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第一章 遊姫の後宮入り
第一話
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「後宮に入ってくれないか」
多少嫁ぎ遅れているものの、何不自由なく生家で平穏に暮らしていたある日、宰相である父にそう言われた。
まだ幼い弟と遊んでいる時に、向こうで少し話そうと父の私室まで連れてこられた時点で嫌な予感はしていたが……予想以上の最悪さだ。
「どうされたのですか、父上」
とりあえず詳細を尋ねてみると、私室の机にどっかりと座ってため息をつく父は、虚空を眺めながら話し始めた。
「――皇帝から、上級妃たちを排除したいと相談を受けた」
「まぁ、それはそれは……」
お気持ちお察ししますわという意味を含めて、憐れむように口元を袖で隠しながらそう言うと、父はさらに深いため息をついていた。
この国――煌国の皇帝陛下は大変な女好きで、政治そっちのけで後宮にたくさんの側妃を囲って入り浸っていると、父から聞いていた。
政治に関しては皇帝陛下の弟君――皇弟陛下と父を中心に、優秀な役人だけで回しているらしい。
皇帝はそんなことなど無関心に、女官・芸者・遊女・下民・貴族問わず、少しでも気に入った女性をどんどん側妃として後宮に迎えていると。
けれど一人の女性を決めることはなく、この国に正妃はいなかった。
そのことを家臣たちに遠回しに咎められると、皇帝は側妃の中から数人のお気に入りを選んで『上級妃』という位を与え、これで満足かとふんぞり返っていたらしい。
その時にも父は頭を抱えて、私に相談という名の愚痴をこぼしていたっけ。
私に友人はいないし、家から出ることもない……口外する可能性がないということで、父は私に国の情勢・内政・皇帝について度々話してきた。
何よりも話を聞いた私がこうしてはどうか、と父の頭の中になかったことを助言するのが、父にとってはありがたかったらしい。
引きこもりの私にとっては一つの娯楽のような感覚で、話を聞いて意見を言っただけなのだが……。
そんな意見を言って優秀さを買われたが故に、今回の後宮入りという最低な話が舞い込んだのであれば、意見など言わなければ良かったと今更ながら後悔した。
「宰相であるわしは、後宮にそこまで深く干渉できん。特に上級妃という立場を与えられている彼女たちの立場は、もはやわしより上と言っても過言ではない」
上級妃となった彼女たちの傍若無人っぷりは父からよく聞いていたので、後宮から出られない側妃が宰相を困らせるほど、厄介な存在になっていることは容易に想像がついた。
「御自ら彼女たちを後宮から出してはいかがとも進言したのだが、あの御方は『花の散り際も楽しみたい』とご所望だ」
要するにただ追い出すだけではつまらない、彼女たちを後宮から追い出す面白い手立てを考えろということらしい。
「人の上に立つ者の発言とは思えませんね」
眉をひそめながら皮肉を込めてそう言うと、父はまったくだ……と項垂れていた。
けれどその後、ゆっくりと顔を上げて口元を隠すように手を組み合わせていた父の瞳は、ギラリと輝いているように感じた。
「ただこれは好機でもある。上級妃という立場を与えられている側妃たちを排除できる……国を正常化させる一歩になると、皇弟陛下と意見が一致した」
そう言って私を見る父の瞳は、だからお前に後宮に入ってもらいたいと声に出さずとも訴えかけていた。
私は袖口で口元を隠しながら少しの間、思案する。
重要な話をする時や悩んでいる時に口元を隠すのは父譲りの癖だ……国の正常化はどうでも良いが、これは私の人生を変える一歩になる。
後宮に入るとなれば、今までの穏やかな生活から一変する。
さらに皇帝の要求も叶え、父の要望も叶えるとなると、どうしても慎重に考えなければならない。
「――いくつか条件がございます」
いくらか思案した後にそう言うと、父は一瞬眉をひそめたがすぐに真顔になり、何だと問うてきた。
「まず父上は、後宮入りした私が何か要求した時には迅速にそれを用意すること」
これは敵だらけの後宮内で迅速に邪魔者を排除するために必要なことだ。
父も最初からそのつもりだったのだろう、特に文句を言うことなく頷いていた。
「陛下には、私が死ぬまで後宮から追い出さないこと、後宮にこれ以上女性をいれないこと、私のやることに決して文句を言わないこと――」
次に私は、陛下に対する条件を提示した。
これは邪魔者を排除する時だけではなく、その後のことも考えた上での条件……この仕事を受けるに当たっての必須条件だ。
簡単に言ってしまえば、仕事を終えた私に後宮を寄越せ……後宮を私の終の棲家にするから、文句も干渉も一切するなという内容。
「この条件を陛下が了承されるのであれば、私が後宮から邪魔者を排除いたします」
全ての条件を告げ私がそう言うと、今度は父が思案し始めた。
いくらか思案した後、父は分かったと言って、その日はお開きになった。
