1 / 40
第一章 遊姫の後宮入り
第一話
しおりを挟む
「後宮に入ってくれないか」
多少嫁ぎ遅れているものの、何不自由なく生家で平穏に暮らしていたある日、宰相である父にそう言われた。
まだ幼い弟と遊んでいる時に、向こうで少し話そうと父の私室まで連れてこられた時点で嫌な予感はしていたが……予想以上の最悪さだ。
「どうされたのですか、父上」
とりあえず詳細を尋ねてみると、私室の机にどっかりと座ってため息をつく父は、虚空を眺めながら話し始めた。
「――皇帝から、上級妃たちを排除したいと相談を受けた」
「まぁ、それはそれは……」
お気持ちお察ししますわという意味を含めて、憐れむように口元を袖で隠しながらそう言うと、父はさらに深いため息をついていた。
この国――煌国の皇帝陛下は大変な女好きで、政治そっちのけで後宮にたくさんの側妃を囲って入り浸っていると、父から聞いていた。
政治に関しては皇帝陛下の弟君――皇弟陛下と父を中心に、優秀な役人だけで回しているらしい。
皇帝はそんなことなど無関心に、女官・芸者・遊女・下民・貴族問わず、少しでも気に入った女性をどんどん側妃として後宮に迎えていると。
けれど一人の女性を決めることはなく、この国に正妃はいなかった。
そのことを家臣たちに遠回しに咎められると、皇帝は側妃の中から数人のお気に入りを選んで『上級妃』という位を与え、これで満足かとふんぞり返っていたらしい。
その時にも父は頭を抱えて、私に相談という名の愚痴をこぼしていたっけ。
私に友人はいないし、家から出ることもない……口外する可能性がないということで、父は私に国の情勢・内政・皇帝について度々話してきた。
何よりも話を聞いた私がこうしてはどうか、と父の頭の中になかったことを助言するのが、父にとってはありがたかったらしい。
引きこもりの私にとっては一つの娯楽のような感覚で、話を聞いて意見を言っただけなのだが……。
そんな意見を言って優秀さを買われたが故に、今回の後宮入りという最低な話が舞い込んだのであれば、意見など言わなければ良かったと今更ながら後悔した。
「宰相であるわしは、後宮にそこまで深く干渉できん。特に上級妃という立場を与えられている彼女たちの立場は、もはやわしより上と言っても過言ではない」
上級妃となった彼女たちの傍若無人っぷりは父からよく聞いていたので、後宮から出られない側妃が宰相を困らせるほど、厄介な存在になっていることは容易に想像がついた。
「御自ら彼女たちを後宮から出してはいかがとも進言したのだが、あの御方は『花の散り際も楽しみたい』とご所望だ」
要するにただ追い出すだけではつまらない、彼女たちを後宮から追い出す面白い手立てを考えろということらしい。
「人の上に立つ者の発言とは思えませんね」
眉をひそめながら皮肉を込めてそう言うと、父はまったくだ……と項垂れていた。
けれどその後、ゆっくりと顔を上げて口元を隠すように手を組み合わせていた父の瞳は、ギラリと輝いているように感じた。
「ただこれは好機でもある。上級妃という立場を与えられている側妃たちを排除できる……国を正常化させる一歩になると、皇弟陛下と意見が一致した」
そう言って私を見る父の瞳は、だからお前に後宮に入ってもらいたいと声に出さずとも訴えかけていた。
私は袖口で口元を隠しながら少しの間、思案する。
重要な話をする時や悩んでいる時に口元を隠すのは父譲りの癖だ……国の正常化はどうでも良いが、これは私の人生を変える一歩になる。
後宮に入るとなれば、今までの穏やかな生活から一変する。
さらに皇帝の要求も叶え、父の要望も叶えるとなると、どうしても慎重に考えなければならない。
「――いくつか条件がございます」
いくらか思案した後にそう言うと、父は一瞬眉をひそめたがすぐに真顔になり、何だと問うてきた。
「まず父上は、後宮入りした私が何か要求した時には迅速にそれを用意すること」
これは敵だらけの後宮内で迅速に邪魔者を排除するために必要なことだ。
父も最初からそのつもりだったのだろう、特に文句を言うことなく頷いていた。
「陛下には、私が死ぬまで後宮から追い出さないこと、後宮にこれ以上女性をいれないこと、私のやることに決して文句を言わないこと――」
次に私は、陛下に対する条件を提示した。
これは邪魔者を排除する時だけではなく、その後のことも考えた上での条件……この仕事を受けるに当たっての必須条件だ。
簡単に言ってしまえば、仕事を終えた私に後宮を寄越せ……後宮を私の終の棲家にするから、文句も干渉も一切するなという内容。
「この条件を陛下が了承されるのであれば、私が後宮から邪魔者を排除いたします」
全ての条件を告げ私がそう言うと、今度は父が思案し始めた。
いくらか思案した後、父は分かったと言って、その日はお開きになった。
――それから数日後、また父から呼び出されて私の後宮入りが決まった。
多少嫁ぎ遅れているものの、何不自由なく生家で平穏に暮らしていたある日、宰相である父にそう言われた。
