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第五章 美姫の追放
第十八話
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その夜の宴、私は美姫と対をなすように、陛下の隣にしなだれかかりながら座っていた。
陛下はガハハッといつもと変わらない様子で酒を飲み、空いた手は美姫の腰に回して実にご満悦の様子。
そのまま美姫だけ愛でていれば良いものを、時折、思い出したかのように私の太ももや尻も撫でてくるのが面倒ではあったが、微笑みを浮かべてグッと耐えた。
……まったくもって、楽しそうで何より。
ただでさえ上級妃が減っているというのに、今夜の宴には夜姫が参加していないので、陛下も多少は不機嫌になるかと思っていたのだが……そんな様子は微塵も感じられない。
夜姫がいない分の穴を埋めろと私に指示して、私が言われた通りにいつも彼女がしていたように陛下にしなだれかかると、陛下はいつもと変わらないように満足そうにしていた。
夜姫の宴不参加の理由については不明だが、陛下曰く、彼女はたまに宴を休むことがあるらしい。
そんな風に自分の思い通りにならない彼女もまたそそられると、下品な笑みを浮かべてはグイッと酒を飲む陛下。
そんなことを言った直後、隣にいる全く別人の身体を撫で回しているのだから……陛下という男の人間性がうかがい知れる。
ただ、これはまたとない好機。
いつもの席だと陛下と夜姫が邪魔で美姫の様子がよく見えなかったし、あまりにもジロジロと見ては不審だろうと様子を窺うのも難しいと考えていたが……ここならば陛下越しに、自然に美姫の様子を観察できる。
私は陛下に微笑みかけるフリをしながら、向こう側にいる美姫の食事・彼女自身の様子に目をやる。
美姫の前に置かれている食事を見てみると、確かに私や陛下に出されている食事とはほとんど別のものになっていて、口にできない食品が彼女にはあることが見て取れた。
ただ美姫はせっかく自分専用の食事を出されているにもかかわらず、食事には数回手をつけた程度でほぼ残している。
まぁ……しかし、それは私も同じか。
宴で陛下に笑顔を振りまきつつ酒の相手をし、時に陛下と話し、お酌をして、お触りに耐えなければならないこの状況で、自分の食事を口にするのはかなり難しい。
なにせ食事を口にしようと箸を持つと、すかさず陛下のお触りという名の邪魔が入る。
今までの私のように、離れた席で軽く微笑みを浮かべつつ黙っているだけであれば、食事を摂ることも難しくはなかったが……陛下の隣では、それすらままならなくなるらしい。
そんな状況下でも上級妃たちは陛下の隣に居続けたのかと思うと、初めて彼女たちのことを尊敬できた気がした。
しかし食事にあまり手をつけないとなると、食事に何かを混ぜるのはいよいよ現実的ではないな。
私は微笑みを崩さないようにしながら、陛下越しに美姫の観察を続ける。
美姫は相変わらず美しい顔に微笑みを浮かべ、酒の入った盃を両手で抱えるようにしながら、陛下の話相手になっている。
「飲んでおるか、遊姫よ」
じっと観察をしていると、ふいに陛下がこちらに声を掛けてきた。
「――えぇ、頂いておりますわ」
私はニコッと微笑みながら、陛下に見えるように盃をくいっと上げ、自分が飲んでいることを強調する。
そんな私を見て、陛下は良いと満足げな表情をしながら、今度は美姫の方を見やる。
「ほれ、そちも遊姫に負けぬようにもっと飲め」
そう言って、陛下は美姫の盃に酒を足していた。
「陛下ぁ。これ以上飲んだら私、酔ってしまいますわ」
美姫は甘ったるい声でそう言いながら、赤らんだ頬に手を添えて困惑した表情を浮かべている。
「良い良い、酔え。酔ったそちを宴の後に食らうのも、余の楽しみなのだから」
陛下はそう言ってニヤリと下品な笑みを浮かべ、実にいやらしい手付きで美姫の胸を揉みしだく。
美姫は困惑と歓喜の声を漏らしながら、陛下ぁとさらに甘い声を出していた。
……私は一体、何を見せられているのか。
目の前で繰り広げられるくだらないやり取りにうんざりしながらも、この時間が早く終わることを微笑みながら願っていた。
――やっと宴が終わって、私は自分の宮に戻ってすぐ長椅子に倒れ込む。
「はぁ……」
陛下の側近くに座らされたのは今回が初めてのことだったが、予想以上の疲労・心労・肉体的苦痛で、倒れ込んだ長椅子から立ち上がることもできなくなっていた。
この後、美姫には陛下との夜伽もあるのかと思うと、他人事ながらゾッとする。
……こんな苦痛を味わいながらも、上級妃という位にしがみつきたいと思うものなのだろうか。
私なら下級妃で、たまに陛下の通いに応じながら悠々自適に過ごす方が幸せなように思うのだが……彼女たちには彼女たちなりの幸せや思惑があるのだろうか。
空きっ腹に酒を飲まされ続けたせいか、酔いが回っているのを感じる。
