冷血宰相の秘密は、ただひとりの少年だけが知っている

春夜夢

文字の大きさ
3 / 11

第3話 「お前が傍にいるだけで、俺は――」

しおりを挟む
ゼフィルスの傍で暮らし始めて、一ヶ月が経った。

最初は異物を見るような目で見ていた使用人たちも、
最近はリクに笑いかけてくれることが増えてきた。

「リク様、今朝はお食事をしっかり召し上がりましたね」
「宰相閣下、今日はご機嫌がよろしいようですね。……リク様が傍にいると、特に」

――宰相の気分に影響を与える存在。

それが、リクにとっては何よりも不思議だった。

「……なんで、あんな偉い人が、俺を気にしてくれるんだろ」

問いの答えは、いつもゼフィルス自身が伏せたままだった。

でも最近は、ほんの時折――視線が、やわらかくなる。

それだけで、リクの胸はきゅうっと締めつけられる。

(この人に、触れたい)

(この人を、もっと知りたい)

その感情が、いつしか“あたたかさ”では説明できないものに変わっていることに、
リク自身、まだ気づいていなかった。

* * *

ある日、ゼフィルスの食事に付き添っていたときのこと。

「リク。お前、これを先に飲んでみろ」

ゼフィルスが自分の前に置かれた茶を示す。

「……え?」

「宰相の飲み物は、毒見が必要だ。だが今日の分は、侍従が見当たらん」

「いいよ。俺がやる」

リクはためらいもなく、その杯を手に取った。

「……っ!」

けれど、口をつけた瞬間――鋭い痛みが舌を刺した。

「が、っ……! あ、熱く、て……!」

リクの身体がぐらりと傾ぐ。

「リク!!」

ゼフィルスが椅子を蹴るように立ち上がり、リクの身体を抱きとめた。

その目は、今まで見たことのないほどに、恐怖で揺れていた。

「……誰だ。誰が、この杯を用意した……!!」

部屋中に怒声が響く。

次の瞬間、従者たちが雪崩れ込んできた。

「閣下、毒……ではなく、これは強めの神経麻痺薬のようです。
死には至りませんが、舌と喉の感覚が……」

「そんなことは、どうでもいい。リクの身体に害が及んだことが問題だ」

ゼフィルスの声は、冷気のようだった。

リクは視界の端で、その顔を見た。

(こんな顔……この人が、誰かのために怒ってる顔なんだ……)

「っ……ぁ……」

声が出せない。

口を開けても、うまく舌が動かない。

ゼフィルスはそっと、リクの頭を抱いた。

「喋るな。……大丈夫だ。俺がいる」

「……」

リクは、涙が出そうになるのをこらえた。

(この人は、やっぱり――冷たくなんてない)

(こんなにも、あったかい人なのに……)

* * *

その晩。

ゼフィルスは寝台に横たわるリクの横に椅子を置き、ずっと離れなかった。

書類は一切開かれず、政務も他人に任せた。

「……お前が、俺の代わりに痛みに耐えた。
それが許せない。……俺は、もうこんな後悔をしたくなかったのに」

「……」

リクは喉を傷めたまま、涙をぽろぽろと零した。

ゼフィルスは、その小さな頭を抱き寄せ、額をそっと寄せた。

「お前が傍にいるだけで、俺は、知らずに人間に戻ってしまう」

「お前だけが、俺を“ただの男”にしてくれるんだ」

それは告白のようで、懺悔のようで。

孤独だったふたりが出会った意味を、
ようやく言葉にできたような――そんな夜だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

すべてはあなたを守るため

高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです

囚われ王子の幸福な再婚

高菜あやめ
BL
【理知的美形王子×痛みを知らない異能王子】  触れた人の痛みは感じても、自分の痛みに気づけない──そんな異能を持つ王子カシュアは、政略結婚で嫁いだ異国で幽閉され、四年間忘れられていた。  彼が再び人前に姿を現したのは、クーデターの混乱のさなか。そして、存在を持て余された末、次期宰相である王子との再婚が決まる。  冷静で無口な王子が、なぜかカシュアにだけは優しいのは、かつて彼が妖精物語に恋をした少年だったから――不器用な王子とともに、愛をたしかめ合うストーリー。※2025/11/26第三部スタート

偽りの令嬢を演じるオメガ(♂)を救うため、平民アルファの俺が傲慢な大公爵家に喧嘩を売って、二人で自由を掴み取る物語

水凪しおん
BL
これは、偽りの仮面を被って生きるしかなかった一人の青年と、その仮面の下にある真実の姿を見つけ出し、愛した一人の青年の、魂の恋物語。 生まれながらの身分が全てを決める世界。 平民出身のアルファ、ケイトは、特待生として入学した貴族学園で浮いた存在だった。 そんな彼の前に現れた、完璧な貴族令嬢セシリア。誰もが憧れる彼女の、ふとした瞬間に見せる寂しげな瞳が、ケイトの心を捉えて離さなかった。 「お願い…誰にも言わないで…」 ある夜、ケイトは彼女の衝撃的な秘密を知ってしまう。 セシリアは、女ではない。平民出身の男性オメガ「セシル」だったのだ。 類まれなフェロモンを政治の道具として利用するため、公爵家の養子となり、死んだ娘として生きることを強いられていたセシル。 「俺がお前を守る」 偽りの人生に絶望する彼の魂に触れた時、ケイトの運命は大きく動き出す。 これは、全ての偽りを脱ぎ捨て、たった一つの真実の愛を手に入れるために、世界に抗った二人の物語。

何故か男の僕が王子の閨係に選ばれました

まんまる
BL
貧乏男爵家の次男カナルは、ある日父親から呼ばれ、王太子の閨係に選ばれたと言われる。 どうして男の自分が?と戸惑いながらも、覚悟を決めて殿下の元へいく。 しかし、殿下は自分に触れることはなく、何か思いがあるようだった。 優しい二人の恋のお話です。 ※ショートショート集におまけ話を上げています。そちらも是非ご一読ください。

奇跡に祝福を

善奈美
BL
 家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。 ※不定期更新になります。

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

血のつながらない弟に誘惑されてしまいました。【完結】

まつも☆きらら
BL
突然できたかわいい弟。素直でおとなしくてすぐに仲良くなったけれど、むじゃきなその弟には実は人には言えない秘密があった。ある夜、俺のベッドに潜り込んできた弟は信じられない告白をする。

処理中です...