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第一章 観察日記
11 心臓の音が聞こえる
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『十一月一日 晴れ 健康状態△ ふくらはぎ半ばまで出る。葉がどんどん枯れ落ち、艶がなくなってきた。ゴラくんに問診すると、本人に不調の認識はない模様。人間の身体の方の肌艶に問題はないが、やや心配』
ゴラくんの頭頂から生えている、放射線状に開いたてかりのある緑の葉の元気がない。どうしてもそれが気になり、落ち着かなかった。
「本当に……大丈夫だよね?」
今日だけで何回目になるか分からない同じ質問をする。ゴラくんはとうに聞き飽きただろうけど、それでも嫌な顔一つせず笑顔で頷き返してくれた。本人が大丈夫だと言うなら大丈夫だろうけど、ゴラくんは肺呼吸ではなく光合成を行なって成長している植物であることに違いはない。
葉は、光合成を行なう上で非常に大事な部分だ。それが枯れ落ちてしまうということは、光合成を行なう必要性が薄れてきたということか。
季節は冬に近付き、私は早くも登山用のフリースを羽織っている。一箇所にじっとしていると、いくら日が当たっていてももう寒いのだ。秋野家所有のこの山も枯れ葉だらけになっているので、ゴラくんの葉も季節的なものだろうとも取れる。だけど、ゴラくんはあと少しで完全に足まで人間の姿になる段階にある。
あと僅かという大切な時期に栄養が足りなくなったらどうなってしまうのか、と一人不安に駆られていた。
「ゴラくん、寒くない? 大丈夫?」
これまた毎日同じことを尋ねてしまっている。ゴラくんはにっこりと笑いながら頷くと、私の肩を掴んで引き寄せた。
「おっ」
私の身長を超えたゴラくんの肩に、私の顎が当たる。表面の浴衣はひんやりと冷たいけど、その下にある彼の体温が伝わってきた。温かい。ゴラくんは私をぎゅっと抱き締めると、背中をトントンとリズミカルに叩き出す。――これはきっと、私の真似をしているのだ。私が昨日、寂しそうなゴラくんにしたから、それで同じことを私にしているのだろう。
つまり、私はそれだけ不安そうな表情をしていたということだ。
愕然とした。何てことだ。育ての親である私が、まだ歩くことすら出来ないゴラくんを心配させてしまっている。庇護者としてあるまじき失態だ。
「ゴッゴラくん! もう大丈夫! ありがとう!」
ぬくもりが居心地よくて思わず脱力していたけど、ほっとしている場合じゃない。ゴラくんを安心させてあげるのは私の役目だから、これでは立場が逆だ。
顔を勢いよく上げると、ゴラくんと目が合う。紫眼は相変わらず吸い込まれそうなほどに美しくて、綺麗だなあと見つめている内に数秒が経過していた。私は抱き締められたたままだ。いけない、しっかりしなければ。
「ゴラくん、私は元気だよ!」
訳の分からない発言になったけど、それを聞いて安心した様だ。ようやく私を解放する。だけど、私はとある疑問を覚えた。
「――ん?」
考えてみれば当然だ。ゴラくんは人間とほぼ同じ姿形をして動いているのだから。
「ちょっとごめんね!」
ゴラくんに断ると、彼の固い胸板の中心に耳を当てる。――やはり聞こえるのは、聞いていると落ち着く鼓動だ。
「心臓がある……」
そう、この背中トントンという技は、よく母親が赤子や幼児にやる動作のひとつだ。由来は、母親の胎内にいる間休みなく聞いていた心臓の音と似ており安心するから、と聞いたことがある。だけど、ゴラくんは母親の胎内で育っている訳じゃない。だから、考えてみればトントンも本来は意味不明のものな筈だ。
それなのに私にそれをしてきたということは、ゴラくんが昨日私がトントンすることで落ち着いたということにならないか。即ちそれは、ゴラくんが心臓の存在を知っていることに繋がるのでは。
突発的にそう思いつき、確認したのだ。そして案の定、聞こえてきたのは、明らかに心臓が脈打つ音。
顔を上げる。私の奇行に若干恐れをなしたのか、やや引き攣った笑顔のゴラくんが私を見下ろしている。
「……どういうこと?」
