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【21】母
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粗方避難を終えた聖壁内は今は閑散としている。
グリファートはレオンハルトと共に件の教会があるところまで歩きその扉の前へと辿り着いていた。
オルフィスの教会は薄暗い空の下でも煌びやかで存在感がある。国の発展を導く都市というだけあって元々いた聖職者も優秀だったに違いない。
「それじゃ、俺が声をかけるまで聖職者様は待っててくれ」
レオンハルトはグリファートにそう念を押すとギ、と教会の扉を開け静かに中へと入って行った。
ちらりと見えた隙間からでは流石に教会の中は見えなかったが、中で息を潜めるような気配があってそわりと緊張が走る。この扉を開けたのがグリファートであったなら、本当に石やら何やら飛んできたかもしれない。
レオンハルトの大きな背中が扉の向こうへと消えていくのを見送って、グリファートは教会の脇にある花壇の縁に腰を掛けた。
待て、とは言われたが教会の人々とレオンハルトの話し合いがうまく良くかは五分五分といったところだろう。
せめてキースが教会の外に出てきてくれれば良いのだが───…。
そうグリファートが目を瞑って唸ると同時。くい、と祭服の裾を小さな力で引っ張られた。
突然の気配にグリファートはギョッとして振り返る。
見ればロビンと同じ年頃の少年がグリファートの横に佇んでいた。
「こんにちは」
「こ、こんにちは…」
反射的に返したが、見覚えのない少年との出会いにグリファートはぱちぱちと目を瞬かせてしまう。
裾を握ったままぺこりと頭を下げる少年は何ともあどけない。だがその目に光はなく、まるでレオンハルトのような影を感じた。
この子は一体────そう考えていれば少年が徐ろに口を開く。
「聖職者様、ですか?」
「え?あ、うん。そうだけど、君は……」
「ボクはトアです」
グリファートが聖職者である事を告げれば、トアと名乗った目の前の少年は途端嬉しそうに笑った。その表情は年相応の愛らしさがある筈なのに、光の見えない瞳のせいでどうにもアンバランスである。
呆気に取られていればトアの小さな手は裾から離れ、今度はグリファートの手をぎゅっと握り込んだ。
「聖職者様、ボクのお母さんを助けてください」
「え…?」
笑顔のトアから告げられた言葉にグリファートはまたも戸惑った。
先ほどから唐突な事ばかりだ。
そんな少しの躊躇いをグリファートが見せていれば、笑顔だった少年の表情がみるみる内に曇っていく。
「……助けてはくれないのですか?」
がっかりとしたような声色に、グリファートは慌てて首を振った。
「いや、そんなことないよ」
「本当ですか?」
見つめてくるトアを安心させるように空いている方の手でその頭を撫でてやる。躊躇いこそしてしまったが、助けを求める声を突っ撥ねるなど、グリファートがするわけもなかった。
(ただ…ここを離れるとまたレオンハルトがなぁ…)
馬小屋に駆けつけた時と同じ、あの複雑な表情で説教をするレオンハルトの姿が容易に想像できてしまう。ここで同じ事をしでかせば今度は何と言われるか。
思わず遠い目をしてしまうがトアはそれに気付いていないのか、再び表情を明るくさせるとグリファートの手をグッと強く引いた。
「ありがとうございます、こっちです!」
「え、あっ、ちょ… !」
トアはそのままグリファートを案内するようにぐいぐいと手を引いていく。
力はそう強くないが、勢いに負けて腰をあげてしまえば後は流れるままにトアについていくしかない。
諦めるように身体の力を抜き小さな背中に従っていけば、やがて教会の裏手へと導かれた。
「! 君は……」
教会の真裏。教会を覆うように積まれている石垣に緩く腰を掛けている青年の姿を見つけ、グリファートは目を見開いた。
教会に足を運んだ一番の目的とも言える青年、キースがそこにいたのだ。
「どーも、聖職者サマ」
キースは相変わらず薄く笑みを浮かべていた。
口から出てくる言葉こそ『聖職者サマ』と距離の感じるものではあるのだが、出会ってすぐの時のような棘はなく、グリファートは内心でホッと安堵した。
「こんなところにいたのか。てっきり教会の中にいるかと…」
