36 / 76
運命のつがいと初恋 第2章
⑬
しおりを挟む
陽向が次にちゃんと目が覚めたのは、年を越してすぐだった。
それまでうっすら起きて、ほんの少し普通でいられるもののだんだんと身体が熱く苦しくなって注射を打って昏睡するを繰り返していた。
そのほんの少し普通でいられたとき、なんとか実家に連絡した。
発情期で病院に入院しているなんて、とんでもなく心配させるので忙しいから落ち着いてから帰るね、と電話出来て良かった。
救急車で運ばれたときスマホ持って、着替え持って、なんて余裕はなく、全部東園が用意し、Ω病棟はα性の立ち入りが禁止されているので病院に預けてくれた。マンションにすっかり忘れて帰っていたΩ受診手帳もだ。
一人暮らしではなく、東園宅に住み込んでいて良かったと思う。
ベッドから立ち上がろうとして、頭がふらりとする。
しばらく寝たきりのような生活だったからだろう、改めてベッドサイドに立ってみてうーんと伸びをする。頭も身体もなんとなくすっきりした感じがする。
窓べにはオレンジや黄色がメインの花が飾ってありその向こう、窓の外には雪がちらついていた。
「三田村さん、入りますよ」
こんこんとドアを叩く音と、聞きなれた担当看護師、大川ゆうかの声がした。
「具合どうですか? まず、お熱計りましょうか」
「今日はまだ苦しい感じしないです」
渡された体温計を脇にいれ、しばらく問診を受けているとピピと終了の合図が鳴った。
「うん、熱はないですね」
「あの、もう、発情期、終わりましたかね?」
発情期とはこんなに大変なのかと陽向は身を持って分かった。
やっと日常と同じ感覚で目覚め、ここ数時間苦しむ事なく過ごせている。もう終わっていて欲しい。
「そうですね、12月の23日からだから今日で……10日ですね。通常、ヤマは最初の二日ほど、全体で一週間前後なので、そろそろ終わっても良い頃合いですが。午後から担当の小森先生の診察があるから、その時説明があると思いますよ」
陽向が神妙に頷くと、年末から大変でしたよね、と労われた。
「こんなに大変とは思わなかった」
思わず漏らした言葉に大川が「分かります」と頷いた。
ここの病棟の看護師はΩが多く大川もΩと言っていた。
「大川さんもきついですか?」
「若いときはきつかったですよ。以前の三田村さんのように薬でしっかり抑えられている方は少数ですから」
確かに、今まで主治医の小森から本当に発情期を感じないのか毎回聞かれていた。それだけ薬が身体に合うことが少ないのだろうか。
「今は合うお薬が分かった感じですか?」
大川は一瞬目を見開いて、苦笑した。
「いえいえ、番が出来たので。じゃあ体調がいいときにしっかり食べてくださいね」
「あ、はい」
大川が病室を出た後、ベッドサイドのテーブルでスマホが震えたので手に取った。
誰かは分かっている、東園だ。
見るとやっぱりそうで、体調を心配する言葉と退院日の確認だった。
年末年始に迷惑をかけてしまったし、かけ方が問題ですごく気まずい。
錯乱していたから、陽向はあまり救急車に乗ったときのことを覚えていない。が、自分が自慰した事実はしっかり覚えているのでそれを隠せていたのかすごくすごく気になる。
東園が見てる前で万が一にもしていたら恥ずかしさで気が狂うだろう、が、陽向には確認する勇気は無い。
入院した日からたくさんのメッセージが入っている。今なら体調が良くなったと答えられそうだがためらってしまう。
貰ったメッセージを見る限り、東園の方に気不味さはなさそうで気にしている方がおかしいのかもしれない。あの東園の事だ、今までに発情したΩと関係を持ったこともあるだろう。そんなもんだと思ってくれているといいのだけど。
悶々としている間に昼ご飯が出てきてひとまずスマホは置いて食べることにした。
「発情期は過ぎましたね。ただ初めてなので期間も定かでないし、万が一戻りがあってもいけませんので、退院は明後日にしましょうか。今後の抑制剤についてですが、」
「あ、あのっ、どうして今回、発情期が抑えられなかったのでしょうか、今まではちゃんと、ちゃんと効いていたのに」
今まで抑制剤を貰うため定期的に訪れていた診察室だが、普段と緊張感が全く違う。
