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第20話 王からの問いと、ふたりが選んだ未来
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娘・リュシアが生まれて一年が過ぎた。
つかまり立ちを覚え、言葉も少しずつ話すようになり、
ふとしたときに「ぱぱ」「まま」と呼んでくれるようになったことは、
私にとって何よりの宝物だった。
「この声を聞くたび、すべての疲れが消えるな」
ルシアスは、娘が両手を伸ばせばすぐに抱き上げ、
口元をほんのわずか緩めて――「溺愛」を隠す気すらなくなっていた。
私はその姿を見ながら、優しく笑う。
(冷酷宰相が、こんなにも柔らかくなるなんて……)
けれど、穏やかな日々は、次なる“選択”を私たちに迫ることになる。
* * *
王からの呼び出しは、突然だった。
「宰相夫妻に、話がある」
年老いた王は、かつてのような威厳を少し失いながらも、
その目には確かな“次代を託す覚悟”が宿っていた。
王妃陛下がそっと支えに立ち、私たちは玉座の前に進み出る。
「この一年、国は変わった。民の声が政に届き、貴族の暴走は粛され、
新しい秩序が生まれようとしている。……それは、そなたたちの力だ」
私とルシアスは、深く頭を下げた。
「……だが、問題は残っている」
「問題、ですか?」
「王という存在の在り方だ。――この国には、もはや“象徴”だけの王は不要かもしれぬ」
会場が静まり返る。
王は、はっきりと口にした。
「そなた、ルシアス・ディエンツに問う。
次代の王位を、受け継ぐ意思はあるか?」
その言葉に、私は息を呑んだ。
(ルシアスが……王に?)
私は知っている。
この人が、何より“正義と理”に忠実であることを。
そして、誰よりも“王になる資格”を備えていることも。
けれど――
(それでも、彼は……)
沈黙の中、ルシアスは静かに口を開いた。
「――私は、王にはなりません」
王妃すら、驚いたように眉を上げた。
「その理由を問う」
「私は政を操る者です。秩序を作り、必要なら刃を振るう。
民にとって私は“正義”であっても、“象徴”ではない」
そして彼は、私の手を取った。
「そして――この手が、私のすべてです。
王としてすべてを犠牲にする生き方ではなく、
妻と娘を抱きしめられる人生を選びたい」
私は涙をこらえきれず、ぎゅっと彼の手を握り返す。
(ありがとう。あなたが“夫”でいてくれることが、何より嬉しい)
王は深く頷き、王妃と目を交わした。
「……ならば、王はこのまま“象徴”にとどまり、政は摂政府へ。
王国は貴族と民による議会制へと移行させる」
「――新王政を築くのは、お前たちだ」
それは、国家そのものの未来を託された瞬間だった。
* * *
夜。
ルシアスはバルコニーで風を浴びながら、娘を抱いていた。
「リュシア。この国が、君の歩く場所になる」
「……うー、ぱっ、まっ」
「そうか。ママは大事だな」
「……パパもね」
彼の頬がわずかに緩み、
私たちは三人、月の光に包まれながら、そっと寄り添った。
「ねえ、ルシアス。私たちの選んだ道、間違ってなかったよね?」
「……ああ。君と娘が笑っていてくれる限り、それは“正解”だ」
世界を変える力は、剣でも王冠でもない。
小さな手と、優しい声と――
共に歩むと決めた、愛の在り方なのだ。
つかまり立ちを覚え、言葉も少しずつ話すようになり、
ふとしたときに「ぱぱ」「まま」と呼んでくれるようになったことは、
私にとって何よりの宝物だった。
「この声を聞くたび、すべての疲れが消えるな」
ルシアスは、娘が両手を伸ばせばすぐに抱き上げ、
口元をほんのわずか緩めて――「溺愛」を隠す気すらなくなっていた。
私はその姿を見ながら、優しく笑う。
(冷酷宰相が、こんなにも柔らかくなるなんて……)
けれど、穏やかな日々は、次なる“選択”を私たちに迫ることになる。
* * *
王からの呼び出しは、突然だった。
「宰相夫妻に、話がある」
年老いた王は、かつてのような威厳を少し失いながらも、
その目には確かな“次代を託す覚悟”が宿っていた。
王妃陛下がそっと支えに立ち、私たちは玉座の前に進み出る。
「この一年、国は変わった。民の声が政に届き、貴族の暴走は粛され、
新しい秩序が生まれようとしている。……それは、そなたたちの力だ」
私とルシアスは、深く頭を下げた。
「……だが、問題は残っている」
「問題、ですか?」
「王という存在の在り方だ。――この国には、もはや“象徴”だけの王は不要かもしれぬ」
会場が静まり返る。
王は、はっきりと口にした。
「そなた、ルシアス・ディエンツに問う。
次代の王位を、受け継ぐ意思はあるか?」
その言葉に、私は息を呑んだ。
(ルシアスが……王に?)
私は知っている。
この人が、何より“正義と理”に忠実であることを。
そして、誰よりも“王になる資格”を備えていることも。
けれど――
(それでも、彼は……)
沈黙の中、ルシアスは静かに口を開いた。
「――私は、王にはなりません」
王妃すら、驚いたように眉を上げた。
「その理由を問う」
「私は政を操る者です。秩序を作り、必要なら刃を振るう。
民にとって私は“正義”であっても、“象徴”ではない」
そして彼は、私の手を取った。
「そして――この手が、私のすべてです。
王としてすべてを犠牲にする生き方ではなく、
妻と娘を抱きしめられる人生を選びたい」
私は涙をこらえきれず、ぎゅっと彼の手を握り返す。
(ありがとう。あなたが“夫”でいてくれることが、何より嬉しい)
王は深く頷き、王妃と目を交わした。
「……ならば、王はこのまま“象徴”にとどまり、政は摂政府へ。
王国は貴族と民による議会制へと移行させる」
「――新王政を築くのは、お前たちだ」
それは、国家そのものの未来を託された瞬間だった。
* * *
夜。
ルシアスはバルコニーで風を浴びながら、娘を抱いていた。
「リュシア。この国が、君の歩く場所になる」
「……うー、ぱっ、まっ」
「そうか。ママは大事だな」
「……パパもね」
彼の頬がわずかに緩み、
私たちは三人、月の光に包まれながら、そっと寄り添った。
「ねえ、ルシアス。私たちの選んだ道、間違ってなかったよね?」
「……ああ。君と娘が笑っていてくれる限り、それは“正解”だ」
世界を変える力は、剣でも王冠でもない。
小さな手と、優しい声と――
共に歩むと決めた、愛の在り方なのだ。
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