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第十章 遊姫の追放
第三十九話
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未来を見送って、名残惜しさもあったが……私も牛車に乗り込んで自分の宮へと帰る。
道中も行きと同じようにどこかぼんやりしていて、ことさら静かに感じる後宮を眺めているだけで、気が付いたら後宮の奥底にある自分の宮に到着していた。
私……遊姫の宮。
ゆっくりと牛車を降りて、改めて周りを見回す。
サァ……と静まり返った後宮に、静かな風が吹き抜ける。
……この五年間はずっと未来の教育をしていて、自分の宮と彼女の宮を行き来しては、座学からお茶会まで忙しくしていた。
彼女には努力する姿勢もあるし、覚えも悪くなかったのでメキメキ成長してくれたが……なにせ教えることが多くて、大変だったな。
でも教え甲斐のある子で、期待どおりに完璧な女性へと育ってくれた。
少しの喪失感もあるかもしれないが……今は満足感と達成感でいっぱいだ。
考えてみればこんなに静かで、何もないのは久しぶりだ。
生家で穏やかに暮らしていた頃以来ではないかしら。
まぁ……あの頃も弟の遊び相手になって、父のお悩み相談を聞いて、ずっと何もないということはなかったのだけれど。
後宮に来てからの日々を思うと、間違いなく何もない穏やかな日々だったと思える。
そうやって考えてみると、随分と忙しい日々を過ごしたなと思い出す。
父から急に邪魔者排除のために後宮に入ってほしいと言われて、トントン拍子に話が進んで上級妃になって……明らかにいやらしい目でこちらを見てくる前皇帝に出会って、私を疎ましく思う上級妃たちから嫌がらせを受けて。
だから仕事のためだけじゃなく、私怨のために上級妃たちを惨めに後宮から追い出すと決めたんだったわね。
でも思い出すのは惨めな彼女たちではなく、輝いていた頃の彼女たちだな。
夜の宴で歌姫と舞姫が舞台上で演舞と歌声を披露し、前皇帝の側に侍る美姫と夜姫の笑い声が今にも目と耳に鮮烈に残っている。
前皇帝はガハハッと笑いながら酒を浴びるように飲んで、その側には賢姫が控えていたな。
私はそんな騒がしく綺羅びやかな世界から少し離れた位置で、ただただ静かに微笑みを浮かべていた。
そして宴が終われば、前皇帝の夜伽に備えなければならない。
前皇帝が通いに来ればまだ良い方……面倒なのは、来ない時の方だった。
あの御方は妃に通った後、別の妃の元へ行くこともあったので、宴が終わってすぐに前皇帝が来なくても、朝が近づく頃まで気を抜くことはできなかった。
宴が終わってすぐに来れば、自分の順番が終わったと分かるのですぐに眠れるのだが……来ない日は地獄のような時間を過ごしていた。
そして日中はほぼ睡眠を取る時間にあてられる。
だから日中、上級妃とやり取りをしなければならない時は正直キツかったわね。
――もう五年……か。
この五年間が忙し過ぎて、たった五年前のことが遠い昔に感じる。
あぁ、ただ上級妃たちに大切な琵琶を壊されそうになったことは、昨日のことのように思い起こせる。
今思い出しても腹立たしいし、だからこそ上級妃たちに仕返ししたことに関しては一切の後悔もない。
前皇帝に関しても、私を上級妃にしようなどと……自分の立場に驕り、私を侮り、修羅の道に巻き込もうとした当然の報いだと思っている。
そうして上級妃を後宮から追い出して前皇帝を殺して、下級妃から宦官・女官まで追い出して……最後の上級妃だった未来も、ついに後宮から出ていった。
私の仕事も、ついにおしまい。
あの頃、嫁ぎ遅れだった私は、今となっては前皇帝が無理心中を図るほど愛した女。
そして自殺した前皇帝の御霊が悪霊にならないように最期まで添い遂げ、その御心を鎮めるため、後宮に残り続けることを現皇帝に命じられた哀れな女……ということになっている。
人生、何が起こるか分からないものだ。
一番の驚きは、自分に未来という教え子ができたことだろう。
子供ができない身体だと知って以来……自分が子供と関わることなんて、弟以外にはないだろうと思っていた。
それがここまで深く関わることになって、成長した彼女を見送って……認めたくないことだが、巣立っていく子供を見送る親というのは、こんな気持なのだろうかと思ったりする。
