神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―

コハラ

文字の大きさ
52 / 61
7話

告白<4>

しおりを挟む
 廊下の突き当りにドアがあり、ドアを開けるとキッチンスペースと、ベッドか置かれた六帖くらいの広さの部屋があった。

 家具は必要最低限のものしかなく、何だか寂しい印象だ。
 希美をベッドまで連れて行き、寝かせる。

「何もない部屋でしょ」

 ベッドに横になった希美が口にした。

「風邪薬もなくて」
「風邪薬、買って来ようか?」
「大丈夫です。隣の井上さんに買って来てもらいましたから」
「何かして欲しいことはある?」

 希美が手を伸ばす。

「側にいて欲しい」

 希美の体温の高い手をぎゅっと握った。

「わかった。側にいるよ。お腹はすいてる?」
「ちょっとだけ」
「今、リゾット用意するから」

 凪でテイクアウトしたリゾットを希美の前に置いた。

「うわぁ、いい匂い」

 希美が起き上がる。

「今、作ってもらったばかりだから」

 コンビニの袋からスポーツドリンクを取り出し、蓋を開けて、希美に渡す。希美がマスクを顎の下にずらし、スポーツドリンクを口にする。それから、備え付けのプラスチックのスプーンを持ち、「いただきます」と言ってから、リゾットを口に運んだ。

「美穂さんの優しい味がする! 私、美穂さんの料理が好きなんです」
「オーナーシェフの美穂さんだっけ?」
「はい。とってもいい人なんですよ。いつも相談に乗ってもらっています。私がここに来る切っ掛けをくれた人で」

 希美は美穂さんに誘われて、凪で働き始めた経緯を話してくれた。
 僕の知らなかった希美の物語を知り、落ち込んだ。まさか江戸川区のマンションを出たいと思うほど、希美を傷つけていたとは思わなかった。

「自分でも思い切ったことしたなって思って。でも、来て良かった」

 希美が僕を見る。美しい栗色の瞳に僕が映る。
 先日、希美とキスしたことを思い出し、胸が高鳴った。

「あーもう、お腹いっぱい」

 希美がおどけたように言った。そんな希美を抱きしめたくなるが、昂った気持ちを静める為、ベッドサイドの棚を見た。市販の風邪薬の瓶が目に入る。

「風邪薬飲む?」

 希美がコクリと頷き、「大人は三錠」と口にした。
 その言葉を聞いて、希美とのやり取りを思い出す。

 ――涼くん、大人は三錠ね。
 ――じゃあ、希美は二錠だな。子供だから。
 ――またそういう意地悪いう。
 ――風邪をひくと子どもに戻るじゃないか。僕が添い寝しないと安心できないんだろ?
 ――だってなんか心細くなるんだもん。

 僕に甘える希美が愛しかった。

「添い寝してくれますか?」

 風邪薬を飲むと、希美が言った。

「なんだか心細くて」

 変わらない希美に泣きそうになる。

「僕でいいの?」
「あなたがいいの」

 甘えるように希美が僕の腕を掴んだ。

「しょうがないな」

 そう言いながら、僕は希美と一緒にベッドに横になる。
 僕たちは向かい合う体勢になり、希美の顔は僕の胸の辺りにあった。

「心臓の音が安心する」

 僕の胸に顔を寄せたまま希美が言った。

「ちゃんと寝るんだよ」

 ぽんぽんと希美の頭を撫でると、「うん」って返事がした。

「こうしていると、昔に戻ったみたいだね。涼くん」

 涼くんと呼ばれてハッとする。

「希美……」

 起き上がろうとしたら、強い力で希美に抱きしめられる。

「涼くん、どこにもいかないで。涼くんの抱えている問題については聞かないから。今だけ私だけの涼くんでいて」

 涙交じりの声に胸が締め付けられる。

 希美は僕の正体に気づいていたんだ。
 野島崎灯台近くのベンチで『涼くん』と希美に呼ばれてから、もしかしてという気持ちはあった。

 でも、希美はいつから気づいていたんだろう……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

愛のかたち

凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。 ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は…… 情けない男の不器用な愛。

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

秋月の鬼

凪子
キャラ文芸
時は昔。吉野の国の寒村に生まれ育った少女・常盤(ときわ)は、主都・白鴎(はくおう)を目指して旅立つ。領主秋月家では、当主である京次郎が正室を娶るため、国中の娘から身分を問わず花嫁候補を募っていた。 安曇城へたどりついた常盤は、美貌の花魁・夕霧や、高貴な姫君・容花、おきゃんな町娘・春日、おしとやかな令嬢・清子らと出会う。 境遇も立場もさまざまな彼女らは候補者として大部屋に集められ、その日から当主の嫁選びと称する試練が始まった。 ところが、その試練は死者が出るほど苛酷なものだった……。 常盤は試練を乗り越え、領主の正妻の座を掴みとれるのか?

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

自信家CEOは花嫁を略奪する

朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」 そのはずだったのに、 そう言ったはずなのに―― 私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。 それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ? だったら、なぜ? お願いだからもうかまわないで―― 松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。 だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。 璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。 そしてその期間が来てしまった。 半年後、親が決めた相手と結婚する。 退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

君の声を、もう一度

たまごころ
恋愛
東京で働く高瀬悠真は、ある春の日、出張先の海辺の町でかつての恋人・宮川結衣と再会する。 だが結衣は、悠真のことを覚えていなかった。 五年前の事故で過去の記憶を失った彼女と、再び「初めまして」から始まる関係。 忘れられた恋を、もう一度育てていく――そんな男女の再生の物語。 静かでまっすぐな愛が胸を打つ、記憶と時間の恋愛ドラマ。

処理中です...