女學生のお嬢さまはヤクザに溺愛され、困惑しています

真風月花

文字の大きさ
245 / 257
八章

6、その子【1】

しおりを挟む
「今日はなー、官営鐵道やのうて、電氣鐵道に乗るんやで」
「かんえーてつど?」

 蒼一郎さんに手をつながれた琥太郎さんは首を傾げながら、見上げています。
 質問が好きな子なのか、好奇心が強いのか。ご本を読んでいてもお散歩をしていても、しじゅうこうして問いかけてくるんです。

「んー、国か民間かの違いなんやけど。なぁ、絲さん。どうやって説明したらええん?」

 えー、困りますよ。わたしだって違いは分かっても、四歳に満たない子どもに易しく説明なんてできません。

「なんで? なんで?」とでも言いたげに、琥太郎さんが琥珀色の瞳で、わたしをじーっと見つめてきます。
 どうしましょう。「おかーさんは、おばかなの?」なんて思われたら。
 焦ってしまって、言葉が詰まります。

 そんな大きな石でもないのに、道端に転がった石につまずいて、わたしはよろめいてしまいました。
 
「大丈夫か? 絲さん」
「おかーさん、だいじょぶ?」

「え、ええ」と笑顔を浮かべますが。やはり頭の中は、どう説明したらいいのかでいっぱいです。
 大通りに出たので、さすがにいい大人が転ぶのも恥ずかしいですよね。

 太平洋の覇者といわれるパシフィックメイル商會の、煉瓦造りの建物の前を過ぎます。車道には人力車と荷を引く馬車、土埃は多いですがやはり晴れた日のお出かけは心地よいものです。

 その時、ざっざという音が聞こえました。車道ではなく、わたし達の近くで。

 とても急いでいるような、そのせいで草履を引きずるような足音です。後を追う小走りな足音も。
 
「奥さま、お待ちください」
「うるっさいわね。あんた、子守りでしょ、指図しないでちょうだい」
「どうか……どうか、坊ちゃんを」

 悲痛な叫びに似た声。わたし達は立ち止まり、真横を過ぎていくハイカラな女性を見送りました。
 つんとあごを上げて、和装ですのに髪はコテを当ててあるようで、斜めに分けた前髪はなみなみとウェーブがかかっています。

 後を追う女性は幼子を抱っこして、必死で後を追っています。白い割烹着のまま出てくるような場所ではないので、誰もが一斉に振り返っています。

「お清さんやんか」
「三條の旦那さま」

 二人は顔見知りのようで、互いに目を丸くしています。
 
 割烹着を着ていても、お清さんと呼ばれた女性は品のあるかたのようで、大人びた束髪がよく似合っていらっしゃいます。
 以前、蒼一郎さんがちりめん山椒をお作りになった時に、お清さんとお店で会ったことがあるとのことでした。うちの料理番とお清さんは親しいのだそうです。

「ん? その子、もしかして地主のとこの子ぉか」
「はい……その、病院帰りなんです。ちょうど病院にお連れしたところで、奥さまにばったりと会ったので……せめて、一緒に帰ってもらえたら、と」

 口ごもりながら、お清さんは愛おし気に腕の中の男の子を見つめています。
 消毒薬のつんとした匂い。琥太郎さんはわたしの手をきゅっと握りしめながら、抱き上げられたまま眠っているその子を見つめています。

