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【22】懇願
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助けてください────そう笑顔で言われ、グリファートは唾を飲み込む事さえできなかった。
トアはけしてグリファートに悪意を向けているわけではない。『心から』聖職者を信頼し、母を救って欲しいと願っているのだ。
心が壊れてしまい母親の死を理解できていないのか、それとも理解はしていても認めたくないのか、光を失ったトアの瞳から読み解く事は難しい。
ただ一つわかる事は、グリファートは今からこのか弱い子供を失望させる事しかできないのだという事だった。
早く何か言わなければ。そう思うのに喉が張り付いてうまく言葉が出てこない。
トアは大人しくしたままグリファートの返事を待っている。まるでいい子にしていればきっと願いは叶うのだと、そう信じているように。
何と言ってあげたら少しでも傷つけないで済むだろう。何をしてあげたら小さな心を癒やしてあげられるだろう。
考えて、考えて、グリファートは一度目を瞑ると、小さく息を吐いた。
「…………ごめん」
溢れた声はひどく震えていた。
その言葉にトアもきょとんとした表情で首を傾げる。
「ごめん、俺には……できない。君のお母さんを、助けてあげられない」
そこまで言ってグリファートは口を噤んだ。
グリファートが頭に浮かべた言葉はどれも聖職者としての───言ってしまえば上っ面の綺麗事だった。
本当にトアが欲しているものを与える事などグリファートにはできないのに、偉そうに何を言ってあげられるというのだろう。
そんな無力さに小さな手を握った指先に知らず力が篭る。
トアは尚も首を傾げ目を瞬かせるだけだったが、一瞬考えるように目線を落とすと「それは……」と呟いた。
ゆっくりと、伏せられていた暗い瞳がグリファートを覗き込んでくる。
「聖職者様が、悪い聖職者様だからですか?」
儚くも、はっきりとしたトアの声に頭が揺さぶられた。
グリファートは震えそうになる身体をぐ、と堪えるとトアの視線を真正面から受け止めて頷いてやる。
「………うん。そうだね」
グリファートの返事に、少し離れたところで様子を窺うように腕を組んでいたキースの視線が飛んでくるのを感じた。
一瞬だけ驚いたような表情をして見せたが、真意を探るためかすぐにその目は細められる。
グリファートはトアの視線に合わせるように地面に膝をつくと、握ったままだった小さな手にもう片方の手を重ね両手で包み込んだ。
「君のお母さんを助けてあげる事のできない俺は、君にとって悪い聖職者なんだろうね」
グリファートがどうこう以前に、例え国一番の優秀な聖女であっても死者を蘇らせる事などできない。
だがそれを今トアに伝えたところで、この子にとっては関係のない事だろう。グリファートはトアの望みを叶えてやれない無能な聖職者であり、その事実はトアの前ではどうしたって変えられないのだ。
「……ボクは、お母さんには会えないんですか?」
グリファートが無言で頷けば、トアもすっと目を伏せた。
「そう、ですか…残念です。聖職者様なら助けてくれるって思っていたから…」
トアの手から力が抜けていくのがわかる。
そのままグリファートの指をすり抜け、小さな手はだらりと垂れ下がってしまった。
「お母さんが元気になったら、今度はボクがお母さんのために色々頑張ろうって……そう思っていたんです。でも……ボクはお母さんに会えないんですね」
聞き分けのいい子供のようにそう言うと、トアは母親が眠っているであろう墓の前で蹲る。ちらりと見えた表情はすべての感情が抜け落ちてしまった人形のようだった。
グリファートはそんなトアの背に近づくと、小さな身体を包み込むように抱きしめた。
そうして懇願するように目を瞑る。