……こんなことを考えるなんて、私らしくないわね。
全ては酔いのせいだと私は考えるのをやめて、その日はそのまま長椅子で眠ることにした。
陛下はガハハッといつもと変わらない様子で酒を飲み、空いた手は美姫の腰に回して実にご満悦の様子。
そのまま美姫だけ愛でていれば良いものを、時折、思い出したかのように私の太ももや尻も撫でてくるのが面倒ではあったが、微笑みを浮かべてグッと耐えた。
……まったくもって、楽しそうで何より。
ただでさえ上級妃が減っているというのに、今夜の宴には夜姫が参加していないので、陛下も多少は不機嫌になるかと思っていたのだが……そんな様子は微塵も感じられない。
夜姫がいない分の穴を埋めろと私に指示して、私が言われた通りにいつも彼女がしていたように陛下にしなだれかかると、陛下はいつもと変わらないように満足そうにしていた。
夜姫の宴不参加の理由については不明だが、陛下曰く、彼女はたまに宴を休むことがあるらしい。
そんな風に自分の思い通りにならない彼女もまたそそられると、下品な笑みを浮かべてはグイッと酒を飲む陛下。
そんなことを言った直後、隣にいる全く別人の身体を撫で回しているのだから……陛下という男の人間性がうかがい知れる。
ただ、これはまたとない好機。
いつもの席だと陛下と夜姫が邪魔で美姫の様子がよく見えなかったし、あまりにもジロジロと見ては不審だろうと様子を窺うのも難しいと考えていたが……ここならば陛下越しに、自然に美姫の様子を観察できる。
私は陛下に微笑みかけるフリをしながら、向こう側にいる美姫の食事・彼女自身の様子に目をやる。
美姫の前に置かれている食事を見てみると、確かに私や陛下に出されている食事とはほとんど別のものになっていて、口にできない食品が彼女にはあることが見て取れた。
ただ美姫はせっかく自分専用の食事を出されているにもかかわらず、食事には数回手をつけた程度でほぼ残している。
まぁ……しかし、それは私も同じか。
宴で陛下に笑顔を振りまきつつ酒の相手をし、時に陛下と話し、お酌をして、お触りに耐えなければならないこの状況で、自分の食事を口にするのはかなり難しい。
なにせ食事を口にしようと箸を持つと、すかさず陛下のお触りという名の邪魔が入る。
今までの私のように、離れた席で軽く微笑みを浮かべつつ黙っているだけであれば、食事を摂ることも難しくはなかったが……陛下の隣では、それすらままならなくなるらしい。
そんな状況下でも上級妃たちは陛下の隣に居続けたのかと思うと、初めて彼女たちのことを尊敬できた気がした。
しかし食事にあまり手をつけないとなると、食事に何かを混ぜるのはいよいよ現実的ではないな。
私は微笑みを崩さないようにしながら、陛下越しに美姫の観察を続ける。
美姫は相変わらず美しい顔に微笑みを浮かべ、酒の入った盃を両手で抱えるようにしながら、陛下の話相手になっている。
「飲んでおるか、遊姫よ」
じっと観察をしていると、ふいに陛下がこちらに声を掛けてきた。
「――えぇ、頂いておりますわ」
私はニコッと微笑みながら、陛下に見えるように盃をくいっと上げ、自分が飲んでいることを強調する。
そんな私を見て、陛下は良いと満足げな表情をしながら、今度は美姫の方を見やる。
「ほれ、そちも遊姫に負けぬようにもっと飲め」
そう言って、陛下は美姫の盃に酒を足していた。
「陛下ぁ。これ以上飲んだら私、酔ってしまいますわ」
美姫は甘ったるい声でそう言いながら、赤らんだ頬に手を添えて困惑した表情を浮かべている。
「良い良い、酔え。酔ったそちを宴の後に食らうのも、余の楽しみなのだから」
陛下はそう言ってニヤリと下品な笑みを浮かべ、実にいやらしい手付きで美姫の胸を揉みしだく。
美姫は困惑と歓喜の声を漏らしながら、陛下ぁとさらに甘い声を出していた。
……私は一体、何を見せられているのか。
目の前で繰り広げられるくだらないやり取りにうんざりしながらも、この時間が早く終わることを微笑みながら願っていた。
――やっと宴が終わって、私は自分の宮に戻ってすぐ長椅子に倒れ込む。
「はぁ……」
陛下の側近くに座らされたのは今回が初めてのことだったが、予想以上の疲労・心労・肉体的苦痛で、倒れ込んだ長椅子から立ち上がることもできなくなっていた。
この後、美姫には陛下との夜伽もあるのかと思うと、他人事ながらゾッとする。
……こんな苦痛を味わいながらも、上級妃という位にしがみつきたいと思うものなのだろうか。
私なら下級妃で、たまに陛下の通いに応じながら悠々自適に過ごす方が幸せなように思うのだが……彼女たちには彼女たちなりの幸せや思惑があるのだろうか。
空きっ腹に酒を飲まされ続けたせいか、酔いが回っているのを感じる。
……こんなことを考えるなんて、私らしくないわね。
全ては酔いのせいだと私は考えるのをやめて、その日はそのまま長椅子で眠ることにした。
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