雇われ側妃は邪魔者のいなくなった後宮で高らかに笑う

ちゃっぷ

文字の大きさ
2 / 40
第一章 遊姫の後宮入り

第二話

しおりを挟む
 それから話はすんなりと進み、後宮に入る日がすぐにやってきた。

 私が後宮に持っていくのは、屋敷で過ごしていた頃から私の身の回りの世話を任せていた従者と、家具や衣服など普段から使っていた身の回りの物だけ。

 後宮内にも専属の女官や宦官、備え付けの家具はあるらしいが、敵地の人間や物は信用ならない……安心できる物だけを自分の周りに置くことにした。

 幸いにも私の従者は女性だけだったので、問題なく後宮にもつれていけた。

 数人の従者を伴って牛車で王宮にやってくると大きな門がすぐに開いて、このまま皇帝のいる玉座の間まで行くのかと思っていた。

 しかし王宮内の人間と話した従者が牛車の外から、このまま後宮まで来てほしいとのことですと言ってきた。

 どうやら新しい側妃を迎える日にすら、皇帝陛下は後宮に入り浸っていらっしゃるらしい。

「分かりました」

 静かにそう告げ、牛車は真っ直ぐに後宮へと向かった。

 王宮とは別に門が用意されている後宮の入り口まで着く……後宮はもはや、王都とは別のもう一つの街のようになっている。

 後宮内には帝の宮、上級妃それぞれの宮、下級妃たちの大きな宮があるが……皇帝がどんどん女性を後宮に入れるため、何度も増築を繰り返しているらしい。

 すだれの隙間からそんな後宮をぼんやりと眺めながら、まずは皇帝に謁見しなくてはなとこれからのことを考えていた。

 後宮内をしばらく進むと牛車が止まり、従者の一人が到着しましたと声を掛けてきたので外に出た。

 目の前には、皇帝がいる宮。

 従者たちに先に私の宮に行って部屋を整えておくように指示してから、私は皇帝の宮へと入っていく。

 皇帝の宮に入ると、奥に数段の階段がある開けた部屋に通された。

 階段の上には豪華な椅子に座る男性がいた。

 私はお顔を見ないようにしながら階段の下まで歩いていき、両手を地面と並行に合わせながら膝をついて頭を垂れる。

「この度は後宮へのお招き、誠にありがとうございます。私は――」

「お主が、あの宰相の娘か」

 名前を告げようとする私の言葉を遮るように、その御方が話し出す。

「はい。さようでございます」

 お前の名前になぞ興味ないってことか……自分勝手な男だなと思いながらも、高貴な御方に失礼のないように受け答えをする。

「面を上げよ」

 さっき質問したことの答えなどどうでも良いように、そう言われた。

 苛つきながらもはいと答え、心の内側を悟られぬように……何も知らぬ乙女のような微笑みを浮かべ、その御方のお顔を見つめる。

 ……これが女たらしで、上級妃を面白く排除しろと無茶なことばかり言う皇帝陛下か。

 黒々とした髪と髭、彫り深い顔立ち、たくましさを感じる肉体……黙っていれば皇帝としての威厳、男性としての魅力を感じさせる女人受けしそうな御方だ。

「ほう……」

 顔を上げた私の顔から胸、下半身、足元まで舐め回すようにいやらしい目つきで見つめてくるその御方は、それだけで持って生まれた魅力の全てを台無しにしていた。

 しかしその目線のおかげで、確かにこの御方が皇帝陛下だなという確信を得られた。

「宰相から話は聞いておる。余を楽しませてみせよ」

 一通り観察して満足したのか、どっかりと椅子に座り直した皇帝は、髭を触ってニヤニヤと笑いながらそう言う。

「上手くやれば、そちを正妃に迎えても良い」

 正妃という重要な立場をこんなにも軽く与えようとするなんて……父から話には聞いていたが、皇帝という男はなかなかに脳みそが足りない男のようだ。

 正直、皇帝に対してすでに侮蔑と哀れみの心しかなかったが、全てを飲み込んで私は微笑む。

「かしこまりました」

 私の返事に満足したのか、それともこれからのを想像して興奮しているのかは分からないが、皇帝はムフーと鼻息を荒くしている。

