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第10話 結婚勅令と最後の陰謀、そして宰相閣下の決断
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――その日、王都に勅令が発された。
「王命により、宰相ルシアス・ディエンツ公爵と、その婚約者エルネア・レイベルト嬢は、
次月初頭、王都大聖堂にて正式に結婚式を執り行うものとする」
王宮前広場にて読み上げられたその勅命は、瞬く間に王都全域へと広まり、
市民は「冷酷宰相がついに花嫁を迎える」と騒ぎ立てた。
だが、当の本人――ルシアス閣下は、変わらぬ冷静さを保っていた。
「王命であろうと関係ない。……私の意志で君を迎える。それだけのことだ」
その言葉に、私は思わず微笑んだ。
(この人は、誰よりも不器用で、誰よりも真っ直ぐだ)
婚約を「公務」ではなく、「愛」として語るようになった彼に、
私は何度も心を奪われていた。
しかし、その幸福の陰で、最後の陰謀が動き始めていた。
* * *
「――明日の晩餐会で、全てを終わらせましょう」
幽閉を命じられたはずのリアナ・レイベルトは、王宮内の女官の一人に成りすまし、
なんと「王妃主催の前夜祭」への侵入を企てていた。
目的はただ一つ。
「彼女を消す。……式当日、彼の腕を空席にするのよ」
かつての美貌はやつれ、頬もこけ、眼には狂気だけが宿っていた。
失った愛、崩れた名誉、そして――彼女の唯一の幻想、「ルシアス様の傍にいられるはずだった未来」。
(壊してやる……妹ごと……その女ごと……)
彼女は、もう“姉”ではなかった。
ただの、執着に魂を焼かれた亡霊。
* * *
そして、王妃主催の“戴冠前夜祭”。
それは婚礼前日、王族・宰相・高官たちが一堂に会し、婚姻と未来を祝う神聖な宴。
私は緊張しながらも、王妃陛下にご挨拶し、来賓に礼を尽くしながら、ルシアス閣下の隣に立ち続けた。
(こんなにも多くの人が見ているのに、不思議と怖くない)
それは彼が、すぐそばにいてくれるから。
どんな視線からも、どんな疑念からも――私を守ってくれると知っているから。
だが、事件はその宴の終盤で起こった。
「失礼いたします――茶菓子をお持ちしました」
そう言ってトレイを運んできた侍女の顔を、私は見逃さなかった。
一瞬だけ、青ざめた頬。
ふと伏せた目。
……リアナだった。
(なぜ、ここに……?)
彼女は私の目の前にティーカップを置きながら、囁いた。
「……飲んだら、終わりよ。……全部、あなたの物語は」
瞬間、背筋が凍る。
だが私が動くより早く、杯はすでに宰相閣下の手に奪われ、カップは床に叩きつけられた。
「――そこまでだ、リアナ・レイベルト」
冷酷な声が広間に響く。
衛兵が即座に取り囲み、女官に扮していたリアナは、ついに拘束された。
「毒物が混入されていた。解析の結果、致死量に達する可能性が高い」
事前に「何か」を察していたルシアス閣下は、警備の配置を密かに強化し、茶の成分にまで目を光らせていたのだった。
「……どうして……」
リアナは呆然とつぶやいた。
「どうして……私じゃないの……?」
「それは簡単だ」
宰相は静かに言い放つ。
「――君が“自分しか愛せなかった”のに対して、
エルネアは“他人を信じ、守り、与えることを知っていた”からだ」
「愛される器ではなかった。それだけのことだ」
リアナは絶句し、涙とも嗚咽ともつかぬ音を上げながら、衛兵たちに連れられて広間を去っていった。
会場は静まり返った。
そして国王は厳かに立ち上がり、全員の前で宣言した。
「本日をもって、エルネア=レイベルト嬢を、王家の守護における“第一位宰相夫人”と認定する。
明日の婚礼は、王家の名において保証され、祝福されるものであると、ここに告ぐ」
* * *
夜。
静かな部屋にて、私はルシアス閣下の横顔を見つめていた。
「……あなたの言葉、嬉しかった」
「……どれのことだ?」
「“すべては、君のためにある”って。
――あの瞬間、心の奥でずっと孤独だった自分が、救われた気がしたの」
ルシアスは、私の手を取り、静かに口づけた。
「明日、君は私の妻になる」
「はい」
「それは――国家の宰相の妻ではなく、
“ルシアス・ディエンツという一人の男の、たった一人の妻”になるということだ」
「……私は、あなたを選びます。明日も、明後日も――何度でも」
そして、唇がそっと重なった。
