運命のつがいと初恋

鈴本ちか

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運命のつがいと初恋 第1章

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 窓の外から高く、可愛らしい声が聞こえてくる。
 暦の上では秋を通過しているのに、日中は長袖だと汗ばむほどだ。それでも日が落ちると風が幾分か冷たくなり、三田村陽向みたむらひなたは着ていたパーカーのチャックを引き上げた。
 楽しそうな声のなかにきゃっと泣き出す女の子の声が聞こえたので陽向は拭いていた積み木を置き声の聞こえた方の窓へ目を向けた。立ち上がろうとして、子どもの声に混じりここ高ノ宮学園付属幼稚園の園長久保春江くぼはるえ、の声が聞こえ陽向は再び腰を落とした。
 白木の床、陽向の膝先にはカラフルで様々な形の積み木が山のように積まれている。木箱五つ分だ。園児が口に入れることもあるので降園後しっかりと拭き上げる。人体に無害な消毒薬で拭き上げタオルを作り、園の教材を一つ一つ丁寧に清潔にしていく。これは担任を持たない陽向の仕事だ。
 子供達の手にかかると積み木が花になり、象になり、理想のおうちにもなる。なにかを作り上げようとする子ども達の目はきらきらと輝いていて、陽向はそれをそばで見るのが大好きだ。
 木箱四つ目が終わり、五つ目を膝先に持ってきたとき階段をのぼる足音が聞こえ陽向は廊下へ目を向けた。
 引き戸の向こうに白髪交じりの頭がちらりと見え、陽向は慌てて立ち上がった。

「三田村君、ちょっといいかしら」
「あ、はい」

 久保はゆっくりと陽向のいるさくら組の教室へ入ってきた。最近、膝が痛い、が口癖になっている久保だが、本日は本当に膝の調子が悪そうだ。
 ゆったりしたワンピース、その上から子ども達の好きなキャラクターのワッペンがたくさん付いたエプロン、目尻に皺のある丸顔の久保は「優しい幼稚園の先生」を体現している。陽向は教育実習で訪れたこの園で、机上では思いもよらない事態にぶつかる度に久保に助けてもらった。園児を見守る姿勢に優しさが溢れていて、久保のもとで働きたい、そう強く思い五年前、陽向はここ高ノ宮学園付属幼稚園に就職した。
 陽向は手近にあったパイプ椅子を久保に勧め、ふうと息をついて座った久保の用件を待つ。

「はぁ、今日も膝が痛くて敵わないわ。寒くなると余計だから、これからが怖いわぁ。あ、三田村くんこのあいだ話していたひつじ幼稚園の件なんだけど、その、ね」
「はい」

 久保はそっと自分の頬に手を当て悩ましげに息をついた。言いづらそうな様子から陽向は先に続く言葉がおおよそ見当が付いた。きっと、採用枠はない、だろう。

「来年度、園舎の改修が入って今期の採用は見合わせるそうなの」

 陽向は神妙にうなずいた。ひつじ幼稚園の改修はもう数年前から決まっていたことで、近隣の幼稚園関係者はみな知っていた。目の前に座る久保も予想出来ていたはずだ。それでもαの両親を持つ子が多く登園している高ノ宮幼稚園とは違い、βやΩの子達が多い園へ転職しようと考えていた陽向の為に掛け合ってくれたのだろう。大丈夫、自分で探します、と言い掛けた陽向に久保が顔をあげ微笑んだ。

「でもね、次の年でも三田村くんが良ければ採用を考えてくださるそうなの。どうかしら」

 きらきらと目を光らせた久保に、それはもう一年ここで働いてほしいという含みがあるのだろうか、と陽向は考える。いや、そんなはずはない。
 保護者数名からΩの職員はα保護者を誘惑するのではないか、教育上良くないのでは、と訴えを受け久保はその対応に苦慮していたのだから。
 ここを辞めて一年も無職で生きていけるだけの蓄えはないし、一年後辞めるバイトを探すより、就職先を探す方が精神的にも良い気がする。

「ご尽力、ありがとうございます。でも自分で探そうと思います」
「そう、力になれなくて残念だわ。三田村君に申し訳なくて」

 深く息をついた久保は「ご実家、四国、愛媛だったわよね、そっちで見つけるのかしら」と続けた。

「まだ、どこで、というのは決めていませんが、でも大丈夫です、ありがとうございます」

 ゆっくりと椅子から立ち上がった久保は陽向の肩を叩くと教室から出て行った。
 久保は最後まで、教諭がΩ性だから園児への教育やその他の職務に差し障る、なんてことは無いと陽向をかばってくれた。
 しかし保護者側からは要望を出したにもかかわらず園は対応しなかったと不満が残る結果となってしまい、園への不信感が囁かれるようになった。
 園と保護者の距離が出来てしまうのは、陽向としては辛く、辞職を申し出たのだ。
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