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6話
夫の本心が知りたい<1>――Side希美――
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四月の始め、私は駅の階段から転落して意識を失い、病院に運ばれた。
目が覚めた時は、信じられない話なのだが、記憶喪失になっていた。
私を担当してくれた恵比須様によく似た丸顔の脳神経外科医から話を聞いた時は信じられなかったが、私は夫、倉田涼介に関する記憶だけが抜け落ちていた。
姉に頼んで持って来てもらったスマホに夫の写真はなく、もしかしたら夫婦仲はそんなによくないのかもしれないと感じた。
正直、記憶のない夫と退院後、一緒に暮らすことに不安はあったが、その不安はいらないものだった。なぜなら、夫は自分の痕跡を全て消してマンションを出て行ったから。
私は入院中も身の回りの世話をしてくれた姉の律子と一緒に退院後は江戸川区のマンションに帰った。
異変に気づいたのは、寝室のウォークインクローゼットを見た時だった。半分スペースが空いているのが不自然だった。この違和感はなんだろうと考えていたら、メンズ物の服が一着も見当たらないことに気づいた。夫の服はどこにあるのだろうと思いながら、夫の部屋に入ると、部屋は空っぽだった。白い壁に家具が置かれていた形跡と、カーテンだけは残っていた。ただならぬ事態が起きている。そう直感し、姉に詰め寄った。
「ちょっと、これはどういうこと?」
「のんちゃん、落ち着いて」
そう言い、姉はリビングのソファに私を座らせた。
「お姉ちゃんは知っていたの?」
夫の荷物がなくなっていることに姉はあまり驚いていないようだった。
「あのね、のんちゃん、落ち着いて聞いて欲しいんだけど、実はのんちゃんと涼介くんは離婚協議中だったらしいの」
退院早々、こんなにショッキングな事実を聞くことになるとは思わなかった。
「のんちゃんの生活が落ち着いたら伝えようと思っていたんだけど」
姉は自分のバックから白い封筒を取り出し、こちらに渡した。中身は離婚届だった。夫の部分は記入済で、やや右上がりの字で【倉田涼介】と書かれた名前を見て、姉の言っていることは本当なんだと思った。
「離婚の原因は何? 性格の不一致とか?」
右隣に座る姉が答えづらそうに眉を寄せてから「涼介くんの浮気」だと口にした。
聞いた瞬間、記憶のない夫のことなのに、ショックで胸が押しつぶさそうになった。
「のんちゃん……」
心配そうな視線を向ける姉の顔は涙で歪んで見えた。混乱した私は泣きじゃくり、その夜は姉がマンションに泊まってくれた。多分、一人だったら耐え切れなかっただろう。
一晩泣いて、冷静になった私は、とにかく夫と話さなければと思った。しかし、私のスマホには夫の連絡先はなく、姉に聞いた番号に電話すると、使われていない番号だった。メッセージアプリのIDも消去されていて、夫と連絡を取る手段がなく、離婚届と一緒に入っていた弁護士の名刺に電話した。
桐島という名の弁護士で、夫が江戸川区のマンションを慰謝料として私に差し出したことをその時、初めて知った。
『倉田涼介様は一刻も早い離婚を望んでおられます』
電話越しにそう聞き、なんだか腹が立った。
「夫に会わせて下さい。でなければ離婚に応じられません」
こんな訳のわからない状態でとても離婚する気にはなれなかった。
マンションをやると言われても全く嬉しくない。倉田涼介はかなり身勝手な人なのだと思った。
弁護士との電話の後は夫の写真を探した。どういう訳か私の学生時代のアルバム以外は残っていなかった。結婚式の写真さえもなく、夫が持ち去った気がした。
その時初めて、夫が記憶喪失の私を利用している気がした。街中で夫とすれ違っても今の私は気づけない。その状態を夫は幸いに思い、私に会いたがらないのではないだろうか。きっとその方が浮気相手と新しい家庭を築くには都合がいいのだ。夫にとって私は邪魔者なんだ。そう思ったら夫に酷く嫌われている気がして、心底落ち込んだ。
