婚約破棄された悪役令嬢ですが、なぜか変人侯爵に溺愛されてます

春夜夢

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第三部「継ぐ者の光、試される未来」

第8話:名前を出すか、名を隠すか

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 「……この詩集の出版にあたり、“作者名”をどうするか、ご本人とご家族でご判断をお願いします」

 詩学局から正式に届いた文書には、そう書かれていた。

 > 『エリア・グランデ嬢による、第一詩集の刊行について』
 > 『対象:王都内の文芸関係者、王政記録保管庁、王宮図書館への寄贈を予定』
 > 『※身元に関する明記は任意。仮名での出版も可』

 机に広げられた紙を前に、エリアは少しだけ俯いていた。

 「“名前を出す”ってことは、わたしが“誰か”として見られることになるってことなんだよね?」

 「そうね。きっと、“あのレイナ様の娘”って、また言われるわ」

 レイナの言葉に、エリアは唇をきゅっと結んだ。

 「……だったら、出したくないって、思っちゃう。
  わたしの詩は、わたしの“気持ち”なのに」

 「けれど、あなたが“あなたとして書いた詩”であることは、否定できないわ。
  この名前を隠すことも、自分を守る一つの手段。
  でも、出すことは“責任を持つ”という選択でもある」

 エリアは、ぐっと考え込んだ。

* * *

 その夜、アレクシスとふたりで屋敷の書庫を歩いていたとき。

 「お父様。……お父様は、“名前を隠したい”って思ったこと、ある?」

 その問いに、アレクシスは少しだけ笑った。

 「あるよ。昔、まだ“グランベール家の子”だった頃はな。
  “王の甥”とか、“次代の重荷”とか、勝手に肩書きを背負わせられた」

 「でも……お父様は、逃げなかったよね?」

 「逃げられるほど、器用じゃなかっただけさ」

 アレクシスはそう言ってから、エリアの頭をぽんと撫でた。

 「でもな、エリア。“名前を出す”っていうのは、戦うための武器でもある。
  逃げない強さじゃない。“誰かの代わりにならない”と決める覚悟なんだ」

 「……誰かの代わり、じゃない」

 「そう。“レイナの娘”じゃなく、“エリア”として語るなら――名乗っていい」

 エリアは、静かにうなずいた。

 「……わたし、“名前を出して”出す。
  詩が届いたとき、“誰に届いたか”って、わたし自身がちゃんと受け取りたいから」

 「……そうか。それなら――」

 アレクシスは背後に控えていた副官に命じる。

 「エリアの護衛名簿を更新しろ。
  “彼女が名を名乗る”ということは、敵もまた“姿を見せる”ということだ」

* * *

 翌朝、レイナは王妃陛下にその決断を報告した。

 「……娘は、自分の名を名乗って出版したいと申しました。
  その選択は、私の意志ではありません。
  ですが、母として誇らしく思っております」

 王妃は一通り文書を読み終え、静かに笑った。

 「ならば私も、王政としてこの名を受け入れましょう。
  “レイナの娘”ではなく、“エリア”として」

 そして、王妃はそっと付け加える。

 「この子は、“名を使う覚悟”を知ってしまった。
  ならば私たちは、“名を守る覚悟”を持ち続けなければなりませんね」

* * *

 出版の日は、まだ先の話。

 けれどその準備は、静かに始まっていた。

 エリアは、自室で原稿を束ねながら、そっと呟いた。

 「わたしの名前が、誰かの心に届いたらいいな。
  それが、“お母様の名”でも、“王宮の娘”でもなくて、
  “ただのエリア”として――」
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