自分がそんな気持ちになるなんて……そんな気持ちを知れるなんて、人生とは分からないものだ。
ただこの五年間は、私にとって間違いなく幸せな時間だった。
道中も行きと同じようにどこかぼんやりしていて、ことさら静かに感じる後宮を眺めているだけで、気が付いたら後宮の奥底にある自分の宮に到着していた。
私……遊姫の宮。
ゆっくりと牛車を降りて、改めて周りを見回す。
サァ……と静まり返った後宮に、静かな風が吹き抜ける。
……この五年間はずっと未来の教育をしていて、自分の宮と彼女の宮を行き来しては、座学からお茶会まで忙しくしていた。
彼女には努力する姿勢もあるし、覚えも悪くなかったのでメキメキ成長してくれたが……なにせ教えることが多くて、大変だったな。
でも教え甲斐のある子で、期待どおりに完璧な女性へと育ってくれた。
少しの喪失感もあるかもしれないが……今は満足感と達成感でいっぱいだ。
考えてみればこんなに静かで、何もないのは久しぶりだ。
生家で穏やかに暮らしていた頃以来ではないかしら。
まぁ……あの頃も弟の遊び相手になって、父のお悩み相談を聞いて、ずっと何もないということはなかったのだけれど。
後宮に来てからの日々を思うと、間違いなく何もない穏やかな日々だったと思える。
そうやって考えてみると、随分と忙しい日々を過ごしたなと思い出す。
父から急に邪魔者排除のために後宮に入ってほしいと言われて、トントン拍子に話が進んで上級妃になって……明らかにいやらしい目でこちらを見てくる前皇帝に出会って、私を疎ましく思う上級妃たちから嫌がらせを受けて。
だから仕事のためだけじゃなく、私怨のために上級妃たちを惨めに後宮から追い出すと決めたんだったわね。
でも思い出すのは惨めな彼女たちではなく、輝いていた頃の彼女たちだな。
夜の宴で歌姫と舞姫が舞台上で演舞と歌声を披露し、前皇帝の側に侍る美姫と夜姫の笑い声が今にも目と耳に鮮烈に残っている。
前皇帝はガハハッと笑いながら酒を浴びるように飲んで、その側には賢姫が控えていたな。
私はそんな騒がしく綺羅びやかな世界から少し離れた位置で、ただただ静かに微笑みを浮かべていた。
そして宴が終われば、前皇帝の夜伽に備えなければならない。
前皇帝が通いに来ればまだ良い方……面倒なのは、来ない時の方だった。
あの御方は妃に通った後、別の妃の元へ行くこともあったので、宴が終わってすぐに前皇帝が来なくても、朝が近づく頃まで気を抜くことはできなかった。
宴が終わってすぐに来れば、自分の順番が終わったと分かるのですぐに眠れるのだが……来ない日は地獄のような時間を過ごしていた。
そして日中はほぼ睡眠を取る時間にあてられる。
だから日中、上級妃とやり取りをしなければならない時は正直キツかったわね。
――もう五年……か。
この五年間が忙し過ぎて、たった五年前のことが遠い昔に感じる。
あぁ、ただ上級妃たちに大切な琵琶を壊されそうになったことは、昨日のことのように思い起こせる。
今思い出しても腹立たしいし、だからこそ上級妃たちに仕返ししたことに関しては一切の後悔もない。
前皇帝に関しても、私を上級妃にしようなどと……自分の立場に驕り、私を侮り、修羅の道に巻き込もうとした当然の報いだと思っている。
そうして上級妃を後宮から追い出して前皇帝を殺して、下級妃から宦官・女官まで追い出して……最後の上級妃だった未来も、ついに後宮から出ていった。
私の仕事も、ついにおしまい。
あの頃、嫁ぎ遅れだった私は、今となっては前皇帝が無理心中を図るほど愛した女。
そして自殺した前皇帝の御霊が悪霊にならないように最期まで添い遂げ、その御心を鎮めるため、後宮に残り続けることを現皇帝に命じられた哀れな女……ということになっている。
人生、何が起こるか分からないものだ。
一番の驚きは、自分に未来という教え子ができたことだろう。
子供ができない身体だと知って以来……自分が子供と関わることなんて、弟以外にはないだろうと思っていた。
それがここまで深く関わることになって、成長した彼女を見送って……認めたくないことだが、巣立っていく子供を見送る親というのは、こんな気持なのだろうかと思ったりする。
自分がそんな気持ちになるなんて……そんな気持ちを知れるなんて、人生とは分からないものだ。
ただこの五年間は、私にとって間違いなく幸せな時間だった。
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