運命のつがいと初恋

鈴本ちか

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運命のつがいと初恋 第2章

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 陽向が次にちゃんと目が覚めたのは、年を越してすぐだった。
 それまでうっすら起きて、ほんの少し普通でいられるもののだんだんと身体が熱く苦しくなって注射を打って昏睡するを繰り返していた。
 そのほんの少し普通でいられたとき、なんとか実家に連絡した。
 発情期で病院に入院しているなんて、とんでもなく心配させるので忙しいから落ち着いてから帰るね、と電話出来て良かった。
 救急車で運ばれたときスマホ持って、着替え持って、なんて余裕はなく、全部東園が用意し、Ω病棟はα性の立ち入りが禁止されているので病院に預けてくれた。マンションにすっかり忘れて帰っていたΩ受診手帳もだ。
 一人暮らしではなく、東園宅に住み込んでいて良かったと思う。
 ベッドから立ち上がろうとして、頭がふらりとする。
 しばらく寝たきりのような生活だったからだろう、改めてベッドサイドに立ってみてうーんと伸びをする。頭も身体もなんとなくすっきりした感じがする。
 窓べにはオレンジや黄色がメインの花が飾ってありその向こう、窓の外には雪がちらついていた。


「三田村さん、入りますよ」

 こんこんとドアを叩く音と、聞きなれた担当看護師、大川ゆうかの声がした。

「具合どうですか? まず、お熱計りましょうか」
「今日はまだ苦しい感じしないです」

 渡された体温計を脇にいれ、しばらく問診を受けているとピピと終了の合図が鳴った。

「うん、熱はないですね」
「あの、もう、発情期、終わりましたかね?」

 発情期とはこんなに大変なのかと陽向は身を持って分かった。
 やっと日常と同じ感覚で目覚め、ここ数時間苦しむ事なく過ごせている。もう終わっていて欲しい。

「そうですね、12月の23日からだから今日で……10日ですね。通常、ヤマは最初の二日ほど、全体で一週間前後なので、そろそろ終わっても良い頃合いですが。午後から担当の小森先生の診察があるから、その時説明があると思いますよ」

 陽向が神妙に頷くと、年末から大変でしたよね、と労われた。

「こんなに大変とは思わなかった」

 思わず漏らした言葉に大川が「分かります」と頷いた。
 ここの病棟の看護師はΩが多く大川もΩと言っていた。

「大川さんもきついですか?」
「若いときはきつかったですよ。以前の三田村さんのように薬でしっかり抑えられている方は少数ですから」

 確かに、今まで主治医の小森から本当に発情期を感じないのか毎回聞かれていた。それだけ薬が身体に合うことが少ないのだろうか。

「今は合うお薬が分かった感じですか?」

 大川は一瞬目を見開いて、苦笑した。

「いえいえ、番が出来たので。じゃあ体調がいいときにしっかり食べてくださいね」
「あ、はい」

 大川が病室を出た後、ベッドサイドのテーブルでスマホが震えたので手に取った。
 誰かは分かっている、東園だ。
 見るとやっぱりそうで、体調を心配する言葉と退院日の確認だった。
 年末年始に迷惑をかけてしまったし、かけ方が問題ですごく気まずい。
 錯乱していたから、陽向はあまり救急車に乗ったときのことを覚えていない。が、自分が自慰した事実はしっかり覚えているのでそれを隠せていたのかすごくすごく気になる。
 東園が見てる前で万が一にもしていたら恥ずかしさで気が狂うだろう、が、陽向には確認する勇気は無い。
 入院した日からたくさんのメッセージが入っている。今なら体調が良くなったと答えられそうだがためらってしまう。
 貰ったメッセージを見る限り、東園の方に気不味さはなさそうで気にしている方がおかしいのかもしれない。あの東園の事だ、今までに発情したΩと関係を持ったこともあるだろう。そんなもんだと思ってくれているといいのだけど。
 悶々としている間に昼ご飯が出てきてひとまずスマホは置いて食べることにした。

「発情期は過ぎましたね。ただ初めてなので期間も定かでないし、万が一戻りがあってもいけませんので、退院は明後日にしましょうか。今後の抑制剤についてですが、」
「あ、あのっ、どうして今回、発情期が抑えられなかったのでしょうか、今まではちゃんと、ちゃんと効いていたのに」

 今まで抑制剤を貰うため定期的に訪れていた診察室だが、普段と緊張感が全く違う。
 丸椅子を軋ませながら陽向はぐっと背を伸ばし主治医、小森に顔を向ける。
 黒髪の小森はカルテから目をあげて陽向に身体を向けた。170弱の陽向より更に小柄な小森の眼鏡の奥の大きな瞳が陽向を捉えた。

「理由は、何かきっとあるのでしょう。ただそれが薬剤への耐性獲得なのか、年齢的なものなのか、体質の変化なのか、はたまたそれ以外の要因、今回で言えば住環境の変化、ですかね。しかしどれもこれが主たる原因だと確かめる事は今の技術では出来ません」
「そうですか」

 陽向は眉根を寄せ膝に目を落とした。

「今言えるのは引き続き同じ抑制剤を使うとまた発情を抑えられない可能性があるので、今までとは違うタイプの抑制剤を試してみるか、ですね」
「そうですか。発情期がすごくきつかったので、……次の薬は、その、絶対効く、訳ではないんですよね」

 ぎゅっと入院着を握る。もう二度とあんなに苦しい思いをしたくない。

「そうですよね。私もΩなので、お気持ちは分かります。ただ薬は使ってみないと分かりません。もうひとつ道があるとすれば、」

 一度言葉を切った小森は一息吐き出して、「恋人や伴侶、発情期を過ごす方が現れるとまあ、抑える必要はなくなります。三田村さんの場合は次の発情期が本当に抑えられないのか、初めての事なので予測が立ちませんから、すぐにでもパートナーを、と勧めるほどでもないと考えます」と続けながらデスクの引き出しから一枚の紙を取り出し陽向に渡した。
 ピンク地に左右から伸びた手をピタリと合わせているイラストとα、Ωの出会いをサポート、とある。病院の掲示板によく貼ってある確か公的機関の結婚斡旋案内ポスターと同じものだ。
 本気かよ、と思う気持ちと、もしかして、母親がたくさん見合いを勧めてきたのは母親自身がこんな発情期を耐えてきたからなのか、と思う気持ちが交錯する。
 血の気が引く思いで、「あ、まず、薬を、お願いします」とようやく絞りだし陽向は貰ったチラシを折った。
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