「何です?俺に会いに来たかのような口振りですね」
「ような、っていうか…君に会いに来たんだよ」
「……………はい?」
グリファートの言葉にキースは酷く驚いた。
「何でまた……」
訝しむ彼に聖壁と学舎までの間を浄化したのだと説明しようとしたが、「いや良いんです、今は」と遮られてしまった。
「トアの母さんに会うんでしょう?」
キースはそう言うと座っていた石垣から腰を上げ「こっちです、案内しますよ」とグリファートに背を向け歩き出した。
どうやらキースはトアの母親を知っているらしい。
トアに手を握られたままキースの後をついて行けば、小高い丘がある方へと連れて行かれる。丘までは教会の裏手にある細道を使って行くのだそうだ。
道中で互いに名前を交わし合いながら緩やかな坂道を歩いていれば、瘴気の影響かトアがケホケホと咳き込みだしたので、小さな背を摩りながら穢れを祓ってあげた。
そうして進んでいくうちに、あっという間に頂上へと辿り着く。
丘の中心にはオルフィスを見守るように聳える大きな木が一本。そしてその下にずらりと並ぶものは───…
「お母さんはここです、聖職者様」
「え……」
上り切った事で漸く見えた、目の前の情景にグリファートは言葉を失った。
グリファートの見間違いでなければ、ここは墓場だ。
土が盛られ、その上に石と摘んできたのだろう僅かに萎れた花が添えられている。
恐らく元々ある教会の墓場ではない。
瘴気によって亡くなった者たちの墓場────彼らの魂が眠れるようにと、生かされた者たちの手によって作られたのだ。
「ボクのお母さんは、獅子の守護者様が連れて来てくれたんですけど…お母さんは眠っているから今は会えないって言われて……」
レオンハルトは以前言っていた。瘴霧に覆われたこのオルフィスで、救えなかった多くの命を弔ってきた、と。
トアの母親もまたその救えなかった命の一人であり、ここに眠っているのだ。
「お母さんはいつもボクのために一人で一生懸命頑張ってくれていたので、きっと疲れちゃっているんです。聖職者様が癒やしてくれればお母さんもきっと元気になりますよね?」
だから聖職者様、とトアがグリファートを見上げ握っている手に力を込める。
「ボクのお母さんを、助けてください」
グリファートはレオンハルトと共に件の教会があるところまで歩きその扉の前へと辿り着いていた。
オルフィスの教会は薄暗い空の下でも煌びやかで存在感がある。国の発展を導く都市というだけあって元々いた聖職者も優秀だったに違いない。
「それじゃ、俺が声をかけるまで聖職者様は待っててくれ」
レオンハルトはグリファートにそう念を押すとギ、と教会の扉を開け静かに中へと入って行った。
ちらりと見えた隙間からでは流石に教会の中は見えなかったが、中で息を潜めるような気配があってそわりと緊張が走る。この扉を開けたのがグリファートであったなら、本当に石やら何やら飛んできたかもしれない。
レオンハルトの大きな背中が扉の向こうへと消えていくのを見送って、グリファートは教会の脇にある花壇の縁に腰を掛けた。
待て、とは言われたが教会の人々とレオンハルトの話し合いがうまく良くかは五分五分といったところだろう。
せめてキースが教会の外に出てきてくれれば良いのだが───…。
そうグリファートが目を瞑って唸ると同時。くい、と祭服の裾を小さな力で引っ張られた。
突然の気配にグリファートはギョッとして振り返る。
見ればロビンと同じ年頃の少年がグリファートの横に佇んでいた。
「こんにちは」
「こ、こんにちは…」
反射的に返したが、見覚えのない少年との出会いにグリファートはぱちぱちと目を瞬かせてしまう。
裾を握ったままぺこりと頭を下げる少年は何ともあどけない。だがその目に光はなく、まるでレオンハルトのような影を感じた。
この子は一体────そう考えていれば少年が徐ろに口を開く。
「聖職者様、ですか?」
「え?あ、うん。そうだけど、君は……」
「ボクはトアです」
グリファートが聖職者である事を告げれば、トアと名乗った目の前の少年は途端嬉しそうに笑った。その表情は年相応の愛らしさがある筈なのに、光の見えない瞳のせいでどうにもアンバランスである。
呆気に取られていればトアの小さな手は裾から離れ、今度はグリファートの手をぎゅっと握り込んだ。
