魔王様に溺愛されています!

うんとこどっこいしょ

文字の大きさ
6 / 19

第六話 夢

しおりを挟む
 翌朝。
 春斗はうつ伏せのままベッドに顔を押しつけて、目を覚ました。

(ああ……なんか……夢じゃなかったんだよな)

 昨夜の出来事を思い出して、顔から火が出そうになる。

(バロンさん、優しかった……けど……あの距離、あの雰囲気……キス……!)

 枕に顔を埋め直してジタバタする。
 でも、不思議と嫌な気持ちはまったくなかった。むしろ──もっと触れてもらいたかった、なんて。

「……うわあ、俺、どうかしてる」

*

 身支度を整えて食堂に向かうと、そこにはすでにバロンの姿があった。
 けれど、いつものような堂々たる魔王ではなく──どこか気まずそうに目をそらしている。

「……おはようございます」

「……ああ。おはよう、春斗」

 二人の間に、妙な沈黙が落ちた。
 あの夜をなかったことにはできない。でも、どう接していいのか分からない。そんな空気。

「えっと、昨日は……その……」

「俺の方こそ、すまなかった。……君を困らせたよな」

「いえ、俺……嫌じゃなかったです」

 意を決して春斗がそう答えると、バロンの目がほんのわずか見開かれた。

「……本当に?」

 まるで傷つくのを恐れているような、弱々しい声だった。
 そのギャップに、春斗の胸がちくりと痛む。

「本当です。バロンさんが触れてくれた時、すごく安心した。俺……まだ自分がどうしたいのか分からないけど……少しずつ、ちゃんと向き合ってみたいです」

 その言葉にバロンの表情が優しくほどけていく。

「ありがとう、春斗」

 静かに微笑むその顔は、昨夜よりも少し距離が近くなった気がした。

 食事を終えたあと、廊下を歩く春斗の背後に、再び気配が現れた。

「へえ、やっぱり君って……面白い」

 ──ルフェリオだ。
 またもや不意打ちのように現れて、まるで影のように春斗の隣を歩いてくる。

「な、なんでまた……!」

「見てたんだ。魔王様との朝の会話。君、ずいぶん素直になったね?」

「なっ……!」

「ふふふ、怒らないでよ。悪気はないんだ。ただ──やっぱり気になるんだ。君の奥にあるもの」

 ルフェリオは真剣な表情で、春斗の目を見つめた。

「君が何者なのか。何を隠しているのか。君自身が気づいてないとしても──僕はきっと、それを暴きたくなる」

「……なんなんだよ、あんた……」

「だから言ったじゃない。──君に興味があるんだよ」

 そう言ってルフェリオは、春斗の耳元にそっと囁いた。

「今夜、君の夢にお邪魔するよ。……深層に潜るのが、僕の趣味だからね」

 そう告げると、ルフェリオは一瞬でその場から消えた。

「夢に……来る……?」

 春斗は背筋に冷たいものを感じながらも、どこかぞわぞわとした期待も混じってしまう自分に、内心頭を抱えるのだった。

 夜。
 春斗はベッドに横たわりながら、ルフェリオの言葉を思い出していた。

(夢に来るって……そんなわけ──)