丸椅子を軋ませながら陽向はぐっと背を伸ばし主治医、小森に顔を向ける。
黒髪の小森はカルテから目をあげて陽向に身体を向けた。170弱の陽向より更に小柄な小森の眼鏡の奥の大きな瞳が陽向を捉えた。
「理由は、何かきっとあるのでしょう。ただそれが薬剤への耐性獲得なのか、年齢的なものなのか、体質の変化なのか、はたまたそれ以外の要因、今回で言えば住環境の変化、ですかね。しかしどれもこれが主たる原因だと確かめる事は今の技術では出来ません」
「そうですか」
陽向は眉根を寄せ膝に目を落とした。
「今言えるのは引き続き同じ抑制剤を使うとまた発情を抑えられない可能性があるので、今までとは違うタイプの抑制剤を試してみるか、ですね」
「そうですか。発情期がすごくきつかったので、……次の薬は、その、絶対効く、訳ではないんですよね」
ぎゅっと入院着を握る。もう二度とあんなに苦しい思いをしたくない。
「そうですよね。私もΩなので、お気持ちは分かります。ただ薬は使ってみないと分かりません。もうひとつ道があるとすれば、」
一度言葉を切った小森は一息吐き出して、「恋人や伴侶、発情期を過ごす方が現れるとまあ、抑える必要はなくなります。三田村さんの場合は次の発情期が本当に抑えられないのか、初めての事なので予測が立ちませんから、すぐにでもパートナーを、と勧めるほどでもないと考えます」と続けながらデスクの引き出しから一枚の紙を取り出し陽向に渡した。
ピンク地に左右から伸びた手をピタリと合わせているイラストとα、Ωの出会いをサポート、とある。病院の掲示板によく貼ってある確か公的機関の結婚斡旋案内ポスターと同じものだ。
本気かよ、と思う気持ちと、もしかして、母親がたくさん見合いを勧めてきたのは母親自身がこんな発情期を耐えてきたからなのか、と思う気持ちが交錯する。
血の気が引く思いで、「あ、まず、薬を、お願いします」とようやく絞りだし陽向は貰ったチラシを折った。
それまでうっすら起きて、ほんの少し普通でいられるもののだんだんと身体が熱く苦しくなって注射を打って昏睡するを繰り返していた。
そのほんの少し普通でいられたとき、なんとか実家に連絡した。
発情期で病院に入院しているなんて、とんでもなく心配させるので忙しいから落ち着いてから帰るね、と電話出来て良かった。
救急車で運ばれたときスマホ持って、着替え持って、なんて余裕はなく、全部東園が用意し、Ω病棟はα性の立ち入りが禁止されているので病院に預けてくれた。マンションにすっかり忘れて帰っていたΩ受診手帳もだ。
一人暮らしではなく、東園宅に住み込んでいて良かったと思う。
ベッドから立ち上がろうとして、頭がふらりとする。
しばらく寝たきりのような生活だったからだろう、改めてベッドサイドに立ってみてうーんと伸びをする。頭も身体もなんとなくすっきりした感じがする。
窓べにはオレンジや黄色がメインの花が飾ってありその向こう、窓の外には雪がちらついていた。
「三田村さん、入りますよ」
こんこんとドアを叩く音と、聞きなれた担当看護師、大川ゆうかの声がした。
「具合どうですか? まず、お熱計りましょうか」
「今日はまだ苦しい感じしないです」
渡された体温計を脇にいれ、しばらく問診を受けているとピピと終了の合図が鳴った。
「うん、熱はないですね」
「あの、もう、発情期、終わりましたかね?」
発情期とはこんなに大変なのかと陽向は身を持って分かった。
やっと日常と同じ感覚で目覚め、ここ数時間苦しむ事なく過ごせている。もう終わっていて欲しい。
「そうですね、12月の23日からだから今日で……10日ですね。通常、ヤマは最初の二日ほど、全体で一週間前後なので、そろそろ終わっても良い頃合いですが。午後から担当の小森先生の診察があるから、その時説明があると思いますよ」
陽向が神妙に頷くと、年末から大変でしたよね、と労われた。
「こんなに大変とは思わなかった」
思わず漏らした言葉に大川が「分かります」と頷いた。
ここの病棟の看護師はΩが多く大川もΩと言っていた。
「大川さんもきついですか?」
「若いときはきつかったですよ。以前の三田村さんのように薬でしっかり抑えられている方は少数ですから」