「聖職者様、ボクのお母さんを助けてください」
「え…?」
笑顔のトアから告げられた言葉にグリファートはまたも戸惑った。
先ほどから唐突な事ばかりだ。
そんな少しの躊躇いをグリファートが見せていれば、笑顔だった少年の表情がみるみる内に曇っていく。
「……助けてはくれないのですか?」
がっかりとしたような声色に、グリファートは慌てて首を振った。
「いや、そんなことないよ」
「本当ですか?」
見つめてくるトアを安心させるように空いている方の手でその頭を撫でてやる。躊躇いこそしてしまったが、助けを求める声を突っ撥ねるなど、グリファートがするわけもなかった。
(ただ…ここを離れるとまたレオンハルトがなぁ…)
馬小屋に駆けつけた時と同じ、あの複雑な表情で説教をするレオンハルトの姿が容易に想像できてしまう。ここで同じ事をしでかせば今度は何と言われるか。
思わず遠い目をしてしまうがトアはそれに気付いていないのか、再び表情を明るくさせるとグリファートの手をグッと強く引いた。
「ありがとうございます、こっちです!」
「え、あっ、ちょ… !」
トアはそのままグリファートを案内するようにぐいぐいと手を引いていく。
力はそう強くないが、勢いに負けて腰をあげてしまえば後は流れるままにトアについていくしかない。
諦めるように身体の力を抜き小さな背中に従っていけば、やがて教会の裏手へと導かれた。
「! 君は……」
教会の真裏。教会を覆うように積まれている石垣に緩く腰を掛けている青年の姿を見つけ、グリファートは目を見開いた。
教会に足を運んだ一番の目的とも言える青年、キースがそこにいたのだ。
「どーも、聖職者サマ」
キースは相変わらず薄く笑みを浮かべていた。
口から出てくる言葉こそ『聖職者サマ』と距離の感じるものではあるのだが、出会ってすぐの時のような棘はなく、グリファートは内心でホッと安堵した。
「こんなところにいたのか。てっきり教会の中にいるかと…」
「何です?俺に会いに来たかのような口振りですね」
「ような、っていうか…君に会いに来たんだよ」
「……………はい?」
グリファートの言葉にキースは酷く驚いた。
「何でまた……」
訝しむ彼に聖壁と学舎までの間を浄化したのだと説明しようとしたが、「いや良いんです、今は」と遮られてしまった。
「トアの母さんに会うんでしょう?」
キースはそう言うと座っていた石垣から腰を上げ「こっちです、案内しますよ」とグリファートに背を向け歩き出した。
どうやらキースはトアの母親を知っているらしい。
トアに手を握られたままキースの後をついて行けば、小高い丘がある方へと連れて行かれる。丘までは教会の裏手にある細道を使って行くのだそうだ。
道中で互いに名前を交わし合いながら緩やかな坂道を歩いていれば、瘴気の影響かトアがケホケホと咳き込みだしたので、小さな背を摩りながら穢れを祓ってあげた。
そうして進んでいくうちに、あっという間に頂上へと辿り着く。
丘の中心にはオルフィスを見守るように聳える大きな木が一本。そしてその下にずらりと並ぶものは───…
「お母さんはここです、聖職者様」
「え……」
上り切った事で漸く見えた、目の前の情景にグリファートは言葉を失った。
グリファートの見間違いでなければ、ここは墓場だ。
土が盛られ、その上に石と摘んできたのだろう僅かに萎れた花が添えられている。
恐らく元々ある教会の墓場ではない。
瘴気によって亡くなった者たちの墓場────彼らの魂が眠れるようにと、生かされた者たちの手によって作られたのだ。
「ボクのお母さんは、獅子の守護者様が連れて来てくれたんですけど…お母さんは眠っているから今は会えないって言われて……」
レオンハルトは以前言っていた。瘴霧に覆われたこのオルフィスで、救えなかった多くの命を弔ってきた、と。
トアの母親もまたその救えなかった命の一人であり、ここに眠っているのだ。
「お母さんはいつもボクのために一人で一生懸命頑張ってくれていたので、きっと疲れちゃっているんです。聖職者様が癒やしてくれればお母さんもきっと元気になりますよね?」
だから聖職者様、とトアがグリファートを見上げ握っている手に力を込める。
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