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第十章 遊姫の追放
第三十七話
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――未来の教育係になって、五年の月日が流れた。
牛車に乗りながら誰もいない後宮をぼんやりと眺めていると、目的地である後宮の出入り口……王宮へと繋がる門まで、すぐにたどり着いた。
私は重い腰を上げて牛車を降りて、後続の牛車から降りてくる彼女を待つ。
キラキラと輝きながら流れるように動く金の髪、美しい装いがよく似合う成長した女性らしい身体、白い肌に整った目鼻立ち、瞬きをするたびに宝石がこぼれ落ちてきそうな金の瞳。
この五年で、未来はすっかりこの国で一番美しい女性と言っても過言ではないくらいの美貌を手に入れていた。
そんな美しい未来が、こちらを見てニッコリと微笑む。
彼女を一目見ればどんな男でも目を奪われ、微笑まれれば一瞬で心を奪われるだろう。
元々持っていた目鼻立ちの美しさももちろんあるが、ここまで来るために食事・運動・身だしなみに気を配っていたのも功を奏しただろう。
とにかく彼女の見た目を整えることに、一切の手は抜かなかった。
……彼女の見た目は、この国では奇異だ。
金の髪や瞳はこの国では見慣れぬものだし、透き通るほどに白い肌も、一歩間違えれば妖怪の類だなんだと言われかねない。
だからこそ、誰にも何も言わせないだけの美しさが彼女には必要だった。
妖怪? だから何?
珍しい見た目? それでも見ずにはいられないでしょう?
相手にそう思わせるだけの、極上の美しさ。
その珍しい見た目が気にならないほど、いや、その希少性をむしろ美しさの一因に感じるさせるくらい……相手の視線も心も捉えて離さないだけの美しさをとにかく磨いた。
「わざわざお見送りに来ていただいて、ありがとうございます。遊姫様」
美しい彼女が流暢に、そして優雅に私に語りかける。
この五年で言葉遣いはもちろんのこと、話し方、訛りも一切を丁寧に矯正した。
舌の動かし方が彼女の祖国とは違うためか、訛りを矯正するのには骨が折れたが……貴族や商人と話す時、訛りがあるだけで侮りの対象になりかねない。
私は彼女を誰にも負けない、誰にも侮られない、どこに出しても恥ずかしくない完璧な女性にしたかった。
だからこそ徹底して美しく優雅な言葉遣い、話し方を叩き込んだ。
もちろん、どんな局面でも常に微笑みを絶やさないことも伝えてある。
微笑んでいるだけで、他人に『自分は余裕である』という優位性と優雅さと印象付けることができる。
だから微笑みは重要だ。
しかし時に儚く、か弱く振る舞うことも必要……そこは相手の表情・性格を見抜いて、臨機応変に対応できるようにと抜かりなく教えてある。
彼女は見た目も中身も、私ができる限りのことを注ぎ込んで、完璧な女性に仕上がっていた。
「構いませんよ。大切な教え子の出立ですから」
だからこそ、私もニッコリと微笑んで答える。
暇つぶしにと始めた未来を完璧な女性にするという計画は、彼女の努力によって順調すぎるくらいに進んで、実に満足のいく仕上がりになった。
後宮が正常に機能していれば、すぐに側妃に迎えたいという打診が来ていたことだろう。
いや、もし皇帝に皇后様がいらっしゃらなければ、その地位についていてもおかしくないだけの器量だ。
前皇帝が存命でいらっしゃれば、すぐに妻にと召し上げられていたことでしょう。
まぁ……そんなこと、私が許さないですけどね。
「何か悪巧みですか? 遊姫様」
口元を袖で隠しながらニコニコと考え事をしていると、いたずらっ子のような顔をしながら未来が私の顔を覗き込んで尋ねてきた。
動く度に、煌めき流れる金の髪。
変わらず私を捉えてやまない金の瞳が、私を射抜く。
この五年間で私が考え事をしている時、何か隠し事をしている時は口元を袖で隠すと、すっかり知られてしまっている。
「……いいえ。未来様が美しく成長したことを、心から喜んでいただけですわ」
だからこそ私は、あえて口元を袖で隠しながらニッコリと微笑んで答える。
ここで袖を下ろしては、彼女の質問を肯定することになりかねないですからね。
「あら、喜んでいただけて何よりですわ」
あなたのおかげじゃない、自分の美しさは持って生まれた才能と自分の努力だと言わんばかりに、彼女は口元を袖で隠しながら微笑む。
私達はニコニコと微笑みあいながら、誰にも見えないところで密かに火花を散らす。
外の世界に出れば周りは敵だらけ。
そのことを理解させるために、私は彼女に対してもどこか一線を引いて接してきたし、彼女にもいつ寝首をかかれてもおかしくない緊張感を持てと教えてきた。
実際、私は何度も彼女との契約が不履行になるようけしかけてきた。
その妨害をちゃんとくぐり抜けられるか、武力を持たない彼女が口先だけでどれだけ戦えるか確認するためでもあったが、未来はちゃんとそれを退けられるだけの度胸・思考力・言葉遣いを身に着けていた。
その成長が、私をまた楽しませていて……契約はしっかりと果たされた。
牛車に乗りながら誰もいない後宮をぼんやりと眺めていると、目的地である後宮の出入り口……王宮へと繋がる門まで、すぐにたどり着いた。
私は重い腰を上げて牛車を降りて、後続の牛車から降りてくる彼女を待つ。
キラキラと輝きながら流れるように動く金の髪、美しい装いがよく似合う成長した女性らしい身体、白い肌に整った目鼻立ち、瞬きをするたびに宝石がこぼれ落ちてきそうな金の瞳。
この五年で、未来はすっかりこの国で一番美しい女性と言っても過言ではないくらいの美貌を手に入れていた。
そんな美しい未来が、こちらを見てニッコリと微笑む。
彼女を一目見ればどんな男でも目を奪われ、微笑まれれば一瞬で心を奪われるだろう。
元々持っていた目鼻立ちの美しさももちろんあるが、ここまで来るために食事・運動・身だしなみに気を配っていたのも功を奏しただろう。
とにかく彼女の見た目を整えることに、一切の手は抜かなかった。
……彼女の見た目は、この国では奇異だ。
金の髪や瞳はこの国では見慣れぬものだし、透き通るほどに白い肌も、一歩間違えれば妖怪の類だなんだと言われかねない。
だからこそ、誰にも何も言わせないだけの美しさが彼女には必要だった。
妖怪? だから何?