それは今にも砕け散ってしまいそうな目の前の心を守るための祈りだったのか、それとも自身にのし掛かる罪悪感から逃れたいがための行為だったのか。
グリファートはせめてもの思いで少年の身を包む腕に魔力を込めた。
身体に纏う瘴気の圧と、身体の芯がミシミシと軋む感覚が今のグリファートには酷く苦しく感じるが、それよりも今はトアを慰めてあげたかった。
いや、こんな事しかしてやれないのだ。
トアとグリファートの間で暖かな光が灯る。
消えてしまった燈を再び灯す事はできない。だからせめて、残されている小さな燈がこの先も消えずに在り続けてくれますようにと。
そう願いを込めて魔力を放出したと同時、辺り一面に眩い光が弾けて輝いた。
「……ッ、ぅ」
抱きしめた腕の中の小さな身体が震える。
手の甲に感じた熱く湿る気配にグリファートがそっと視線を下ろせば、トアの肩がひく、ひくっと揺れていた。
ほとりと、少年の瞳から大粒の涙が溢れ出ては落ちていく。
グリファートはそっと宥めるようにトアの頭を撫でた。
「ぅ、あっ…ううっ、おかあ、さん…、…っ!」
腕の中のトアが身を捩って振り返る。
グリファートの胸に顔を埋め、小さく震える手でぎゅうと祭服を握った。
悲痛な、それでいて今にも壊れてしまいそうな儚い叫びにグリファートは深く突き刺される。
だがその痛みはトアの痛みそのものだ。だからこそ、グリファートは受け止めなければならない。オルフィスにやってきた聖職者として、トアが抱えきれない憎しみと哀しみの捌け口として。
「う、っ…ッぅ、お母さん…、…っ!」
「…………」
「うう、ぅ…っ、っひ、ぅ…っ」
────何もしてあげられなくてごめん。
口から吐き出されたのかもわからないほど微かなそれは、棺の中で眠った彼女に向けたものと同じ、そんな情けない言葉だった。
見上げた空は浄化を施し澄んでいる筈なのに、今は悲しみに涙するように雨雲に覆われている。
やがてぽつぽつと降り出した雨は地面を、墓を、グリファートの頬を濡らしていった。
「ごめんね……」
雨音に紛れるような嗚咽は果たして誰のものだっただろうか。
トアはけしてグリファートに悪意を向けているわけではない。『心から』聖職者を信頼し、母を救って欲しいと願っているのだ。
心が壊れてしまい母親の死を理解できていないのか、それとも理解はしていても認めたくないのか、光を失ったトアの瞳から読み解く事は難しい。
ただ一つわかる事は、グリファートは今からこのか弱い子供を失望させる事しかできないのだという事だった。
早く何か言わなければ。そう思うのに喉が張り付いてうまく言葉が出てこない。
トアは大人しくしたままグリファートの返事を待っている。まるでいい子にしていればきっと願いは叶うのだと、そう信じているように。
何と言ってあげたら少しでも傷つけないで済むだろう。何をしてあげたら小さな心を癒やしてあげられるだろう。
考えて、考えて、グリファートは一度目を瞑ると、小さく息を吐いた。
「…………ごめん」
溢れた声はひどく震えていた。
その言葉にトアもきょとんとした表情で首を傾げる。
「ごめん、俺には……できない。君のお母さんを、助けてあげられない」
そこまで言ってグリファートは口を噤んだ。
グリファートが頭に浮かべた言葉はどれも聖職者としての───言ってしまえば上っ面の綺麗事だった。
本当にトアが欲しているものを与える事などグリファートにはできないのに、偉そうに何を言ってあげられるというのだろう。
そんな無力さに小さな手を握った指先に知らず力が篭る。
トアは尚も首を傾げ目を瞬かせるだけだったが、一瞬考えるように目線を落とすと「それは……」と呟いた。
ゆっくりと、伏せられていた暗い瞳がグリファートを覗き込んでくる。
「聖職者様が、悪い聖職者様だからですか?」
儚くも、はっきりとしたトアの声に頭が揺さぶられた。
グリファートは震えそうになる身体をぐ、と堪えるとトアの視線を真正面から受け止めて頷いてやる。
