
後で考えるとかなり強引な誘いだったが、私にとってもありがたい提案だった。
江戸川区のマンションで暮らすことに疲れていた私は美穂さんの提案を受け入れ、一週間後には南房総市に引っ越していた。
いつまで凪で働くかはわからなかったけど、何か新しいことをしたかった。
週四日凪で働きながら、単発のイラストレーターの仕事もした。
佐藤さんと出会ったのは、凪で働き始めて二週間が経った頃だった。
自分で撮影したものらしく、日付は一昨年のゴールデンウィークになっていた。
その写真からどこの灯台か探すと、千葉県の最南端に建つ野島崎灯台だとわかり、行ってみたくなった。
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野島崎灯台の展望台に出た時、ここに来たことがあると確信した。おそらく、この場所は夫と来たのだろう。だから忘れていたが、灯台から見る岬と、その先の青い海を見て、何度もここに来ていると思った。
そう思ったら、周辺の景色が親しみのあるものに感じられた。しかし、具体的な記憶はなく、誰とどのような手段で来たのかということは思い出せなかった。それでも、埋もれた記憶を取り戻す手がかりはないかと、灯台周りをあちこち歩いた。すると、白い二階建ての建物が目に入った。『凪』というカフェで、吸い寄せられるように店内に入ると、白を基調としたフレンチカントリー風の内装が素敵で、わくわくとした。
案内されたテラス席でコーヒーを飲んでいると、隣の席に六十代くらいのカップルが座っていて、店の人に「今日は月に一度の妻とのデートなんだ」と、男性が楽しそうに言っているのが聞こえ微笑ましくなるのと同時に、今の私の境遇とは大違いで落ち込んだ。
退院した日に夫に捨てられたことを知ってから、ずっと惨めな気持ちのままだ。頭の傷は治ったのに、心についた傷はまだ瘡蓋にもなっていない。
ご主人と幸せそうに過ごす白髪混じりの奥さんを見て、私もそんな風に年を重ねたかったと思った。
「お料理、お口に合いませんでしたか?」
レジで精算を済ませると、四十代くらいの優しそうな女性に聞かれた。
「いえ、とても美味しかったです。ちょっと落ち込むことがあって……」
そう切り出し、私はレジの前に立ったまま、夫の記憶を失っていることを話した。初対面の人に話すべきことではないけど、苦しくて、つい打ち明けた。
女性は最後まで私の話に耳を傾けてくれ、それから思いがけない提案をした。
「良かったら、このお店で働きません? 社員寮もありますし、住む所も提供できます。この地域がご主人との思い出の場所なら、住めば思い出せるかもしれませんよ。それに、お料理が口に合ったのなら、賄飯も美味しいですし。どうです? とりあえずお試しで三ヶ月!」
私にそう声をかけたのはオーナーシェフの青山美穂さんだった。美穂さんは五十歳とは思えな程若々しくて、パワフルな人だ。一年前までは東京のホテルのフレンチレストランでシェフをしていて、知人に誘われて凪でオーナーシェフを始めたそう。私に声を掛けたのは、この時、凪は人手不足で困っていたからだと、凪で働き始めてから教えてもらった。
後で考えるとかなり強引な誘いだったが、私にとってもありがたい提案だった。
江戸川区のマンションで暮らすことに疲れていた私は美穂さんの提案を受け入れ、一週間後には南房総市に引っ越していた。
いつまで凪で働くかはわからなかったけど、何か新しいことをしたかった。
週四日凪で働きながら、単発のイラストレーターの仕事もした。
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