――それから数日後、また父から呼び出されて私の後宮入りが決まった。
多少嫁ぎ遅れているものの、何不自由なく生家で平穏に暮らしていたある日、宰相である父にそう言われた。
まだ幼い弟と遊んでいる時に、向こうで少し話そうと父の私室まで連れてこられた時点で嫌な予感はしていたが……予想以上の最悪さだ。
「どうされたのですか、父上」
とりあえず詳細を尋ねてみると、私室の机にどっかりと座ってため息をつく父は、虚空を眺めながら話し始めた。
「――皇帝から、上級妃たちを排除したいと相談を受けた」
「まぁ、それはそれは……」
お気持ちお察ししますわという意味を含めて、憐れむように口元を袖で隠しながらそう言うと、父はさらに深いため息をついていた。
この国――煌国の皇帝陛下は大変な女好きで、政治そっちのけで後宮にたくさんの側妃を囲って入り浸っていると、父から聞いていた。
政治に関しては皇帝陛下の弟君――皇弟陛下と父を中心に、優秀な役人だけで回しているらしい。
皇帝はそんなことなど無関心に、女官・芸者・遊女・下民・貴族問わず、少しでも気に入った女性をどんどん側妃として後宮に迎えていると。
けれど一人の女性を決めることはなく、この国に正妃はいなかった。
そのことを家臣たちに遠回しに咎められると、皇帝は側妃の中から数人のお気に入りを選んで『上級妃』という位を与え、これで満足かとふんぞり返っていたらしい。
その時にも父は頭を抱えて、私に相談という名の愚痴をこぼしていたっけ。
私に友人はいないし、家から出ることもない……口外する可能性がないということで、父は私に国の情勢・内政・皇帝について度々話してきた。
何よりも話を聞いた私がこうしてはどうか、と父の頭の中になかったことを助言するのが、父にとってはありがたかったらしい。
引きこもりの私にとっては一つの娯楽のような感覚で、話を聞いて意見を言っただけなのだが……。
そんな意見を言って優秀さを買われたが故に、今回の後宮入りという最低な話が舞い込んだのであれば、意見など言わなければ良かったと今更ながら後悔した。
「宰相であるわしは、後宮にそこまで深く干渉できん。特に上級妃という立場を与えられている彼女たちの立場は、もはやわしより上と言っても過言ではない」
上級妃となった彼女たちの傍若無人っぷりは父からよく聞いていたので、後宮から出られない側妃が宰相を困らせるほど、厄介な存在になっていることは容易に想像がついた。
「御自ら彼女たちを後宮から出してはいかがとも進言したのだが、あの御方は『花の散り際も楽しみたい』とご所望だ」
要するにただ追い出すだけではつまらない、彼女たちを後宮から追い出す面白い手立てを考えろということらしい。
「人の上に立つ者の発言とは思えませんね」
眉をひそめながら皮肉を込めてそう言うと、父はまったくだ……と項垂れていた。
けれどその後、ゆっくりと顔を上げて口元を隠すように手を組み合わせていた父の瞳は、ギラリと輝いているように感じた。
「ただこれは好機でもある。上級妃という立場を与えられている側妃たちを排除できる……国を正常化させる一歩になると、皇弟陛下と意見が一致した」
そう言って私を見る父の瞳は、だからお前に後宮に入ってもらいたいと声に出さずとも訴えかけていた。
私は袖口で口元を隠しながら少しの間、思案する。
重要な話をする時や悩んでいる時に口元を隠すのは父譲りの癖だ……国の正常化はどうでも良いが、これは私の人生を変える一歩になる。
後宮に入るとなれば、今までの穏やかな生活から一変する。
さらに皇帝の要求も叶え、父の要望も叶えるとなると、どうしても慎重に考えなければならない。
「――いくつか条件がございます」
いくらか思案した後にそう言うと、父は一瞬眉をひそめたがすぐに真顔になり、何だと問うてきた。
「まず父上は、後宮入りした私が何か要求した時には迅速にそれを用意すること」
これは敵だらけの後宮内で迅速に邪魔者を排除するために必要なことだ。
父も最初からそのつもりだったのだろう、特に文句を言うことなく頷いていた。
「陛下には、私が死ぬまで後宮から追い出さないこと、後宮にこれ以上女性をいれないこと、私のやることに決して文句を言わないこと――」
次に私は、陛下に対する条件を提示した。
これは邪魔者を排除する時だけではなく、その後のことも考えた上での条件……この仕事を受けるに当たっての必須条件だ。
簡単に言ってしまえば、仕事を終えた私に後宮を寄越せ……後宮を私の終の棲家にするから、文句も干渉も一切するなという内容。
「この条件を陛下が了承されるのであれば、私が後宮から邪魔者を排除いたします」
全ての条件を告げ私がそう言うと、今度は父が思案し始めた。
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――それから数日後、また父から呼び出されて私の後宮入りが決まった。
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