婚約者は冷酷宰相様。地味令嬢の私が政略結婚で嫁いだら、なぜか激甘溺愛が待っていました

春夜夢

文字の大きさ
20 / 21

第20話 王からの問いと、ふたりが選んだ未来

しおりを挟む
娘・リュシアが生まれて一年が過ぎた。

つかまり立ちを覚え、言葉も少しずつ話すようになり、
ふとしたときに「ぱぱ」「まま」と呼んでくれるようになったことは、
私にとって何よりの宝物だった。

「この声を聞くたび、すべての疲れが消えるな」

ルシアスは、娘が両手を伸ばせばすぐに抱き上げ、
口元をほんのわずか緩めて――「溺愛」を隠す気すらなくなっていた。

私はその姿を見ながら、優しく笑う。

(冷酷宰相が、こんなにも柔らかくなるなんて……)

けれど、穏やかな日々は、次なる“選択”を私たちに迫ることになる。

* * *

王からの呼び出しは、突然だった。

「宰相夫妻に、話がある」

年老いた王は、かつてのような威厳を少し失いながらも、
その目には確かな“次代を託す覚悟”が宿っていた。

王妃陛下がそっと支えに立ち、私たちは玉座の前に進み出る。

「この一年、国は変わった。民の声が政に届き、貴族の暴走は粛され、
新しい秩序が生まれようとしている。……それは、そなたたちの力だ」

私とルシアスは、深く頭を下げた。

「……だが、問題は残っている」

「問題、ですか?」

「王という存在の在り方だ。――この国には、もはや“象徴”だけの王は不要かもしれぬ」

会場が静まり返る。

王は、はっきりと口にした。

「そなた、ルシアス・ディエンツに問う。
次代の王位を、受け継ぐ意思はあるか?」

その言葉に、私は息を呑んだ。

(ルシアスが……王に?)

私は知っている。
この人が、何より“正義と理”に忠実であることを。
そして、誰よりも“王になる資格”を備えていることも。

けれど――

(それでも、彼は……)

沈黙の中、ルシアスは静かに口を開いた。

「――私は、王にはなりません」

王妃すら、驚いたように眉を上げた。

「その理由を問う」

「私は政を操る者です。秩序を作り、必要なら刃を振るう。
民にとって私は“正義”であっても、“象徴”ではない」

そして彼は、私の手を取った。

「そして――この手が、私のすべてです。
王としてすべてを犠牲にする生き方ではなく、
妻と娘を抱きしめられる人生を選びたい」

私は涙をこらえきれず、ぎゅっと彼の手を握り返す。

(ありがとう。あなたが“夫”でいてくれることが、何より嬉しい)

王は深く頷き、王妃と目を交わした。

「……ならば、王はこのまま“象徴”にとどまり、政は摂政府へ。
王国は貴族と民による議会制へと移行させる」

「――新王政を築くのは、お前たちだ」

それは、国家そのものの未来を託された瞬間だった。

* * *

夜。

ルシアスはバルコニーで風を浴びながら、娘を抱いていた。

「リュシア。この国が、君の歩く場所になる」

「……うー、ぱっ、まっ」

「そうか。ママは大事だな」

「……パパもね」

彼の頬がわずかに緩み、
私たちは三人、月の光に包まれながら、そっと寄り添った。

「ねえ、ルシアス。私たちの選んだ道、間違ってなかったよね?」

「……ああ。君と娘が笑っていてくれる限り、それは“正解”だ」

世界を変える力は、剣でも王冠でもない。

小さな手と、優しい声と――
共に歩むと決めた、愛の在り方なのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件

ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。 スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。 しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。 一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。 「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。 これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