確かに、今まで主治医の小森から本当に発情期を感じないのか毎回聞かれていた。それだけ薬が身体に合うことが少ないのだろうか。
「今は合うお薬が分かった感じですか?」
大川は一瞬目を見開いて、苦笑した。
「いえいえ、番が出来たので。じゃあ体調がいいときにしっかり食べてくださいね」
「あ、はい」
大川が病室を出た後、ベッドサイドのテーブルでスマホが震えたので手に取った。
誰かは分かっている、東園だ。
見るとやっぱりそうで、体調を心配する言葉と退院日の確認だった。
年末年始に迷惑をかけてしまったし、かけ方が問題ですごく気まずい。
錯乱していたから、陽向はあまり救急車に乗ったときのことを覚えていない。が、自分が自慰した事実はしっかり覚えているのでそれを隠せていたのかすごくすごく気になる。
東園が見てる前で万が一にもしていたら恥ずかしさで気が狂うだろう、が、陽向には確認する勇気は無い。
入院した日からたくさんのメッセージが入っている。今なら体調が良くなったと答えられそうだがためらってしまう。
貰ったメッセージを見る限り、東園の方に気不味さはなさそうで気にしている方がおかしいのかもしれない。あの東園の事だ、今までに発情したΩと関係を持ったこともあるだろう。そんなもんだと思ってくれているといいのだけど。
悶々としている間に昼ご飯が出てきてひとまずスマホは置いて食べることにした。
「発情期は過ぎましたね。ただ初めてなので期間も定かでないし、万が一戻りがあってもいけませんので、退院は明後日にしましょうか。今後の抑制剤についてですが、」
「あ、あのっ、どうして今回、発情期が抑えられなかったのでしょうか、今まではちゃんと、ちゃんと効いていたのに」
今まで抑制剤を貰うため定期的に訪れていた診察室だが、普段と緊張感が全く違う。
丸椅子を軋ませながら陽向はぐっと背を伸ばし主治医、小森に顔を向ける。
黒髪の小森はカルテから目をあげて陽向に身体を向けた。170弱の陽向より更に小柄な小森の眼鏡の奥の大きな瞳が陽向を捉えた。
「理由は、何かきっとあるのでしょう。ただそれが薬剤への耐性獲得なのか、年齢的なものなのか、体質の変化なのか、はたまたそれ以外の要因、今回で言えば住環境の変化、ですかね。しかしどれもこれが主たる原因だと確かめる事は今の技術では出来ません」
「そうですか」
陽向は眉根を寄せ膝に目を落とした。
「今言えるのは引き続き同じ抑制剤を使うとまた発情を抑えられない可能性があるので、今までとは違うタイプの抑制剤を試してみるか、ですね」
「そうですか。発情期がすごくきつかったので、……次の薬は、その、絶対効く、訳ではないんですよね」
ぎゅっと入院着を握る。もう二度とあんなに苦しい思いをしたくない。
「そうですよね。私もΩなので、お気持ちは分かります。ただ薬は使ってみないと分かりません。もうひとつ道があるとすれば、」
一度言葉を切った小森は一息吐き出して、「恋人や伴侶、発情期を過ごす方が現れるとまあ、抑える必要はなくなります。三田村さんの場合は次の発情期が本当に抑えられないのか、初めての事なので予測が立ちませんから、すぐにでもパートナーを、と勧めるほどでもないと考えます」と続けながらデスクの引き出しから一枚の紙を取り出し陽向に渡した。
ピンク地に左右から伸びた手をピタリと合わせているイラストとα、Ωの出会いをサポート、とある。病院の掲示板によく貼ってある確か公的機関の結婚斡旋案内ポスターと同じものだ。
本気かよ、と思う気持ちと、もしかして、母親がたくさん見合いを勧めてきたのは母親自身がこんな発情期を耐えてきたからなのか、と思う気持ちが交錯する。
血の気が引く思いで、「あ、まず、薬を、お願いします」とようやく絞りだし陽向は貰ったチラシを折った。
20
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
幼馴染は僕を選ばない。
佳乃
BL
ずっと続くと思っていた〈腐れ縁〉は〈腐った縁〉だった。
僕は好きだったのに、ずっと一緒にいられると思っていたのに。
僕がいた場所は僕じゃ無い誰かの場所となり、繋がっていると思っていた縁は腐り果てて切れてしまった。
好きだった。
好きだった。