まだ幼い弟と遊んでいる時に、向こうで少し話そうと父の私室まで連れてこられた時点で嫌な予感はしていたが……予想以上の最悪さだ。
「どうされたのですか、父上」
とりあえず詳細を尋ねてみると、私室の机にどっかりと座ってため息をつく父は、虚空を眺めながら話し始めた。
「――皇帝から、上級妃たちを排除したいと相談を受けた」
「まぁ、それはそれは……」
お気持ちお察ししますわという意味を含めて、憐れむように口元を袖で隠しながらそう言うと、父はさらに深いため息をついていた。
この国――煌国の皇帝陛下は大変な女好きで、政治そっちのけで後宮にたくさんの側妃を囲って入り浸っていると、父から聞いていた。
政治に関しては皇帝陛下の弟君――皇弟陛下と父を中心に、優秀な役人だけで回しているらしい。
皇帝はそんなことなど無関心に、女官・芸者・遊女・下民・貴族問わず、少しでも気に入った女性をどんどん側妃として後宮に迎えていると。
けれど一人の女性を決めることはなく、この国に正妃はいなかった。
そのことを家臣たちに遠回しに咎められると、皇帝は側妃の中から数人のお気に入りを選んで『上級妃』という位を与え、これで満足かとふんぞり返っていたらしい。
その時にも父は頭を抱えて、私に相談という名の愚痴をこぼしていたっけ。
私に友人はいないし、家から出ることもない……口外する可能性がないということで、父は私に国の情勢・内政・皇帝について度々話してきた。
何よりも話を聞いた私がこうしてはどうか、と父の頭の中になかったことを助言するのが、父にとってはありがたかったらしい。
引きこもりの私にとっては一つの娯楽のような感覚で、話を聞いて意見を言っただけなのだが……。
そんな意見を言って優秀さを買われたが故に、今回の後宮入りという最低な話が舞い込んだのであれば、意見など言わなければ良かったと今更ながら後悔した。
「宰相であるわしは、後宮にそこまで深く干渉できん。特に上級妃という立場を与えられている彼女たちの立場は、もはやわしより上と言っても過言ではない」
上級妃となった彼女たちの傍若無人っぷりは父からよく聞いていたので、後宮から出られない側妃が宰相を困らせるほど、厄介な存在になっていることは容易に想像がついた。
「御自ら彼女たちを後宮から出してはいかがとも進言したのだが、あの御方は『花の散り際も楽しみたい』とご所望だ」
要するにただ追い出すだけではつまらない、彼女たちを後宮から追い出す面白い手立てを考えろということらしい。
「人の上に立つ者の発言とは思えませんね」
眉をひそめながら皮肉を込めてそう言うと、父はまったくだ……と項垂れていた。
けれどその後、ゆっくりと顔を上げて口元を隠すように手を組み合わせていた父の瞳は、ギラリと輝いているように感じた。
「ただこれは好機でもある。上級妃という立場を与えられている側妃たちを排除できる……国を正常化させる一歩になると、皇弟陛下と意見が一致した」
そう言って私を見る父の瞳は、だからお前に後宮に入ってもらいたいと声に出さずとも訴えかけていた。
私は袖口で口元を隠しながら少しの間、思案する。
重要な話をする時や悩んでいる時に口元を隠すのは父譲りの癖だ……国の正常化はどうでも良いが、これは私の人生を変える一歩になる。
後宮に入るとなれば、今までの穏やかな生活から一変する。
さらに皇帝の要求も叶え、父の要望も叶えるとなると、どうしても慎重に考えなければならない。
「――いくつか条件がございます」
いくらか思案した後にそう言うと、父は一瞬眉をひそめたがすぐに真顔になり、何だと問うてきた。
「まず父上は、後宮入りした私が何か要求した時には迅速にそれを用意すること」
これは敵だらけの後宮内で迅速に邪魔者を排除するために必要なことだ。
父も最初からそのつもりだったのだろう、特に文句を言うことなく頷いていた。
「陛下には、私が死ぬまで後宮から追い出さないこと、後宮にこれ以上女性をいれないこと、私のやることに決して文句を言わないこと――」
次に私は、陛下に対する条件を提示した。
これは邪魔者を排除する時だけではなく、その後のことも考えた上での条件……この仕事を受けるに当たっての必須条件だ。
簡単に言ってしまえば、仕事を終えた私に後宮を寄越せ……後宮を私の終の棲家にするから、文句も干渉も一切するなという内容。
「この条件を陛下が了承されるのであれば、私が後宮から邪魔者を排除いたします」
全ての条件を告げ私がそう言うと、今度は父が思案し始めた。
いくらか思案した後、父は分かったと言って、その日はお開きになった。
――それから数日後、また父から呼び出されて私の後宮入りが決まった。
14
あなたにおすすめの小説
王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~
由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。