断罪された私ですが、気づけば辺境の村で「パン屋の奥さん」扱いされていて、旦那様(公爵)が店番してます

さくら
恋愛
王都の社交界で冤罪を着せられ、断罪とともに婚約破棄・追放を言い渡された元公爵令嬢リディア。行き場を失い、辺境の村で倒れた彼女を救ったのは、素性を隠してパン屋を営む寡黙な男・カイだった。 パン作りを手伝ううちに、村人たちは自然とリディアを「パン屋の奥さん」と呼び始める。戸惑いながらも、村人の笑顔や子どもたちの無邪気な声に触れ、リディアの心は少しずつほどけていく。だが、かつての知り合いが王都から現れ、彼女を嘲ることで再び過去の影が迫る。 そのときカイは、ためらうことなく「彼女は俺の妻だ」と庇い立てる。さらに村を襲う盗賊を二人で退けたことで、リディアは初めて「ここにいる意味」を実感する。断罪された悪女ではなく、パンを焼き、笑顔を届ける“私”として。 そして、カイの真実の想いが告げられる。辺境を守り続けた公爵である彼が選んだのは、過去を失った令嬢ではなく、今を生きるリディアその人。村人に祝福され、二人は本当の「パン屋の夫婦」となり、温かな香りに包まれた新しい日々を歩み始めるのだった。

婚約破棄された令嬢、気づけば王族総出で奪い合われています

ゆっこ
恋愛
 「――よって、リリアーナ・セレスト嬢との婚約は破棄する!」  王城の大広間に王太子アレクシスの声が響いた瞬間、私は静かにスカートをつまみ上げて一礼した。  「かしこまりました、殿下。どうか末永くお幸せに」  本心ではない。けれど、こう言うしかなかった。  王太子は私を見下ろし、勝ち誇ったように笑った。  「お前のような地味で役に立たない女より、フローラの方が相応しい。彼女は聖女として覚醒したのだ!」

隣国の王族公爵と政略結婚したのですが、子持ちとは聞いてません!?

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます
恋愛
「わたくしの旦那様には、もしかして隠し子がいるのかしら?」 新婚の公爵夫人レイラは、夫イーステンの隠し子疑惑に気付いてしまった。 「我が家の敷地内で子供を見かけたのですが?」と問えば周囲も夫も「子供なんていない」と否定するが、目の前には夫そっくりの子供がいるのだ。 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n3645ib/ )

【完結】貧乏子爵令嬢は、王子のフェロモンに靡かない。

櫻野くるみ
恋愛
王太子フェルゼンは悩んでいた。 生まれつきのフェロモンと美しい容姿のせいで、みんな失神してしまうのだ。 このままでは結婚相手など見つかるはずもないと落ち込み、なかば諦めかけていたところ、自分のフェロモンが全く効かない令嬢に出会う。 運命の相手だと執着する王子と、社交界に興味の無い、フェロモンに鈍感な貧乏子爵令嬢の恋のお話です。 ゆるい話ですので、軽い気持ちでお読み下さいませ。

不愛想な婚約者のメガネをこっそりかけたら

柳葉うら
恋愛
男爵令嬢のアダリーシアは、婚約者で伯爵家の令息のエディングと上手くいっていない。ある日、エディングに会いに行ったアダリーシアは、エディングが置いていったメガネを出来心でかけてみることに。そんなアダリーシアの姿を見たエディングは――。 「か・わ・い・い~っ!!」 これまでの態度から一変して、アダリーシアのギャップにメロメロになるのだった。 出来心でメガネをかけたヒロインのギャップに、本当は溺愛しているのに不器用であるがゆえにぶっきらぼうに接してしまったヒーローがノックアウトされるお話。

婚約破棄された令嬢は、“神の寵愛”で皇帝に溺愛される 〜私を笑った全員、ひざまずけ〜

夜桜
恋愛
「お前のような女と結婚するくらいなら、平民の娘を選ぶ!」 婚約者である第一王子・レオンに公衆の面前で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢セレナ。 彼女は涙を見せず、静かに笑った。 ──なぜなら、彼女の中には“神の声”が響いていたから。 「そなたに、我が祝福を授けよう」 神より授かった“聖なる加護”によって、セレナは瞬く間に癒しと浄化の力を得る。 だがその力を恐れた王国は、彼女を「魔女」と呼び追放した。 ──そして半年後。 隣国の皇帝・ユリウスが病に倒れ、どんな祈りも届かぬ中、 ただ一人セレナの手だけが彼の命を繋ぎ止めた。 「……この命、お前に捧げよう」 「私を嘲った者たちが、どうなるか見ていなさい」 かつて彼女を追放した王国が、今や彼女に跪く。 ──これは、“神に選ばれた令嬢”の華麗なるざまぁと、 “氷の皇帝”の甘すぎる寵愛の物語。

処理中です...