目が覚めた時は、信じられない話なのだが、記憶喪失になっていた。
私を担当してくれた恵比須様によく似た丸顔の脳神経外科医から話を聞いた時は信じられなかったが、私は夫、倉田涼介に関する記憶だけが抜け落ちていた。
姉に頼んで持って来てもらったスマホに夫の写真はなく、もしかしたら夫婦仲はそんなによくないのかもしれないと感じた。
正直、記憶のない夫と退院後、一緒に暮らすことに不安はあったが、その不安はいらないものだった。なぜなら、夫は自分の痕跡を全て消してマンションを出て行ったから。
私は入院中も身の回りの世話をしてくれた姉の律子と一緒に退院後は江戸川区のマンションに帰った。
異変に気づいたのは、寝室のウォークインクローゼットを見た時だった。半分スペースが空いているのが不自然だった。この違和感はなんだろうと考えていたら、メンズ物の服が一着も見当たらないことに気づいた。夫の服はどこにあるのだろうと思いながら、夫の部屋に入ると、部屋は空っぽだった。白い壁に家具が置かれていた形跡と、カーテンだけは残っていた。ただならぬ事態が起きている。そう直感し、姉に詰め寄った。
「ちょっと、これはどういうこと?」
「のんちゃん、落ち着いて」
そう言い、姉はリビングのソファに私を座らせた。
「お姉ちゃんは知っていたの?」
夫の荷物がなくなっていることに姉はあまり驚いていないようだった。
「あのね、のんちゃん、落ち着いて聞いて欲しいんだけど、実はのんちゃんと涼介くんは離婚協議中だったらしいの」
退院早々、こんなにショッキングな事実を聞くことになるとは思わなかった。
「のんちゃんの生活が落ち着いたら伝えようと思っていたんだけど」
姉は自分のバックから白い封筒を取り出し、こちらに渡した。中身は離婚届だった。夫の部分は記入済で、やや右上がりの字で【倉田涼介】と書かれた名前を見て、姉の言っていることは本当なんだと思った。
「離婚の原因は何? 性格の不一致とか?」
右隣に座る姉が答えづらそうに眉を寄せてから「涼介くんの浮気」だと口にした。
聞いた瞬間、記憶のない夫のことなのに、ショックで胸が押しつぶさそうになった。
「のんちゃん……」
心配そうな視線を向ける姉の顔は涙で歪んで見えた。混乱した私は泣きじゃくり、その夜は姉がマンションに泊まってくれた。多分、一人だったら耐え切れなかっただろう。
一晩泣いて、冷静になった私は、とにかく夫と話さなければと思った。しかし、私のスマホには夫の連絡先はなく、姉に聞いた番号に電話すると、使われていない番号だった。メッセージアプリのIDも消去されていて、夫と連絡を取る手段がなく、離婚届と一緒に入っていた弁護士の名刺に電話した。
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『倉田涼介様は一刻も早い離婚を望んでおられます』
電話越しにそう聞き、なんだか腹が立った。
「夫に会わせて下さい。でなければ離婚に応じられません」
こんな訳のわからない状態でとても離婚する気にはなれなかった。
マンションをやると言われても全く嬉しくない。倉田涼介はかなり身勝手な人なのだと思った。
弁護士との電話の後は夫の写真を探した。どういう訳か私の学生時代のアルバム以外は残っていなかった。結婚式の写真さえもなく、夫が持ち去った気がした。
その時初めて、夫が記憶喪失の私を利用している気がした。街中で夫とすれ違っても今の私は気づけない。その状態を夫は幸いに思い、私に会いたがらないのではないだろうか。きっとその方が浮気相手と新しい家庭を築くには都合がいいのだ。夫にとって私は邪魔者なんだ。そう思ったら夫に酷く嫌われている気がして、心底落ち込んだ。
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