 そう思いかけた瞬間──視界がゆっくりと、ふわりと白く霞んでいく。

 気づけば、自分は見知らぬ場所に立っていた。
 天井のない空間。足元に揺らめく水面のような光。音も風もない、不思議な静けさ。

「ここ……どこだ……」

「ようこそ、春斗くん。君の心の中へ」

 背後から声がして、振り返ると──ルフェリオがいた。
 真っ白な衣をまとい、どこか神聖さすら感じさせる姿。けれど、その瞳は相変わらず何かを探るような色をしている。

「ここは……夢?」

「うん。君が閉じ込めた記憶の底へ、少しだけ案内してあげるよ」

「やめろ。勝手に、そんなこと──」

「君が自分自身を知ることは、君にとっても必要なことだと思うよ」

 ルフェリオが指先をそっと動かすと、空間が波打ち、ひとつの光景が浮かび上がった。

 それは──眩しい光。何かが近づいてくる感覚。

「……ッ!やめろ!!」

 春斗が叫ぶと、映像がバリッと音を立てて割れ、空間がぐにゃりと歪む。
 足元が崩れ、彼は闇に落ちそうになるが──その腕を誰かが掴んだ。

「春斗!!」

 ──バロンだ。
 漆黒の衣をまとった彼が、春斗の腕を強く引いて、闇から引き上げる。

「なんで……バロンさん、ここに……」

「ルフェリオ。俺の許可なく彼の心に踏み込むとはどういうつもりだ」

「ふふ……さすが魔王様。君にまで気づかれるとは思わなかったな」

 ルフェリオは苦笑しながら、一歩後ろへ下がった。

「心配しないで。無理やり暴く気はなかったさ。ただ……君が何者か、少しだけ知りたかっただけ」

 そして彼は春斗に向き直ると、今までよりも静かな声で言った。

「でも──やっぱり、君は特別だよ。これから何があっても、自分を信じて。信じられる誰かの手を、離さないことだね」

 それだけを言い残し、ルフェリオの姿は淡く消えていった。
 再び、春斗とバロンだけの静寂が残る。

「大丈夫か、春斗」

「……うん、でも、怖かった、あれ……俺の記憶、なのかな……」

 バロンは春斗の肩を抱き寄せ、落ち着いた優しい声で囁いた。

「もう大丈夫だ。何があっても、俺が君を守る」

 その言葉に、春斗の目元がじんわりと熱くなる。

(俺……思い出すの、怖い。でも……バロンさんがいるなら──)

 春斗はそっとバロンの服の裾を握りながら、深い眠りへと落ちていった。


 翌朝。
 目覚めた春斗は、夢の記憶が胸に残っていることに気づく。

(あれは夢……だけどきっと、本当のことなんだ)

 そして彼は、初めて自分の過去と向き合う決意を、少しだけ心に灯したのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ハッピーライフのために地味で根暗な僕がチャラ男会計になるために

ミカン
BL
地味で根暗な北斗が上手く生きていくために王道学園でチャラ男会計になる話 ※主人公へのいじめ描写ありのため苦手な方は閲覧ご注意下さい。

追放された『呪物鑑定』持ちの公爵令息、魔王の呪いを解いたら執着溺愛ルートに入りました

水凪しおん
BL
「お前のそのスキルは不吉だ」 身に覚えのない罪を着せられ、聖女リリアンナによって国を追放された公爵令息カイル。 死を覚悟して彷徨い込んだ魔の森で、彼は呪いに蝕まれ孤独に生きる魔王レイルと出会う。 カイルの持つ『呪物鑑定』スキル――それは、魔王を救う唯一の鍵だった。 「カイル、お前は我の光だ。もう二度と離さない」 献身的に尽くすカイルに、冷徹だった魔王の心は溶かされ、やがて執着にも似た溺愛へと変わっていく。 これは、全てを奪われた青年が魔王を救い、世界一幸せになる逆転と愛の物語。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。

明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。 新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。 しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…? 冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。

無愛想な氷の貴公子は臆病な僕だけを逃さない~十年の片想いが溶かされるまで~

たら昆布
BL
執着ヤンデレ攻め×一途受け

沈黙のΩ、冷血宰相に拾われて溺愛されました

ホワイトヴァイス
BL
声を奪われ、競売にかけられたΩ《オメガ》――ノア。 落札したのは、冷血と呼ばれる宰相アルマン・ヴァルナティス。 “番契約”を偽装した取引から始まったふたりの関係は、 やがて国を揺るがす“真実”へとつながっていく。 喋れぬΩと、血を信じない宰相。 ただの契約だったはずの絆が、 互いの傷と孤独を少しずつ融かしていく。 だが、王都の夜に潜む副宰相ルシアンの影が、 彼らの「嘘」を暴こうとしていた――。 沈黙が祈りに変わるとき、 血の支配が終わりを告げ、 “番”の意味が書き換えられる。 冷血宰相×沈黙のΩ、 偽りの契約から始まる救済と革命の物語。

処理中です...