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【23】見たくない
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「聖職者と一緒に避難しろ、だ?」
教会の扉を開けレオンハルトの前に現れたのは吊り上がった眉を不機嫌そうに顰めたルドガだった。
見たところ他に人影はない。物資を届けに来た風でもないレオンハルトの様子を奥の部屋で窺っているのだろう。
レオンハルトの口から聖職者という言葉が出た途端、教会内に唯ならぬ雰囲気が漂う。ルドガは目付きをより一層鋭くすると嘲るように鼻で笑った。
「ハッ、そんな奴に従うなんて冗談じゃねぇな」
ルドガを始め教会に篭っている人々は頑なに聖女や聖職者を拒絶している。レオンハルトもそれは充分に理解しているつもりだったが、この狭い空間に何日も篭っているせいで疑心や鬱屈とした感情が以前より増して強くなってしまったらしい。
レオンハルトはそれを改めて思わされ、頭が重くなるのを感じた。
「従わせてなんていない。この場所がずっと安全なわけじゃないって事は、アンタたちも気付いてるだろ」
「ああ、そうだな。俺たちがこうして生きてられるのはお前のおかげだよレオンハルト。お前が今すぐにでも聖壁を崩しちまったら俺たちはまとめて死んじまう」
大袈裟に言ってみせるルドガの言葉の半分は恐らく本心だろう。だがもう半分はレオンハルトに対する明確な敵意を含んでいた。
「けどな、今さら現れた聖職者が何だよ。助けにきて下さってありがとうございますって媚び諂って感謝しろって?俺たちがこんな目に遭ってるのは元はと言えばあいつらのせいだろうが」
「瘴気が噴出したのは聖職者や聖女のせいじゃない」
「だから死んでいった奴らは残念でしたってか?」
笑みを歪にさせたルドガは大いに嫌味を込めて言い放った。
そんな事など言っていないし、思ってもいないのだが、この教会内では何を言っても通用しそうにない。ルドガもわざとレオンハルトを煽っているようだ。
「なあレオンハルト、お前は俺以上に散々見てきただろうがよ。助けを待ち続けて、どうにも出来ずに死んでいった奴らを」
どかりと教会の長椅子に腰を下ろしたルドガはレオンハルトを睨め付けた。
「俺は死んでいった奴らを見るたびに思ったぜ?何が聖女や聖職者だ、神に祈ったって救ってくれやしねぇじゃねぇかってな」
「………」
「お前は思わなかったか?本当に?ただの一度も、アイツらに対して、何も思わなかったか?」
ぐ、と拳を握ったルドガは怒りのぶつけどころを探しているようでもあった。
目の前にいるのが聖女や聖職者だったらこんな会話すらできていないのだろう。レオンハルトがオルフィスの守護者であり、今日までここを守ってくれている恩人だと理解しているからこそ、ルドガは訴えているのだ。
お前も散々傷ついてきたのに、何故その怒りを聖女や聖職者にぶつけないのか───と。
「…確かにな。何も思わなかったと言えば嘘になる」
小さく息を吐き、自白でもするように告げれば、ルドガが「やっぱりな」とでも言いたげな表情をしてみせた。
ルドガの言うように、レオンハルトは幾度となく命を見送り、そのたびに思ったのだ。どうして助けに来てくれないのだと、どうしてオルフィスを見放したのかと。
理不尽な訴えだと分かっていてもそう思わずにはいられなかった。
───だが、その感情が怒りや憎しみかと聞かれたらそうではなかった。
「正直に言えば俺が一番オルフィスを見殺しにするところだった」
「………は?」
突然の、レオンハルトからの思ってもない言葉にルドガは固まった。
「は、はあ…?聖職者を庇いたいからって適当な事言うなよ。俺たちをしっかり聖壁で守っておいてそんな……」
「俺が聖壁を崩したらここにいる奴らはまとめて死んでしまう、だろ?」
先ほど自分が口にした言葉を真顔で返されたルドガは唖然としてしまう。
レオンハルトは守護者だ。例え心に抱いても、そんな事を口にするとは思わなかったのである。
「守護者が様ぁないと笑うか?だが命を見送り続ける事も、今ある命を背負い続ける事も、あの時の俺が抱え込むには重かった。だから───」
無責任にも見殺しにしかけた。
それは聖女や聖職者への憎悪からくる当て付けなどではなく、守護者のくせに何も守れないという自分の無力さからくる諦めだった。
あの日、あの時、あの男に出会っていなければ。
小さな命に手をかけたと同時に、何もかもを手放してしまっていた事だろう。
だがそれを留まらせてくれたのだ。
「諦めかけた俺に、まだ足掻いてみろと言われたようだった」
光が弾け、みるみるうちに癒えていく少年の姿を見てレオンハルトは暫し呼吸を忘れてしまった。それほどに衝撃的で奇跡的で、夢を見ているのかとさえ思ったほどなのだ。
気付けば倒れゆく男の身体をレオンハルトは無意識に支えていた。
まるで、手放しかけたすべての命を掬い上げるように。
「あの男がいなければ、もう一度オルフィスを守る決意もできなかっただろうな」
言いながら一歩近付いて来たレオンハルトに、ルドガは長椅子に腰掛けた状態でびくりと身体を強張らせた。
見殺しにされかけたオルフィスの人々の命を間接的に救ってくれたのが、まさか憎き聖職者だったとは。何か言い返してやりたいという思いはあるのに、その事実を知ってしまったルドガは言葉を発する事もできない。
「教会にいるアンタたちも見殺しにはしない。救いたい。だからこうして避難して欲しいと頼みに来た」
レオンハルトはルドガの目の前までやってくると足を止めた。