両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。
そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。
王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。
――彼が愛する女性を連れてくるまでは。
成人したのであなたから卒業させていただきます。
ぽんぽこ狸
恋愛
フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。
すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。
メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。
しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。
それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。
そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。
変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。
婚約者が妹と結婚したいと言ってきたので、私は身を引こうと決めました
日下奈緒
恋愛
アーリンは皇太子・クリフと婚約をし幸せな生活をしていた。
だがある日、クリフが妹のセシリーと結婚したいと言ってきた。
もしかして、婚約破棄⁉
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~
なか
恋愛
私は本日、貴方と離婚します。
愛するのは、終わりだ。
◇◇◇
アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。
初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。
しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。
それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。
この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。
レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。
全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。
彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……
この物語は、彼女の決意から三年が経ち。
離婚する日から始まっていく
戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。
◇◇◇
設定は甘めです。
読んでくださると嬉しいです。
【完結】今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~
コトミ
恋愛
結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。
そしてその飛び出した先で出会った人とは?
(できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)
姉から奪うことしかできない妹は、ザマァされました
饕餮
ファンタジー
わたくしは、オフィリア。ジョンパルト伯爵家の長女です。
わたくしには双子の妹がいるのですが、使用人を含めた全員が妹を溺愛するあまり、我儘に育ちました。
しかもわたくしと色違いのものを両親から与えられているにもかかわらず、なぜかわたくしのものを欲しがるのです。
末っ子故に甘やかされ、泣いて喚いて駄々をこね、暴れるという貴族女性としてはあるまじき行為をずっとしてきたからなのか、手に入らないものはないと考えているようです。
そんなあざといどころかあさましい性根を持つ妹ですから、いつの間にか両親も兄も、使用人たちですらも絆されてしまい、たとえ嘘であったとしても妹の言葉を鵜呑みにするようになってしまいました。
それから数年が経ち、学園に入学できる年齢になりました。が、そこで兄と妹は――
n番煎じのよくある妹が姉からものを奪うことしかしない系の話です。
全15話。
※カクヨムでも公開しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる