48 / 70
第三部「継ぐ者の光、試される未来」
第8話:名前を出すか、名を隠すか
しおりを挟む
「……この詩集の出版にあたり、“作者名”をどうするか、ご本人とご家族でご判断をお願いします」
詩学局から正式に届いた文書には、そう書かれていた。
> 『エリア・グランデ嬢による、第一詩集の刊行について』
> 『対象:王都内の文芸関係者、王政記録保管庁、王宮図書館への寄贈を予定』
> 『※身元に関する明記は任意。仮名での出版も可』
机に広げられた紙を前に、エリアは少しだけ俯いていた。
「“名前を出す”ってことは、わたしが“誰か”として見られることになるってことなんだよね?」
「そうね。きっと、“あのレイナ様の娘”って、また言われるわ」
レイナの言葉に、エリアは唇をきゅっと結んだ。
「……だったら、出したくないって、思っちゃう。
わたしの詩は、わたしの“気持ち”なのに」
「けれど、あなたが“あなたとして書いた詩”であることは、否定できないわ。
この名前を隠すことも、自分を守る一つの手段。
でも、出すことは“責任を持つ”という選択でもある」
エリアは、ぐっと考え込んだ。
* * *
その夜、アレクシスとふたりで屋敷の書庫を歩いていたとき。
「お父様。……お父様は、“名前を隠したい”って思ったこと、ある?」
その問いに、アレクシスは少しだけ笑った。
「あるよ。昔、まだ“グランベール家の子”だった頃はな。
“王の甥”とか、“次代の重荷”とか、勝手に肩書きを背負わせられた」
「でも……お父様は、逃げなかったよね?」
「逃げられるほど、器用じゃなかっただけさ」
アレクシスはそう言ってから、エリアの頭をぽんと撫でた。
「でもな、エリア。“名前を出す”っていうのは、戦うための武器でもある。
逃げない強さじゃない。“誰かの代わりにならない”と決める覚悟なんだ」
「……誰かの代わり、じゃない」
「そう。“レイナの娘”じゃなく、“エリア”として語るなら――名乗っていい」
エリアは、静かにうなずいた。
「……わたし、“名前を出して”出す。
詩が届いたとき、“誰に届いたか”って、わたし自身がちゃんと受け取りたいから」
「……そうか。それなら――」
アレクシスは背後に控えていた副官に命じる。
「エリアの護衛名簿を更新しろ。
“彼女が名を名乗る”ということは、敵もまた“姿を見せる”ということだ」
* * *
翌朝、レイナは王妃陛下にその決断を報告した。
「……娘は、自分の名を名乗って出版したいと申しました。
その選択は、私の意志ではありません。
ですが、母として誇らしく思っております」
王妃は一通り文書を読み終え、静かに笑った。
「ならば私も、王政としてこの名を受け入れましょう。
“レイナの娘”ではなく、“エリア”として」
そして、王妃はそっと付け加える。
「この子は、“名を使う覚悟”を知ってしまった。
ならば私たちは、“名を守る覚悟”を持ち続けなければなりませんね」
* * *
出版の日は、まだ先の話。
けれどその準備は、静かに始まっていた。
エリアは、自室で原稿を束ねながら、そっと呟いた。
「わたしの名前が、誰かの心に届いたらいいな。
それが、“お母様の名”でも、“王宮の娘”でもなくて、
“ただのエリア”として――」
詩学局から正式に届いた文書には、そう書かれていた。
> 『エリア・グランデ嬢による、第一詩集の刊行について』
> 『対象:王都内の文芸関係者、王政記録保管庁、王宮図書館への寄贈を予定』
> 『※身元に関する明記は任意。仮名での出版も可』
机に広げられた紙を前に、エリアは少しだけ俯いていた。
「“名前を出す”ってことは、わたしが“誰か”として見られることになるってことなんだよね?」
「そうね。きっと、“あのレイナ様の娘”って、また言われるわ」
レイナの言葉に、エリアは唇をきゅっと結んだ。
「……だったら、出したくないって、思っちゃう。
わたしの詩は、わたしの“気持ち”なのに」
「けれど、あなたが“あなたとして書いた詩”であることは、否定できないわ。
この名前を隠すことも、自分を守る一つの手段。
でも、出すことは“責任を持つ”という選択でもある」
エリアは、ぐっと考え込んだ。
* * *
その夜、アレクシスとふたりで屋敷の書庫を歩いていたとき。
「お父様。……お父様は、“名前を隠したい”って思ったこと、ある?」
その問いに、アレクシスは少しだけ笑った。
「あるよ。昔、まだ“グランベール家の子”だった頃はな。
“王の甥”とか、“次代の重荷”とか、勝手に肩書きを背負わせられた」
「でも……お父様は、逃げなかったよね?」
「逃げられるほど、器用じゃなかっただけさ」
アレクシスはそう言ってから、エリアの頭をぽんと撫でた。
「でもな、エリア。“名前を出す”っていうのは、戦うための武器でもある。
逃げない強さじゃない。“誰かの代わりにならない”と決める覚悟なんだ」
「……誰かの代わり、じゃない」
「そう。“レイナの娘”じゃなく、“エリア”として語るなら――名乗っていい」
エリアは、静かにうなずいた。
「……わたし、“名前を出して”出す。
詩が届いたとき、“誰に届いたか”って、わたし自身がちゃんと受け取りたいから」
「……そうか。それなら――」
アレクシスは背後に控えていた副官に命じる。
「エリアの護衛名簿を更新しろ。
“彼女が名を名乗る”ということは、敵もまた“姿を見せる”ということだ」
* * *
翌朝、レイナは王妃陛下にその決断を報告した。
「……娘は、自分の名を名乗って出版したいと申しました。
その選択は、私の意志ではありません。
ですが、母として誇らしく思っております」
王妃は一通り文書を読み終え、静かに笑った。
「ならば私も、王政としてこの名を受け入れましょう。
“レイナの娘”ではなく、“エリア”として」