「余は上級妃には名を与えておる。そちは余を楽しませる女という意味を込めて『遊姫ヨウチェン』という名前を与えよう」

 椅子の肘掛けに身を預けながら、こちらを指さして皇帝はそう言った。

 自分の女に自分が考えた名前を与えるのは、男性としての独占欲や支配欲から来るものだろうか。

 勝手に私に名前を付けた皇帝は嬉しかろうと言わんばかりに、ニヤニヤとこちらを見ている。

 なんと安直で短絡的な名前だろう。

「恐悦至極にございます。これから遊姫を末永く、可愛がってくださいませ」

 私は全ての不満と、これから起こるであろう苦痛まで飲み込んで、そう言って微笑んでみせた。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

王妃は涙を流さない〜ただあなたを守りたかっただけでした〜

矢野りと
恋愛
理不尽な理由を掲げて大国に攻め入った母国は、数カ月後には敗戦国となった。 王政を廃するか、それとも王妃を人質として差し出すかと大国は選択を迫ってくる。 『…本当にすまない、ジュンリヤ』 『謝らないで、覚悟はできています』 敗戦後、王位を継いだばかりの夫には私を守るだけの力はなかった。 ――たった三年間の別れ…。 三年後に帰国した私を待っていたのは国王である夫の変わらない眼差し。……とその隣で微笑む側妃だった。 『王妃様、シャンナアンナと申します』 もう私の居場所はなくなっていた…。 ※設定はゆるいです。

婚約者が妹と結婚したいと言ってきたので、私は身を引こうと決めました

日下奈緒
恋愛
アーリンは皇太子・クリフと婚約をし幸せな生活をしていた。 だがある日、クリフが妹のセシリーと結婚したいと言ってきた。 もしかして、婚約破棄⁉

【完結】瑠璃色の薬草師

シマセイ
恋愛
瑠璃色の瞳を持つ公爵夫人アリアドネは、信じていた夫と親友の裏切りによって全てを奪われ、雨の夜に屋敷を追放される。 絶望の淵で彼女が見出したのは、忘れかけていた薬草への深い知識と、薬師としての秘めたる才能だった。 持ち前の気丈さと聡明さで困難を乗り越え、新たな街で薬草師として人々の信頼を得ていくアリアドネ。 しかし、胸に刻まれた裏切りの傷と復讐の誓いは消えない。 これは、偽りの愛に裁きを下し、真実の幸福と自らの手で築き上げる未来を掴むため、一人の女性が力強く再生していく物語。

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

地味な私を捨てた元婚約者にざまぁ返し!私の才能に惚れたハイスペ社長にスカウトされ溺愛されてます

久遠翠
恋愛
「君は、可愛げがない。いつも数字しか見ていないじゃないか」 大手商社に勤める地味なOL・相沢美月は、エリートの婚約者・高遠彰から突然婚約破棄を告げられる。 彼の心変わりと社内での孤立に傷つき、退職を選んだ美月。 しかし、彼らは知らなかった。彼女には、IT業界で“K”という名で知られる伝説的なデータアナリストという、もう一つの顔があったことを。 失意の中、足を運んだ交流会で美月が出会ったのは、急成長中のIT企業「ホライゾン・テクノロジーズ」の若き社長・一条蓮。 彼女が何気なく口にした市場分析の鋭さに衝撃を受けた蓮は、すぐさま彼女を破格の条件でスカウトする。 「君のその目で、俺と未来を見てほしい」──。 蓮の情熱に心を動かされ、新たな一歩を踏み出した美月は、その才能を遺憾なく発揮していく。 地味なOLから、誰もが注目するキャリアウーマンへ。 そして、仕事のパートナーである蓮の、真っ直ぐで誠実な愛情に、凍てついていた心は次第に溶かされていく。 これは、才能というガラスの靴を見出された、一人の女性のシンデレラストーリー。 数字の奥に隠された真実を見抜く彼女が、本当の愛と幸せを掴むまでの、最高にドラマチックな逆転ラブストーリー。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

処理中です...