婚約破棄された悪役令嬢ですが、なぜか変人侯爵に溺愛されてます

春夜夢

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第二部「風薫る港町と、新たな胎動」

第15話「産声、世界を照らす光

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夜が明けきる少し前。
 身体の奥から、はっきりとした“波”がやってきた。

 「っ……!」

 喉の奥で短く息が止まり、思わず布団を握り締める。
 いつもの胎動とは違う。
 ゆっくりと、けれど確実に、身体の内側が“開かれ始めている”のを感じた。

 「ア……レクシス様……」

 その名を呼ぶと、隣にいた彼がすぐに目を覚ました。

 「……レイナ? 今のは……」

 「来た、みたい……この子が、“生まれたい”って……」

 彼の瞳が、一瞬で覚悟の光に変わる。

 「侍女を――いや、医師と産婆もすぐに呼ぶ。準備を……!」

 アレクシスが部屋を飛び出していったその背中に、
 私は小さく微笑んだ。

 ――ああ、本当にこの人は“父”になろうとしているんだわ。

* * *

 午前の光が差し始めた頃には、部屋はすっかり「戦場」となっていた。

 清潔な水、白布、薬草の香り。
 産婆たちの慣れた手が私の周りを動き、低く抑えた声で合図を交わす。

 そしてその合間――
 アレクシスの手だけが、常に私の手を包んでいた。

 「大丈夫だ、レイナ。君は強い。ずっとそうだった。だから、今も絶対に……!」

 「わかって、ます……でも……っ」

 波のように襲いかかる陣痛に、思わず涙が滲む。
 身体が裂けそうだった。
 けれど、どこかで“この痛みは、進んでいる証”だと分かっていた。

 「この子に、会うための道……」

 私は息を整えながら、何度も心で唱えた。

 「――この子に、“ようこそ”って言うための……!」

* * *

 昼を過ぎた頃。

 医師の声が、はっきりと告げた。

 「……頭が見えます! レイナ様、あともう少し……!」

 痛みの波が、最高潮に達する。
 身体が、引き裂かれるほどの感覚に包まれる。

 「……アレクシス様っ……!」

 「ここにいる、ずっといる! しっかり、レイナ……!」

 最後の力を振り絞る。
 手を、声を、すべてを。

 そして――

 産声が、空気を割いた。

 「……おぎゃあ……っ、おぎゃあ……!」

 その声を聞いた瞬間、私はすべての痛みが遠のいていくのを感じた。

 涙が、止まらなかった。

 「……生まれた……」

 「……生まれてくれたんだ……」

 アレクシスも、泣いていた。

 静かに、生まれたばかりの小さな命が、私の胸元に置かれる。

 温かくて、柔らかくて、
 けれどこの上なく確かな“いのち”だった。

 「……ようこそ、あなた」

 私は、その小さな額にそっとキスを落とした。

* * *

 その夜。

 王宮では、鐘がひとつ鳴らされた。

 「王政にて語られし、胎の騒乱。
 これを越えて、新たな命が生まれたことをここに告ぐ――」

 王妃陛下が静かに告知を読み上げ、王都の空は、その瞬間だけ凪いだ。

 誰もが知っていた。

 この子は、王ではない。
 だが、この子の産声が、王よりも多くの人々の心を揺らしたのだと。

* * *

 レイナは眠っていた。

 その隣で、アレクシスは、初めて腕の中の赤子を見下ろしていた。

 「……君の声を聞いた時、世界が少し明るくなった気がしたよ」

 彼はそっと赤子の小さな手に指を重ねた。

 「君が生きるこの世界が、優しさで満ちますように。
 君の母が、命を懸けてそう祈ってくれたから……僕は、それを守り続けるよ」

 アレクシスの瞳が、静かに潤んでいた。

 「ようこそ、我が子よ。
 君が生きるこの日々を、これから一緒に歩こう」
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