そして、王妃はそっと付け加える。
「この子は、“名を使う覚悟”を知ってしまった。
ならば私たちは、“名を守る覚悟”を持ち続けなければなりませんね」
* * *
出版の日は、まだ先の話。
けれどその準備は、静かに始まっていた。
エリアは、自室で原稿を束ねながら、そっと呟いた。
「わたしの名前が、誰かの心に届いたらいいな。
それが、“お母様の名”でも、“王宮の娘”でもなくて、
“ただのエリア”として――」
0
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?
いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー
これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。
「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」
「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」
冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。
あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。
ショックで熱をだし寝込むこと1週間。
目覚めると夫がなぜか豹変していて…!?
「君から話し掛けてくれないのか?」
「もう君が隣にいないのは考えられない」
無口不器用夫×優しい鈍感妻
すれ違いから始まる両片思いストーリー
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。
千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。
だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。
いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……?
と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。
地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに
有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。
選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。
地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。
失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。
「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」
彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。
そして、私は彼の正妃として王都へ……
【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜
くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。
味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。
――けれど、彼らは知らなかった。
彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。
すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、
復讐ではなく「関わらない」という選択。
だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。
悪役令嬢の身代わりで追放された侍女、北の地で才能を開花させ「氷の公爵」を溶かす
黒崎隼人
ファンタジー
「お前の罪は、万死に値する!」
公爵令嬢アリアンヌの罪をすべて被せられ、侍女リリアは婚約破棄の茶番劇のスケープゴートにされた。
忠誠を尽くした主人に裏切られ、誰にも信じてもらえず王都を追放される彼女に手を差し伸べたのは、彼女を最も蔑んでいたはずの「氷の公爵」クロードだった。
「君が犯人でないことは、最初から分かっていた」
冷徹な仮面の裏に隠された真実と、予想外の庇護。
彼の領地で、リリアは内に秘めた驚くべき才能を開花させていく。
一方、有能な「影」を失った王太子と悪役令嬢は、自滅の道を転がり落ちていく。
これは、地味な侍女が全てを覆し、世界一の愛を手に入れる、痛快な逆転シンデレラストーリー。
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、
冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまう
リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、
悪役令嬢として断罪された少女が、
「誰かの物語の脇役」ではなく、
自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、
彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる