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第9話 襲撃と救出、そして「私のすべては君のためにある」
白薔薇が咲く並木道。
晴天のもと、私はルシアス閣下が手配してくれた馬車に揺られていた。
「まさか、こんな私が――王都最大の聖堂で、彼の花嫁になるなんて」
控えの騎士と侍女に囲まれながら、私は胸の中でそっと呟いた。
下見とはいえ、王家が関わる正式な婚礼に関する視察だ。
近衛騎士たちは念入りに周囲を警戒し、護衛は万全――そのはずだった。
けれど、あれはほんの一瞬の隙。
「……何か、臭いませんか?」
「――っ煙だ!」
騎士の声が響いたと同時に、馬車の前方で爆発音が上がる。
黒煙が立ち込め、木々の間から無数の影が現れた。
「伏せろ、エルネア様!」
私は侍女に抱きかかえられるようにして馬車の床へ倒れ込んだ。
ガンッ!と鈍い衝撃が馬車を揺らし、続けざまに矢が車体を貫く。
(……なに? これ……!)
視界の外で剣戟の音、騎士たちの叫び、駆ける馬の足音が混ざり合う。
「くっ……まさか、本当に――」
私は震える唇を押さえながら、ただ祈るように名を呼んだ。
「……閣下……ルシアス……!」
* * *
一方その頃――
王宮執務室にいたルシアス閣下は、書類の一文に目を落としたまま、突然立ち上がった。
「……嫌な予感が現実になるとはな」
彼は即座に近衛団長を呼びつけ、十数名の騎士を連れて礼拝堂方面へ馬を走らせた。
その瞳は静かに燃えていた。
(……エルネアを、失ってなるものか)
* * *
馬車の中は、煙と土埃に包まれていた。
侍女は気を失い、護衛の騎士は既に応戦のため外へ出ていた。
私は一人、車内に取り残された。
(怖い……けど、逃げなきゃ)
震える手で扉を開こうとした、その瞬間――
ガン、と何かがぶつかる音。
「見つけたぞ、お姫様」
黒ずくめの男がナイフを手に車内へと這い上がってくる。
「――来るなっ!」
私は思わず身を縮めた。
だが――
「来るなと言われて、来る者がいるかよ」
その冷たい笑みが、すぐ目の前に迫った、そのときだった。
「……お前に、彼女へ触れる権利などない」
冷たい、けれどどこか熱を帯びた声が、空気を裂いた。
男が振り向くと同時に、音もなく何かが閃き――
彼は次の瞬間、床に倒れ込んだ。
車外に立つ銀の髪の男――
その瞳は、炎に照らされる氷のように鋭く、そして恐ろしく冷静だった。
「……閣下……!」
私が声を上げると、彼は一歩、また一歩と近づき、そっと私を抱きしめた。
「……怪我はないか」
「わ、私は……無事です……けど、騎士の方々が……!」
「全員無事だ。私は遅れてしまったが、君を守るべき者たちはよくやった」
その言葉に、堪えていた涙がぶわっとあふれ出した。
「本当に……来てくれて……ありがとう……!」
「当然だ。……私が、迎えに来なければ、誰が君を守れる?」
私はそのまま、彼の胸に顔を埋めた。
震える手を握ってくれたのは、いつも厳しく、どこか遠かった宰相の手――
けれど、今はとても、あたたかい。
* * *
一連の事件は「外部勢力による襲撃」として処理され、
リアナの名は出されぬまま――静かに捜査が進められることとなった。
王は、この襲撃の報を受け、エルネアを国の“特別保護対象”に指定。
そしてその夜、彼はついに彼女の部屋を訪れた。
「……私は、自分でも驚いている」
「……何が、ですか?」
「君を失うと思った瞬間、全身の血が凍った。……私はずっと、国を守るために生きてきた。
けれど今日、初めて思った。――国よりも、君を守りたいと」
その言葉に、私は胸がいっぱいになった。
「ルシアス閣下……」
彼はゆっくりと、私の頬に触れ、囁いた。
「私のすべては、君のためにある。
この命も、未来も、君と歩むために使う。……だから、もう二度と、手放したりしない」
「……私も、同じです。どんな未来でも……あなたとなら、歩いていけます」
そして、そっと唇が触れた。
今度は、焦りでも、激情でもない。
静かで、深く、確かな愛の証。
誰かに決められた人生ではなく、
自ら選んだ運命を、ふたりで歩んでいくための、最初の夜だった。
晴天のもと、私はルシアス閣下が手配してくれた馬車に揺られていた。
「まさか、こんな私が――王都最大の聖堂で、彼の花嫁になるなんて」
控えの騎士と侍女に囲まれながら、私は胸の中でそっと呟いた。
下見とはいえ、王家が関わる正式な婚礼に関する視察だ。
近衛騎士たちは念入りに周囲を警戒し、護衛は万全――そのはずだった。
けれど、あれはほんの一瞬の隙。
「……何か、臭いませんか?」
「――っ煙だ!」
騎士の声が響いたと同時に、馬車の前方で爆発音が上がる。
黒煙が立ち込め、木々の間から無数の影が現れた。
「伏せろ、エルネア様!」
私は侍女に抱きかかえられるようにして馬車の床へ倒れ込んだ。
ガンッ!と鈍い衝撃が馬車を揺らし、続けざまに矢が車体を貫く。
(……なに? これ……!)
視界の外で剣戟の音、騎士たちの叫び、駆ける馬の足音が混ざり合う。
「くっ……まさか、本当に――」
私は震える唇を押さえながら、ただ祈るように名を呼んだ。
「……閣下……ルシアス……!」
* * *
一方その頃――
王宮執務室にいたルシアス閣下は、書類の一文に目を落としたまま、突然立ち上がった。
「……嫌な予感が現実になるとはな」
彼は即座に近衛団長を呼びつけ、十数名の騎士を連れて礼拝堂方面へ馬を走らせた。
その瞳は静かに燃えていた。
(……エルネアを、失ってなるものか)
* * *
馬車の中は、煙と土埃に包まれていた。
侍女は気を失い、護衛の騎士は既に応戦のため外へ出ていた。
私は一人、車内に取り残された。
(怖い……けど、逃げなきゃ)
震える手で扉を開こうとした、その瞬間――
ガン、と何かがぶつかる音。
「見つけたぞ、お姫様」
黒ずくめの男がナイフを手に車内へと這い上がってくる。
「――来るなっ!」
私は思わず身を縮めた。
だが――
「来るなと言われて、来る者がいるかよ」
その冷たい笑みが、すぐ目の前に迫った、そのときだった。
「……お前に、彼女へ触れる権利などない」
冷たい、けれどどこか熱を帯びた声が、空気を裂いた。
男が振り向くと同時に、音もなく何かが閃き――
彼は次の瞬間、床に倒れ込んだ。
車外に立つ銀の髪の男――
その瞳は、炎に照らされる氷のように鋭く、そして恐ろしく冷静だった。
「……閣下……!」
私が声を上げると、彼は一歩、また一歩と近づき、そっと私を抱きしめた。
「……怪我はないか」
「わ、私は……無事です……けど、騎士の方々が……!」
「全員無事だ。私は遅れてしまったが、君を守るべき者たちはよくやった」
その言葉に、堪えていた涙がぶわっとあふれ出した。
「本当に……来てくれて……ありがとう……!」
「当然だ。……私が、迎えに来なければ、誰が君を守れる?」
私はそのまま、彼の胸に顔を埋めた。
震える手を握ってくれたのは、いつも厳しく、どこか遠かった宰相の手――
けれど、今はとても、あたたかい。
* * *
一連の事件は「外部勢力による襲撃」として処理され、
リアナの名は出されぬまま――静かに捜査が進められることとなった。
王は、この襲撃の報を受け、エルネアを国の“特別保護対象”に指定。
そしてその夜、彼はついに彼女の部屋を訪れた。
「……私は、自分でも驚いている」
「……何が、ですか?」
「君を失うと思った瞬間、全身の血が凍った。……私はずっと、国を守るために生きてきた。
けれど今日、初めて思った。――国よりも、君を守りたいと」
その言葉に、私は胸がいっぱいになった。
「ルシアス閣下……」
彼はゆっくりと、私の頬に触れ、囁いた。
「私のすべては、君のためにある。
この命も、未来も、君と歩むために使う。……だから、もう二度と、手放したりしない」
「……私も、同じです。どんな未来でも……あなたとなら、歩いていけます」
そして、そっと唇が触れた。
今度は、焦りでも、激情でもない。
静かで、深く、確かな愛の証。
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