「けが、したん?」
「え、ええ。ちょっとね」

 外から見た状態では分かりませんが。どうやら服の下の部分に怪我を負っているようです。

「大丈夫なんですか? あの、立ち入ったことを申し上げて済まないのですけれど。その、普通の怪我ではないのでは」

 わたしの言葉に、お清さんはぐっと唇を噛みしめました。
 その表情と、今にも泣きだしそうに潤んだ瞳で分かりました。

 この子は、背中を向けて立ち去っていく母親に傷つけられたのだと。

「噂は聞いとう。あんまり走って追いかけても、その子の傷に障るやろ。もう帰った方がええんとちゃうか? 気持ちは分かるけどな」

 蒼一郎さんの提案に、お清さんは小さく頷きます。その動きの所為でしょうか、男の子がゆっくりと瞼を開きました。

「おきよ。どうちたの?」
「どうもしませんよ、大丈夫です。お家に帰りましょうね」
「うん。ぼくね、なかなかったよ」
「ええ、ええ。坊ちゃんはお強いですからね」

 かすれた声で一生懸命お清さんに話しかけ、無理に笑顔を作る様子があまりにもつらくて。
 わたしは胸が塞がれたように苦しくなりました。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

虚弱なヤクザの駆け込み寺

菅井群青
恋愛
突然ドアが開いたとおもったらヤクザが抱えられてやってきた。 「今すぐ立てるようにしろ、さもなければ──」 「脅してる場合ですか?」 ギックリ腰ばかりを繰り返すヤクザの組長と、治療の相性が良かったために気に入られ、ヤクザ御用達の鍼灸院と化してしまった院に軟禁されてしまった女の話。 ※なろう、カクヨムでも投稿

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

愛し愛され愛を知る。【完】

夏目萌
恋愛
訳あって住む場所も仕事も無い神宮寺 真彩に救いの手を差し伸べたのは、国内で知らない者はいない程の大企業を経営しているインテリヤクザで鬼龍組組長でもある鬼龍 理仁。 住み込み家政婦として高額な月収で雇われた真彩には四歳になる息子の悠真がいる。 悠真と二人で鬼龍組の屋敷に身を置く事になった真彩は毎日懸命に家事をこなし、理仁は勿論、組員たちとの距離を縮めていく。 特に危険もなく、落ち着いた日々を過ごしていた真彩の前に一人の男が現れた事で、真彩は勿論、理仁の生活も一変する。 そして、その男の存在があくまでも雇い主と家政婦という二人の関係を大きく変えていく――。 これは、常に危険と隣り合わせで悲しませる相手を作りたくないと人を愛する事を避けてきた男と、大切なモノを守る為に自らの幸せを後回しにしてきた女が『生涯を共にしたい』と思える相手に出逢い、恋に落ちる物語。 ※ あくまでもフィクションですので、その事を踏まえてお読みいただければと思います。設定等合わない場合はごめんなさい。また、実在の人物・団体等とは一切関係ありません。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

お隣さんはヤのつくご職業

古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。 残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。 元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。 ……え、ちゃんとしたもん食え? ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!! ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ 建築基準法と物理法則なんて知りません 登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。 2020/5/26 完結

ヤクザの組長は随分と暇らしい

海野 月
恋愛
キャバクラでバイトするリカ 店に来たヤクザの組長である中井律希のテーブルにつかされた 目当ての女の接客じゃないことに面倒くさそうな態度だったこの男。それがどうして―― 「リカちゃん。俺の女になって」 初めての彼氏がヤクザなんて絶対にごめんだ! 汚い手も使いながらあの手この手で迫ってくる中井を躱し、平和な日常を取り戻そうとあがくストーリー

龍の腕に咲く華

沙夜
恋愛
どうして私ばかり、いつも変な人に絡まれるんだろう。 そんな毎日から抜け出したくて貼った、たった一枚のタトゥーシール。それが、本物の獣を呼び寄せてしまった。 彼の名前は、檜山湊。極道の若頭。 恐怖から始まったのは、200万円の借金のカタとして課せられた「添い寝」という奇妙な契約。 支配的なのに、時折見せる不器用な優しさ。恐怖と安らぎの間で揺れ動く心。これはただの気まぐれか、それとも――。 一度は逃げ出したはずの豪華な鳥籠へ、なぜ私は再び戻ろうとするのか。 偽りの強さを捨てた少女が、自らの意志で愛に生きる覚悟を決めるまでの、危険で甘いラブストーリー。

処理中です...