見下ろされているせいでより緊張感が走る。ルドガが思わず唾を飲み込んだのとレオンハルトが口を開いたのはほぼ同時だった。
「俺はもう、誰かが死ぬのを見たくない」
教会の扉を開けレオンハルトの前に現れたのは吊り上がった眉を不機嫌そうに顰めたルドガだった。
見たところ他に人影はない。物資を届けに来た風でもないレオンハルトの様子を奥の部屋で窺っているのだろう。
レオンハルトの口から聖職者という言葉が出た途端、教会内に唯ならぬ雰囲気が漂う。ルドガは目付きをより一層鋭くすると嘲るように鼻で笑った。
「ハッ、そんな奴に従うなんて冗談じゃねぇな」
ルドガを始め教会に篭っている人々は頑なに聖女や聖職者を拒絶している。レオンハルトもそれは充分に理解しているつもりだったが、この狭い空間に何日も篭っているせいで疑心や鬱屈とした感情が以前より増して強くなってしまったらしい。
レオンハルトはそれを改めて思わされ、頭が重くなるのを感じた。
「従わせてなんていない。この場所がずっと安全なわけじゃないって事は、アンタたちも気付いてるだろ」
「ああ、そうだな。俺たちがこうして生きてられるのはお前のおかげだよレオンハルト。お前が今すぐにでも聖壁を崩しちまったら俺たちはまとめて死んじまう」
大袈裟に言ってみせるルドガの言葉の半分は恐らく本心だろう。だがもう半分はレオンハルトに対する明確な敵意を含んでいた。
「けどな、今さら現れた聖職者が何だよ。助けにきて下さってありがとうございますって媚び諂って感謝しろって?俺たちがこんな目に遭ってるのは元はと言えばあいつらのせいだろうが」
「瘴気が噴出したのは聖職者や聖女のせいじゃない」
「だから死んでいった奴らは残念でしたってか?」
笑みを歪にさせたルドガは大いに嫌味を込めて言い放った。
そんな事など言っていないし、思ってもいないのだが、この教会内では何を言っても通用しそうにない。ルドガもわざとレオンハルトを煽っているようだ。
「なあレオンハルト、お前は俺以上に散々見てきただろうがよ。助けを待ち続けて、どうにも出来ずに死んでいった奴らを」
どかりと教会の長椅子に腰を下ろしたルドガはレオンハルトを睨め付けた。
「俺は死んでいった奴らを見るたびに思ったぜ?何が聖女や聖職者だ、神に祈ったって救ってくれやしねぇじゃねぇかってな」
「………」
「お前は思わなかったか?本当に?ただの一度も、アイツらに対して、何も思わなかったか?」
ぐ、と拳を握ったルドガは怒りのぶつけどころを探しているようでもあった。
目の前にいるのが聖女や聖職者だったらこんな会話すらできていないのだろう。レオンハルトがオルフィスの守護者であり、今日までここを守ってくれている恩人だと理解しているからこそ、ルドガは訴えているのだ。
お前も散々傷ついてきたのに、何故その怒りを聖女や聖職者にぶつけないのか───と。
「…確かにな。何も思わなかったと言えば嘘になる」
小さく息を吐き、自白でもするように告げれば、ルドガが「やっぱりな」とでも言いたげな表情をしてみせた。
ルドガの言うように、レオンハルトは幾度となく命を見送り、そのたびに思ったのだ。どうして助けに来てくれないのだと、どうしてオルフィスを見放したのかと。
理不尽な訴えだと分かっていてもそう思わずにはいられなかった。
───だが、その感情が怒りや憎しみかと聞かれたらそうではなかった。
「正直に言えば俺が一番オルフィスを見殺しにするところだった」
「………は?」
突然の、レオンハルトからの思ってもない言葉にルドガは固まった。
「は、はあ…?聖職者を庇いたいからって適当な事言うなよ。俺たちをしっかり聖壁で守っておいてそんな……」
「俺が聖壁を崩したらここにいる奴らはまとめて死んでしまう、だろ?」
先ほど自分が口にした言葉を真顔で返されたルドガは唖然としてしまう。
レオンハルトは守護者だ。例え心に抱いても、そんな事を口にするとは思わなかったのである。
「守護者が様ぁないと笑うか?だが命を見送り続ける事も、今ある命を背負い続ける事も、あの時の俺が抱え込むには重かった。だから───」
無責任にも見殺しにしかけた。
それは聖女や聖職者への憎悪からくる当て付けなどではなく、守護者のくせに何も守れないという自分の無力さからくる諦めだった。
あの日、あの時、あの男に出会っていなければ。
小さな命に手をかけたと同時に、何もかもを手放してしまっていた事だろう。
だがそれを留まらせてくれたのだ。
「諦めかけた俺に、まだ足掻いてみろと言われたようだった」
光が弾け、みるみるうちに癒えていく少年の姿を見てレオンハルトは暫し呼吸を忘れてしまった。それほどに衝撃的で奇跡的で、夢を見ているのかとさえ思ったほどなのだ。
気付けば倒れゆく男の身体をレオンハルトは無意識に支えていた。
まるで、手放しかけたすべての命を掬い上げるように。
「あの男がいなければ、もう一度オルフィスを守る決意もできなかっただろうな」
言いながら一歩近付いて来たレオンハルトに、ルドガは長椅子に腰掛けた状態でびくりと身体を強張らせた。
見殺しにされかけたオルフィスの人々の命を間接的に救ってくれたのが、まさか憎き聖職者だったとは。何か言い返してやりたいという思いはあるのに、その事実を知ってしまったルドガは言葉を発する事もできない。
「教会にいるアンタたちも見殺しにはしない。救いたい。だからこうして避難して欲しいと頼みに来た」
レオンハルトはルドガの目の前までやってくると足を止めた。
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