雇われ側妃は邪魔者のいなくなった後宮で高らかに笑う

ちゃっぷ

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第十章 遊姫の追放

第三十八話

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 契約は果たされた。

 私は未来ウィーライにできる限りの教養を叩き込んだ、彼女はその対価として己の成長で私を楽しませた。

 だからこそ、彼女が後宮を出る日……嫁に行く日が来たのだ。

 彼女との契約に来る日に最高の結婚相手を用意することも含まれていたので、私はその契約に恥じぬだけの相手を用意した。

 父に条件の良い貴族の独身男性を何名か教えていただき、従者を使って勤務態度・屋敷の様子・金銭面・人柄まで入念に調査させて、その中で最も条件の良かった相手を選んだ。

 そして彼に父から未来との結婚を打診する旨を伝えてもらうと、驚いて少し戸惑ってはいたようだが、最終的には受け入れてくれたとのことだった。

 その後の様子も従者に確認させたが、彼自身はもちろんのこと、彼の家は異国の元上級妃が嫁にやってくることに嫌悪感を抱く様子はなく、結婚を純粋に喜んでいる様子だったらしい。

 ……調査の限り、彼以上の結婚相手はいないだろうと思えるほど好感触だった。

 だからこそ正式な婚姻の申込みは、私自ら筆を執った。

 元上級妃とはいえ前皇帝のお手つきはないこと、異国の姫ではあるがそちらとの交流はないことを念押しつつ、美しく賢い娘であること、王宮勤めの夫を支えるだけの器量があることを書き記した。

 するとすぐに手紙の返事が来て、改めて結婚の意思があると言ってもらえた。

 そこからはトントン拍子に話が進み、すぐに嫁入りの日が決まった。

 やり取りする内に手紙に、あなた様のような方が未来様の側にいてくれて良かったと書かれていた時は驚いたが……彼の人柄の良さが改めて感じられて、ほっとしたのを覚えている。

 未来のこれからは、彼に任せられるだろう。

「……では、行ってまいります」

 しばらく私と未来でニコニコと微笑みを交わしていたが、ついに意を決したように彼女がそう言う。

 口元を袖で隠してニッコリと微笑んでいるが、緊張していることが伝わってくる。

 五年も暮らしていれば、口元を袖で隠そうともどういった感情でいるかくらいは推し量ることができる。

 幼くして後宮に押し込められて、私以外とまともに交流したことがないのだ……心の内が恐怖・不安でいっぱいになるのは、致し方ないことだろう。

「……未来様は私が育て上げた完璧な女性です。どうぞご安心ください」

 だからこそ私は口元を袖で隠すことなく、穏やかな微笑みを浮かべて事実だけを伝える。

 私がそう言うと、彼女は少しだけ驚いた様子だったが……気恥ずかしそうに、ありがとうございますと呟いていた。

「手紙を書くことは……やはり許してくださらないのですか?」

 かと思うと未来は真剣に、されど悲しげな表情をしながらそう言う。

 私は常に微笑みをという考えだったが、彼女を見ていると表情をくるくると変えるのも魅力的だなと思わされる。

 けれど……それは美しい彼女がするからこそ、意味のあるものなのだろうとも思う。

 だから私はニッコリと微笑んで答える。

「何度も言ったでしょう。教えたことだけを頭に留め、後宮や私のことは忘れなさい。私達の契約も……この婚姻が成立した時点で終わりです。もう関わる理由がありません」

 顔では微笑みつつも、冷たい声でそう言い放つ。

 全ては事実だからこそ、口元を袖で隠すこともなかった。

 未来は不満げで、寂しそうで……出会ったばかりの頃の、表情がくるくると変わる彼女の姿が重なる。

 ほだされそうになるのをグッと堪えて、決して微笑みを崩さないでいると、未来は観念したようにため息を漏らした。

「……今までありがとうございました。遊姫様。どうか……お幸せに」

 そして口元を袖で隠しながら、笑顔でそう言った。

「……こちらこそ、楽しい時間をありがとうございました。未来様。あなたもどうかお幸せに」

 だから私も同じようにして、そう答える。

 私の言葉を聞くと、未来は笑顔を崩さずに牛車に乗り込んだ。

 彼女を乗せた牛車は、私が彼女用に与えた数人の従者を伴って後宮の門をくぐって王宮へと――外の世界へと出ていく。

 私は笑顔を崩さず、手をひらひらと振りながらそれを見送った。

 私が完璧に育て上げた未来……私の従者も数人与えた、結婚相手の調査も入念に行った。

 なんの不安もない。

 けれどどうしようもなく、牛車を追いかけた気持ちになってしまう……後宮を今すぐ飛び出して、彼女が幸せになるところをちゃんと見届けたいと思ってしまう。

 そんな気持ちをグッと押し殺すように、口元を袖で隠して……私は未来を乗せた牛車が見えなくなるまで、門の内側で静かに見送った。
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