夜の静けさの中で、
その誓いは、誰にも聞かれずに
確かに“ふたりの未来”に刻まれていった――。
「王命により、宰相ルシアス・ディエンツ公爵と、その婚約者エルネア・レイベルト嬢は、
次月初頭、王都大聖堂にて正式に結婚式を執り行うものとする」
王宮前広場にて読み上げられたその勅命は、瞬く間に王都全域へと広まり、
市民は「冷酷宰相がついに花嫁を迎える」と騒ぎ立てた。
だが、当の本人――ルシアス閣下は、変わらぬ冷静さを保っていた。
「王命であろうと関係ない。……私の意志で君を迎える。それだけのことだ」
その言葉に、私は思わず微笑んだ。
(この人は、誰よりも不器用で、誰よりも真っ直ぐだ)
婚約を「公務」ではなく、「愛」として語るようになった彼に、
私は何度も心を奪われていた。
しかし、その幸福の陰で、最後の陰謀が動き始めていた。
* * *
「――明日の晩餐会で、全てを終わらせましょう」
幽閉を命じられたはずのリアナ・レイベルトは、王宮内の女官の一人に成りすまし、
なんと「王妃主催の前夜祭」への侵入を企てていた。
目的はただ一つ。
「彼女を消す。……式当日、彼の腕を空席にするのよ」
かつての美貌はやつれ、頬もこけ、眼には狂気だけが宿っていた。
失った愛、崩れた名誉、そして――彼女の唯一の幻想、「ルシアス様の傍にいられるはずだった未来」。
(壊してやる……妹ごと……その女ごと……)
彼女は、もう“姉”ではなかった。
ただの、執着に魂を焼かれた亡霊。
* * *
そして、王妃主催の“戴冠前夜祭”。
それは婚礼前日、王族・宰相・高官たちが一堂に会し、婚姻と未来を祝う神聖な宴。
私は緊張しながらも、王妃陛下にご挨拶し、来賓に礼を尽くしながら、ルシアス閣下の隣に立ち続けた。
(こんなにも多くの人が見ているのに、不思議と怖くない)
それは彼が、すぐそばにいてくれるから。
どんな視線からも、どんな疑念からも――私を守ってくれると知っているから。
だが、事件はその宴の終盤で起こった。
「失礼いたします――茶菓子をお持ちしました」
そう言ってトレイを運んできた侍女の顔を、私は見逃さなかった。
一瞬だけ、青ざめた頬。
ふと伏せた目。
……リアナだった。
(なぜ、ここに……?)
彼女は私の目の前にティーカップを置きながら、囁いた。
「……飲んだら、終わりよ。……全部、あなたの物語は」
瞬間、背筋が凍る。
だが私が動くより早く、杯はすでに宰相閣下の手に奪われ、カップは床に叩きつけられた。
「――そこまでだ、リアナ・レイベルト」
冷酷な声が広間に響く。
衛兵が即座に取り囲み、女官に扮していたリアナは、ついに拘束された。
「毒物が混入されていた。解析の結果、致死量に達する可能性が高い」
事前に「何か」を察していたルシアス閣下は、警備の配置を密かに強化し、茶の成分にまで目を光らせていたのだった。
「……どうして……」
リアナは呆然とつぶやいた。
「どうして……私じゃないの……?」
「それは簡単だ」
宰相は静かに言い放つ。
「――君が“自分しか愛せなかった”のに対して、
エルネアは“他人を信じ、守り、与えることを知っていた”からだ」
「愛される器ではなかった。それだけのことだ」
リアナは絶句し、涙とも嗚咽ともつかぬ音を上げながら、衛兵たちに連れられて広間を去っていった。
会場は静まり返った。
そして国王は厳かに立ち上がり、全員の前で宣言した。
「本日をもって、エルネア=レイベルト嬢を、王家の守護における“第一位宰相夫人”と認定する。
明日の婚礼は、王家の名において保証され、祝福されるものであると、ここに告ぐ」
* * *
夜。
静かな部屋にて、私はルシアス閣下の横顔を見つめていた。
「……あなたの言葉、嬉しかった」
「……どれのことだ?」
「“すべては、君のためにある”って。
――あの瞬間、心の奥でずっと孤独だった自分が、救われた気がしたの」
ルシアスは、私の手を取り、静かに口づけた。
「明日、君は私の妻になる」
「はい」
「それは――国家の宰相の妻ではなく、
“ルシアス・ディエンツという一人の男の、たった一人の妻”になるということだ」
「……私は、あなたを選びます。明日も、明後日も――何度でも」
そして、唇がそっと重なった。
夜の静けさの中で、
その誓いは、誰にも聞かれずに
確かに“ふたりの未来”に刻まれていった――。
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