冷血宰相の秘密は、ただひとりの少年だけが知っている

春夜夢

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第10話 「この国の未来より、大切なものがある」

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王宮に、ふたつの波が同時に立っていた。

ひとつは、「王位継承第三位・リク王子の復帰を求める声」。
もうひとつは、「宰相ゼフィルスを通じた改革を続けるべきだ」という現実路線。

王家に血を引く少年と、冷血宰相。
ふたりは、皮肉にも“敵対する象徴”として、
貴族たちの間で引き合いに出される存在になっていた。

そんな中、王妃陛下が動いた。

「リク様を、王宮へ。私が“直接”お話をいたします」

それは――事実上の、“王族としての最終判断”の呼び出しだった。

* * *

静かな謁見の間。
王妃は、金糸の刺繍があしらわれた玉座の脇に、ひとり佇んでいた。

リクが深く頭を下げると、王妃は静かに口を開いた。

「貴方は、血統により“王”になれる可能性を得ました。
そして、宰相閣下の傍にいることで“人”として信頼を得ました。
――いま、貴方に問います」

「国の未来のために、“王”として生きる道を、選びますか?」

リクの心臓が、大きく跳ねた。

(もしここで“はい”と答えれば――
ゼフィルスと、もう一緒にはいられなくなる)

頭では理解していた。

彼の隣にいたいなら、“国”とは適度な距離が必要だということ。

王として立つということは、すべてを“国家に捧げる”ということ。

「……答えは、決まっています」

リクは顔を上げて、王妃の瞳をまっすぐに見た。

「俺は――この国の未来より、大切なものがあります」

「……それは?」

「“俺を拾ってくれた人”です」

「王宮の者として、“個人の愛”を優先することがどういう意味を持つか、わかっていますね?」

「はい。けれど俺は、王より前に“ただの少年”として、
誰かの腕に抱きしめられて、泣ける未来を望みます」

王妃は、しばらくのあいだ何も言わなかった。

やがて、ふっと微笑を浮かべた。

「……貴方は、“王”ではなく、“人”になったのですね」

「……え?」

「それでいいのです。
私は王妃である前に、一人の“母”として、あなたの選択を祝福しましょう」

そう言って王妃は立ち上がり、
リクの手をそっと取った。

「さあ、“おかえりなさい”を言いに行ってらっしゃい」

* * *

日が落ち、宰相邸に戻ったリクを、ゼフィルスは書斎で迎えた。

「どうだった」

「……ふられたよ」

「ほう?」

「“王”ってやつに、俺から、ふってやった。
代わりに、“あんたの隣”ってのを、正式に選んできた」

ゼフィルスの指が止まり、しばらく静寂が落ちた。

「……リク」

「うん」

「今から俺が何をするか、わかるか?」

「……うん」

「逃げるか?」

「逃げない」

その瞬間、ゼフィルスは椅子から立ち上がり、
リクの肩を引き寄せた。

そのまま、額と額をそっと重ねる。

「――ようやく、俺のすべてに“触れる”ことを許したな」

「怖いくらい嬉しいよ、あんたがそんなこと言うと」

「……お前が、俺の人生で一番の“政変”だ」

その言葉と同時に、ゼフィルスの唇が、リクの額に触れた。

それは、どんな条約よりも確かな、愛の契約だった。

* * *

数日後。

王家は公式に発表を行う。

「リク・ノーネームは、確かに王家に繋がる血統を有するが、
本人の強い意思により、王族の地位を辞退し、
引き続き宰相ゼフィルス閣下の庇護下に生きることとなる」

それは、政と血が交錯した時代に、
ひとつの“愛の勝利”を告げる鐘の音だった。

【完】
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