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第4章
50・取引
しおりを挟む「気分はどうだ、神子殿」
「最悪ですけど……?」
見知らぬ場所、見知らぬ屋敷、目の前には冷めた目をした金髪の青年。
国王様相手だと分かっていたが、私は正直な思いを口にした。
もう今更取り繕う気にもならない。
神殿から連れさられてしばらく馬車に揺られていると、妙なまじない(?)が解けたのか自由に動けるようになった。
程なくしてたどり着いたのがこのお屋敷だ。
周囲は木々が生い茂っており、街からは離れているだろうことは分かる……。
多分、王城では無いだろう。
屋敷に着いて、否応なしに国王様に抱えられ運ばれたのが、屋敷の二階にある一室だった。
室内には、シンプルではあるが品の良い調度品が揃っている。
私と国王様は、向かいあわせに置かれたソファに座り、睨み合っていた。
否、主に睨んでいるのは私だ。
国王様は足を組んで、くつくつと楽しそうに笑っている。
「私をさらって……一体何が目的ですか」
「そう怖い顔をしなくてもいいだろう。ただ、私は……お前が欲しいだけだ」
「……私?」
そういえば神殿でも「私のものになれ」とかなんとか言っていた。
下手をすれば恋愛的なニュアンスがあるようにも取れるような言葉だが、当然国王様からはそういったものは感じられない。
「取引をしようじゃないか。神子殿」
国王様は、試すように私を見た。
取引?
思ってもいなかったことを言われて、私は眉をひそめた。
「私は『神子』という存在のお前と、その身に宿る力がほしい。その代わり、お前には神子としての身分だけでなく、この国の正妃という身分をやろう」
国王様の狙いは、『神子』という存在と私に宿る力……。
何故一般人である私に力なんぞが宿っているのだろうか。と、一瞬思ったが、心当たりがないわけではなかった。
私は神様とぶつかったことによって、神と同化してしまっている(らしい)。
おおよそ、私と同化している神様の力のことを指しているのではないだろうか。
――って、待って? 代わりに正妃の身分をやる? それってつまり――。
「……どういうことですか」
何となく意味を察してしまったが、私の勘違いだと思いたくて、私は国王様に聞き返す。
国王様は、持っていた杖をくるりとひとまわしすると、ついと伸ばして杖先で私の顎を持ち上げてきた。
「私と結婚しないか、と言っている」
国王様は、整った顔立ちの金髪美青年だ。
そんな青年に、顎クイならぬ杖クイをされている。
もし、シチュエーションが違えばドキドキするシーンだったかもしれない。
だけど、現状私たちの間には、非常に緊迫した空気が流れていた。
国王様の瞳には、熱が宿っていない。生きているの死んでいるのか分からない、それほどに冷めた瞳をしている。
「……お断りします」
私は湧き上がる恐怖を押さえ込んで答えると、顎にかけられた杖を手で払いのけた。
その取引には、欠片も魅力を感じない。
正妃の身分なんて、今以上に厄介なことにしかならないだろう。
そもそも私のような小娘が正妃など、務まるとは到底思えない。
――それに、私が結婚するなら……。
私が結婚をしたいと思うのは、国王様ではないのだ。
私がそばにいたいのは、いて欲しいのは、ジェラルドだけだ。
国王様は私を見て一瞬目を見開いたが、やがて少し俯くとまたくつくつと笑った。
「お前に拒否権があるとでも……?」
国王様がゆっくりとした動作で立ち上がり、私の方へやってくる。
私の目の前まで来ると体をかがめ、背もたれに手をついた。
「……っ」
国王様の体に囲われてしまって、動けなくなる。
思った以上の迫力に、私はびくりと身をすくませた。
「ジェラルドが珍しくも感情を露わにしていた。そこまで気に入っている神子殿を奪ったら、どれほど心地いいだろうな?」
国王様が背もたれについた手とは反対の手を、私に伸ばしてくる。
その冷たい指先が、私の顎をくいと持ち上げた。
今度こそ、正真正銘顎クイだ。
国王様は私の中を覗き見るかのように、間近で私の瞳を見つめた。
国王様には、一体何が見えているというのだろう。
「さすがは神子というだけはある。その身に宿る力、ルーチェ神の力だ。かなり奪ったとは思っていたが、まだ持っていたとは……」
「……奪った?」
どうしてもその一言がひっかかって、私は言葉を繰り返した。
まさか、国王様が神様の力を奪っていた犯人?
神殿で使っていた私やニコラスの動きを止めたあの力、まさか神様のものなのだろうか。
「ああ。神を呪い、その力の大半は全てこの杖の中よ」
杖、とは国王様が今片手に持っている赤い宝石のついた杖のことか。
国王様が言葉を発する度に、私の中に嫌悪感が膨らんでいくのを感じていた。
「神の子を妻とし、神の力を全て我がものとすることで、ジェラルドよりも私の方が王にふさわしいことを証明するのだ」
「そんな、ことのために……!」
たったそれだけの目的のために、神様から力を奪ったというのか。
街で反神殿派の人たちと遭遇したときも思ったが、人というのは随分と身勝手だ。
勝手に神という存在を崇めたり、否定したり、力を奪ったり。
神様はその身勝手ささえも「愛おしい」と言っていたが、私はそうは思えなかった。
なぜなら私も、人の子なのだから。
「そんなことだと? そんなことでは無い。出来の良い義弟に長年比べられ続け、王位についてもなお義弟の方が王にふさわしいと言われる私の気持ちがお前にわかるか!」
私の言葉は国王様を怒らせるものだったらしい。
国王様は私から離れると、苛立ちをあらわに髪をかきあげた。
「……興が冷めた」
そのまま、部屋の出口へ向かっていくと、扉を開ける前にこちら振り返った。
「お前が私の考えを理解出来なかろうがそんなことは関係ない。お前はもう、俺のものだ。しばらくこの部屋で頭を冷やすんだな」
そう冷たく言い放って、部屋を出ていく。
勝手に連れ去られた挙句、なぜそんなことを言われなければならないのか。
機嫌が悪い私は思う。
――頭を冷やすべきなのは国王様だ。
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