珍しい見た目? それでも見ずにはいられないでしょう?
相手にそう思わせるだけの、極上の美しさ。
その珍しい見た目が気にならないほど、いや、その希少性をむしろ美しさの一因に感じるさせるくらい……相手の視線も心も捉えて離さないだけの美しさをとにかく磨いた。
「わざわざお見送りに来ていただいて、ありがとうございます。遊姫様」
美しい彼女が流暢に、そして優雅に私に語りかける。
この五年で言葉遣いはもちろんのこと、話し方、訛りも一切を丁寧に矯正した。
舌の動かし方が彼女の祖国とは違うためか、訛りを矯正するのには骨が折れたが……貴族や商人と話す時、訛りがあるだけで侮りの対象になりかねない。
私は彼女を誰にも負けない、誰にも侮られない、どこに出しても恥ずかしくない完璧な女性にしたかった。
だからこそ徹底して美しく優雅な言葉遣い、話し方を叩き込んだ。
もちろん、どんな局面でも常に微笑みを絶やさないことも伝えてある。
微笑んでいるだけで、他人に『自分は余裕である』という優位性と優雅さと印象付けることができる。
だから微笑みは重要だ。
しかし時に儚く、か弱く振る舞うことも必要……そこは相手の表情・性格を見抜いて、臨機応変に対応できるようにと抜かりなく教えてある。
彼女は見た目も中身も、私ができる限りのことを注ぎ込んで、完璧な女性に仕上がっていた。
「構いませんよ。大切な教え子の出立ですから」
だからこそ、私もニッコリと微笑んで答える。
暇つぶしにと始めた未来を完璧な女性にするという計画は、彼女の努力によって順調すぎるくらいに進んで、実に満足のいく仕上がりになった。
後宮が正常に機能していれば、すぐに側妃に迎えたいという打診が来ていたことだろう。
いや、もし皇帝に皇后様がいらっしゃらなければ、その地位についていてもおかしくないだけの器量だ。
前皇帝が存命でいらっしゃれば、すぐに妻にと召し上げられていたことでしょう。
まぁ……そんなこと、私が許さないですけどね。
「何か悪巧みですか? 遊姫様」
口元を袖で隠しながらニコニコと考え事をしていると、いたずらっ子のような顔をしながら未来が私の顔を覗き込んで尋ねてきた。
動く度に、煌めき流れる金の髪。
変わらず私を捉えてやまない金の瞳が、私を射抜く。
この五年間で私が考え事をしている時、何か隠し事をしている時は口元を袖で隠すと、すっかり知られてしまっている。
「……いいえ。未来様が美しく成長したことを、心から喜んでいただけですわ」
だからこそ私は、あえて口元を袖で隠しながらニッコリと微笑んで答える。
ここで袖を下ろしては、彼女の質問を肯定することになりかねないですからね。
「あら、喜んでいただけて何よりですわ」
あなたのおかげじゃない、自分の美しさは持って生まれた才能と自分の努力だと言わんばかりに、彼女は口元を袖で隠しながら微笑む。
私達はニコニコと微笑みあいながら、誰にも見えないところで密かに火花を散らす。
外の世界に出れば周りは敵だらけ。
そのことを理解させるために、私は彼女に対してもどこか一線を引いて接してきたし、彼女にもいつ寝首をかかれてもおかしくない緊張感を持てと教えてきた。
実際、私は何度も彼女との契約が不履行になるようけしかけてきた。
その妨害をちゃんとくぐり抜けられるか、武力を持たない彼女が口先だけでどれだけ戦えるか確認するためでもあったが、未来はちゃんとそれを退けられるだけの度胸・思考力・言葉遣いを身に着けていた。
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