好きだった。
離れることで断ち切った縁。
気付いた時に断ち切られていた縁。
辛いのは、苦しいのは彼なのか、僕なのか…。
Ωの愛なんて幻だ
相音仔
BL
男性オメガの地位が最底辺の世界から、Ωが大事に愛しまれている世界へと迷い込んでしまった青年。
愛されているのは分かるのに、育った世界の常識のせいで、なかなか素直になれない日々。
このひとの愛はホンモノなのだろうか?自分はいったいどうすればいいのだろう。
「Ωの愛なんて幻だ」そう思っていた青年が答えを見つけるまでの物語。
※この小説はムーンライトノベルズでも投稿しています。向こうでは完結済み。
投稿は基本毎日22時。(休日のみ12時30と22時の2回)
・固定CP α(貴族・穏やか・敬語・年上)×Ω(幸薄・無気力・流されやすい・年下)
・ちょっと不思議な設定がある程度でファンタジー(魔法)割合は低め。
・オメガバースで本番ありなので、18歳未満の方はNG。そこそこの描写がある回はタイトルまえに※入れてあります。
星降る夜に ~これは大人の純愛なのか。臆病者の足踏みか。~
大波小波
BL
鳴滝 和正(なるたき かずまさ)は、イベント会社に勤めるサラリーマンだ。
彼はある日、打ち合わせ先の空き時間を過ごしたプラネタリウムで、寝入ってしまう。
和正を優しく起こしてくれたのは、そこのナレーターを務める青年・清水 祐也(しみず ゆうや)だった。
祐也を気に入った和正は、頻繁にプラネタリウムに通うようになる。
夕食も共にするほど、親しくなった二人。
しかし祐也は夜のバイトが忙しく、なかなかデートの時間が取れなかった。
それでも彼と過ごした後は、心が晴れる和正だ。
浮かれ気分のまま、彼はボーイズ・バーに立ち寄った。
そしてスタッフメニューの中に、祐也の姿を見つけてしまう。
彼の夜の顔は、風俗店で働く男娼だったのだ……。
僕がそばにいる理由
腐男子ミルク
BL
佐藤裕貴はΩとして生まれた21歳の男性。αの夫と結婚し、表向きは穏やかな夫婦生活を送っているが、その実態は不完全なものだった。夫は裕貴を愛していると口にしながらも、家事や家庭の負担はすべて裕貴に押し付け、自分は何もしない。それでいて、裕貴が他の誰かと関わることには異常なほど敏感で束縛が激しい。性的な関係もないまま、裕貴は愛情とは何か、本当に満たされるとはどういうことかを見失いつつあった。
そんな中、裕貴の職場に新人看護師・宮野歩夢が配属される。歩夢は裕貴がΩであることを本能的に察しながらも、その事実を意に介さず、ただ一人の人間として接してくれるαだった。歩夢の純粋な優しさと、裕貴をありのまま受け入れる態度に触れた裕貴は、心の奥底にしまい込んでいた孤独と向き合わざるを得なくなる。歩夢と過ごす時間を重ねるうちに、彼の存在が裕貴にとって特別なものとなっていくのを感じていた。
しかし、裕貴は既婚者であり、夫との関係や社会的な立場に縛られている。愛情、義務、そしてΩとしての本能――複雑に絡み合う感情の中で、裕貴は自分にとって「真実の幸せ」とは何なのか、そしてその幸せを追い求める覚悟があるのかを問い始める。
束縛の中で見失っていた自分を取り戻し、裕貴が選び取る未来とは――。
愛と本能、自由と束縛が交錯するオメガバースの物語。
変異型Ωは鉄壁の貞操
田中 乃那加
BL
変異型――それは初めての性行為相手によってバースが決まってしまう突然変異種のこと。
男子大学生の金城 奏汰(かなしろ かなた)は変異型。
もしαに抱かれたら【Ω】に、βやΩを抱けば【β】に定着する。
奏汰はαが大嫌い、そして絶対にΩにはなりたくない。夢はもちろん、βの可愛いカノジョをつくり幸せな家庭を築くこと。
だから護身術を身につけ、さらに防犯グッズを持ち歩いていた。
ある日の歓楽街にて、β女性にからんでいたタチの悪い酔っ払いを次から次へとやっつける。
それを見た高校生、名張 龍也(なばり たつや)に一目惚れされることに。
当然突っぱねる奏汰と引かない龍也。
抱かれたくない男は貞操を守りきり、βのカノジョが出来るのか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる