マンドラゴラの王様

ミドリ

文字の大きさ
10 / 48
第一章 観察日記

10 押入れに籠もりたい

しおりを挟む
『十月三十一日 晴れ 健康状態◯? 膝下まで出てくる。残りはあと三十センチほどか。一週間程度で全身が出きると予想される。葉の枚数が減ってきており、前ほどの張りがない様に見える。本人は何ともないとの回答だが、大丈夫だろうか。要観察』

 通販で頼んでおいた大きめサイズの浴衣を三枚、足のサイズが分からなくて男性用の下駄も購入したので、もういつでも出てきて大丈夫だ。

 だけど、本当にゴラくんはこの先歩くのか。それに、根っこから養分を吸収出来なくなったら、どうやって栄養を取り込むのか。人間と同じ姿形といえど、れっきとしたマンドラゴラだ。どの文献を見ても歩き始めたマンドラゴラの食事については記載がないので、経口摂取の場合は試行錯誤を繰り返していくしかないだろう。

 でも、正直不安だった。万が一食べてはいけない物を口にして病気になってしまった場合、一体何の医者に見せればいいのか。

「ゴラくん、私のおうちにゴラくんの新しい服が届いたよ」

 新たに出てきて土まみれになっている部分を拭き取りながら、太陽を背負うゴラくんを見上げる。ゴラくんの身長は一五五センチ程度。私とほぼ変わらない身長にまで伸びた。よくぞここまで平穏無事にすくすくと育ってくれたものだ、と涙が出そうになる。

 今からこんなでは、ゴラくんが歩き出したら号泣するんじゃないか。そんな私を驚いた顔で見るのかなあと思うと、今から照れくさい。

 いつもこんなど田舎に荷物を届けてくれる宅配便のお兄さんが、送り元の呉服屋の名前を見て「どなたか来られるんですか? この辺り、祭りありましたっけ」と興味深げに尋ねてきたのは、ここがあまりにも田舎過ぎるからだろう。夏祭りしようにも、人がいない。でも、町に出れば祭りはある。だから町の祭り用だと答えればよかったけど、顔見知りとはいえ、大して親しくない異性なことに代わりはない。

 緊張してうまい返しが思いつかず、「いや、これは自前用で」と愛想笑いを浮かべると、名札に『名雲』とあるお兄さんは微妙な笑みを返してきた。会話を続けにくい奴だと思ったのだろう、とその時は思った。

 お兄さんが去った後にもう一度配送伝票を見ると、品名に『男性用浴衣、男性用下駄』とある。あの微妙な表情は、これが原因だったらしい。

 こんなど田舎に一人で暮らす枯れた女が、男性用の浴衣を買う必要などあるのかと思われたのか。化粧気もなく色気もない女に、男性用の浴衣の需要がある筈がない。その為のあの微妙な表情だったと察すると、途端に真っ暗な押し入れに閉じこもって泣きたくなってしまった。

 だけど、考えてみれば周りには誰もいない。押し入れに入ることは止め、そのままそこで暫し思考停止することで、辛うじて劣等感に染まりそうなその場を乗り切った。

 そんなちょっぴり恥ずかしい、出来れば思い出したくないエピソードがあるゴラくんの浴衣だけど、浴衣に罪はない。ゴラくんを見ていると自然に溢れてくる笑みのお陰で、ゴラくんも目が合うと笑顔を見せてくれる。それを見てまた私も笑顔になると、あれだって私の思い過ごしかもしれないと思えてくるから不思議だ。

「ゴラくん。もし歩ける様になったら、うちの子になるんだよ。私がちゃんとゴラくんが独り立ち出来る様になるまでしっかり面倒を見るから、心配しなくていいからね」

 ゴラくんにそう話しかけた。彼は理解しているのかいないのか、頷きとも傾げとも取れる微妙な角度に首を曲げる。

「まあ、それはその時に話そうか」

 ゴラくんにとって、外は未知の世界だ。幸いここにはゴラくんに余計な興味を示す他の人間はいないから、彼にはゆっくり少しずつ外の世界のことを伝えていけばいい。

「あ、そろそろお昼の時間だ」

 気が付けば、太陽は真上を通り過ぎている。ゴラくんと過ごしていると、半日があっという間に過ぎていくのだ。

 私の言葉を聞くと、途端にゴラくんは悲しそうな顔になる。形のいい眉毛が八の字になり、笑顔が消えるのだ。

「ゴラくんが寝泊まり出来る場所も作らないとだから。ね?」

 シュンとしてしまったゴラくんの頬を撫でながら伝えると、小さく笑って頷いてくれた。家に来るなら、彼の部屋を用意せねばならない。幸い部屋は狭いながらも余っているけど、換気をしたりずっと押入れにしまっていた布団を干したりと、なかなかにやることが多いのだ。

 もっと早い段階からやっておけばよかったけど、直前になって気付くのが如何にも私らしい。

「ゴラくんが使う歯ブラシや下着も、今日買ってくるから」

 歯ブラシも下着も、きっとマンドラゴラには何のことやらだろうけど、ゴラくんは私の言葉に素直に頷いてくれた。

「……じゃあ、また明日」

 離れ難いのは、ゴラくんの表情が寂しそうだからか、それとも私が寂しいと思っているからか。だけど、いつまでもこうしている訳にもいかない。やることは山積みだ。ゴラくんのすべすべの頬から手を離すと、そのまま手を振った。

「また明日――うわっ!」

 私の腕を掴んだゴラくんが、私を引き寄せ肩を抱く。身長は同じ程度なので、ゴラくんの頬に私の頬が触れた。

「ゴラくん? 寂しくなったの?」

 この場から動けないゴラくんは、私が来ない限りずっとここに一人だ。追いかけたいと思っても追いかけられない。それはどれほど辛いことか。

 ゴラくんの腕の力は、緩まない。

 どうしよう。どうしたら安心して離してくれるんだろう。こういった経験は皆無だったけど、幸いにしてこれまで読書で培ってきた物語の登場人物の擬似体験がある。安心させたい場合は、ハグだ。よく言うじゃないか。

 ゴラくんの背中に、恐る恐る腕を回す。すると、ゴラくんがピク、と身体を反応させた。ぎゅ、と思い切ってしがみつき背中をトントンと叩くと、ゴラくんの全身が安堵した様に弛緩するのが肌越しに伝わる。やはりハグは有効だった様だ。

 段々と冬に近付く北風の中、私達は長い間、そうして互いを慰める様に抱き締め合っていた。
しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

処理中です...