「………うん。そうだね」
グリファートの返事に、少し離れたところで様子を窺うように腕を組んでいたキースの視線が飛んでくるのを感じた。
一瞬だけ驚いたような表情をして見せたが、真意を探るためかすぐにその目は細められる。
グリファートはトアの視線に合わせるように地面に膝をつくと、握ったままだった小さな手にもう片方の手を重ね両手で包み込んだ。
「君のお母さんを助けてあげる事のできない俺は、君にとって悪い聖職者なんだろうね」
グリファートがどうこう以前に、例え国一番の優秀な聖女であっても死者を蘇らせる事などできない。
だがそれを今トアに伝えたところで、この子にとっては関係のない事だろう。グリファートはトアの望みを叶えてやれない無能な聖職者であり、その事実はトアの前ではどうしたって変えられないのだ。
「……ボクは、お母さんには会えないんですか?」
グリファートが無言で頷けば、トアもすっと目を伏せた。
「そう、ですか…残念です。聖職者様なら助けてくれるって思っていたから…」
トアの手から力が抜けていくのがわかる。
そのままグリファートの指をすり抜け、小さな手はだらりと垂れ下がってしまった。
「お母さんが元気になったら、今度はボクがお母さんのために色々頑張ろうって……そう思っていたんです。でも……ボクはお母さんに会えないんですね」
聞き分けのいい子供のようにそう言うと、トアは母親が眠っているであろう墓の前で蹲る。ちらりと見えた表情はすべての感情が抜け落ちてしまった人形のようだった。
グリファートはそんなトアの背に近づくと、小さな身体を包み込むように抱きしめた。
そうして懇願するように目を瞑る。
それは今にも砕け散ってしまいそうな目の前の心を守るための祈りだったのか、それとも自身にのし掛かる罪悪感から逃れたいがための行為だったのか。
グリファートはせめてもの思いで少年の身を包む腕に魔力を込めた。
身体に纏う瘴気の圧と、身体の芯がミシミシと軋む感覚が今のグリファートには酷く苦しく感じるが、それよりも今はトアを慰めてあげたかった。
いや、こんな事しかしてやれないのだ。
トアとグリファートの間で暖かな光が灯る。
消えてしまった燈を再び灯す事はできない。だからせめて、残されている小さな燈がこの先も消えずに在り続けてくれますようにと。
そう願いを込めて魔力を放出したと同時、辺り一面に眩い光が弾けて輝いた。
「……ッ、ぅ」
抱きしめた腕の中の小さな身体が震える。
手の甲に感じた熱く湿る気配にグリファートがそっと視線を下ろせば、トアの肩がひく、ひくっと揺れていた。
ほとりと、少年の瞳から大粒の涙が溢れ出ては落ちていく。
グリファートはそっと宥めるようにトアの頭を撫でた。
「ぅ、あっ…ううっ、おかあ、さん…、…っ!」
腕の中のトアが身を捩って振り返る。
グリファートの胸に顔を埋め、小さく震える手でぎゅうと祭服を握った。
悲痛な、それでいて今にも壊れてしまいそうな儚い叫びにグリファートは深く突き刺される。
だがその痛みはトアの痛みそのものだ。だからこそ、グリファートは受け止めなければならない。オルフィスにやってきた聖職者として、トアが抱えきれない憎しみと哀しみの捌け口として。
「う、っ…ッぅ、お母さん…、…っ!」
「…………」
「うう、ぅ…っ、っひ、ぅ…っ」
────何もしてあげられなくてごめん。
口から吐き出されたのかもわからないほど微かなそれは、棺の中で眠った彼女に向けたものと同じ、そんな情けない言葉だった。
見上げた空は浄化を施し澄んでいる筈なのに、今は悲しみに涙するように雨雲に覆われている。
やがてぽつぽつと降り出した雨は地面を、墓を、グリファートの頬を濡らしていった。
「ごめんね……」
雨音に紛れるような嗚咽は果たして誰のものだっただろうか。
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