マンドラゴラなのに心臓がある。光合成をしているのに心臓が脈を打っている。
自分の身体を制御出来ずに首が横に傾げると、ゴラくんも私を真似して同じ方向に首を傾げ、目を細めながら笑いかけてきた。
ゴラくんの頭頂から生えている、放射線状に開いたてかりのある緑の葉の元気がない。どうしてもそれが気になり、落ち着かなかった。
「本当に……大丈夫だよね?」
今日だけで何回目になるか分からない同じ質問をする。ゴラくんはとうに聞き飽きただろうけど、それでも嫌な顔一つせず笑顔で頷き返してくれた。本人が大丈夫だと言うなら大丈夫だろうけど、ゴラくんは肺呼吸ではなく光合成を行なって成長している植物であることに違いはない。
葉は、光合成を行なう上で非常に大事な部分だ。それが枯れ落ちてしまうということは、光合成を行なう必要性が薄れてきたということか。
季節は冬に近付き、私は早くも登山用のフリースを羽織っている。一箇所にじっとしていると、いくら日が当たっていてももう寒いのだ。秋野家所有のこの山も枯れ葉だらけになっているので、ゴラくんの葉も季節的なものだろうとも取れる。だけど、ゴラくんはあと少しで完全に足まで人間の姿になる段階にある。
あと僅かという大切な時期に栄養が足りなくなったらどうなってしまうのか、と一人不安に駆られていた。
「ゴラくん、寒くない? 大丈夫?」
これまた毎日同じことを尋ねてしまっている。ゴラくんはにっこりと笑いながら頷くと、私の肩を掴んで引き寄せた。
「おっ」
私の身長を超えたゴラくんの肩に、私の顎が当たる。表面の浴衣はひんやりと冷たいけど、その下にある彼の体温が伝わってきた。温かい。ゴラくんは私をぎゅっと抱き締めると、背中をトントンとリズミカルに叩き出す。――これはきっと、私の真似をしているのだ。私が昨日、寂しそうなゴラくんにしたから、それで同じことを私にしているのだろう。
つまり、私はそれだけ不安そうな表情をしていたということだ。
愕然とした。何てことだ。育ての親である私が、まだ歩くことすら出来ないゴラくんを心配させてしまっている。庇護者としてあるまじき失態だ。
「ゴッゴラくん! もう大丈夫! ありがとう!」
ぬくもりが居心地よくて思わず脱力していたけど、ほっとしている場合じゃない。ゴラくんを安心させてあげるのは私の役目だから、これでは立場が逆だ。
顔を勢いよく上げると、ゴラくんと目が合う。紫眼は相変わらず吸い込まれそうなほどに美しくて、綺麗だなあと見つめている内に数秒が経過していた。私は抱き締められたたままだ。いけない、しっかりしなければ。
「ゴラくん、私は元気だよ!」
訳の分からない発言になったけど、それを聞いて安心した様だ。ようやく私を解放する。だけど、私はとある疑問を覚えた。
「――ん?」
考えてみれば当然だ。ゴラくんは人間とほぼ同じ姿形をして動いているのだから。
「ちょっとごめんね!」
ゴラくんに断ると、彼の固い胸板の中心に耳を当てる。――やはり聞こえるのは、聞いていると落ち着く鼓動だ。
「心臓がある……」
そう、この背中トントンという技は、よく母親が赤子や幼児にやる動作のひとつだ。由来は、母親の胎内にいる間休みなく聞いていた心臓の音と似ており安心するから、と聞いたことがある。だけど、ゴラくんは母親の胎内で育っている訳じゃない。だから、考えてみればトントンも本来は意味不明のものな筈だ。
それなのに私にそれをしてきたということは、ゴラくんが昨日私がトントンすることで落ち着いたということにならないか。即ちそれは、ゴラくんが心臓の存在を知っていることに繋がるのでは。
突発的にそう思いつき、確認したのだ。そして案の定、聞こえてきたのは、明らかに心臓が脈打つ音。
顔を上げる。私の奇行に若干恐れをなしたのか、やや引き攣った笑顔のゴラくんが私を見下ろしている。
「……どういうこと?」
マンドラゴラなのに心臓がある。光合成をしているのに心臓が脈を打っている。
自分の身体を制御出来ずに首が横に傾げると、ゴラくんも私を真似して同じ方向に首を傾げ、目を細めながら笑いかけてきた。
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