追放されたデバフ使いが実は対ボス最終兵器でした〜「雑魚にすら効かない」という理由で捨てられたけど、竜も魔王も無力化できます〜

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第2話【真価を知らぬまま】

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 第2話【真価を知らぬまま】

 安宿『銅の枝亭』の二階。

 窓から差し込む午後の光が、ホコリを浮かび上がらせていた。

 ベッドに腰を下ろし、俺は懐の袋を開ける。

 銅貨がチャリチャリと音を立てた。

「三百枚か」

 指先で数える。

 間違いない。

 この額で、どれだけ生活できる?

 一泊二食付きでこの宿は銅貨十枚。

 つまり三十日分。

 一ヶ月後には路頭に迷う計算だ。

 手が、自然と拳を握る。

 五年間。

 千八百二十五日。

 その対価が、たったこれだけ。

 いや。

 違う。

 感情的になっても意味がない。

 俺は深く息を吸った。

 吐く。

 落ち着け、アクセル。

 冷静に分析しろ。

 問題は報酬額ではない。

 問題は、マルセルの言葉だ。

『お前のデバフは雑魚敵にすら効いていない』

 その判断が、根本的に間違っている。

 俺のスキル【弱体化】は。

 脳裏に、スキルの詳細が浮かぶ。

 五年前、冒険者登録をした日。

 ギルド職員が驚いた顔を今でも覚えている。

「デバフ特化……珍しいですね」

 そう言われた。

 【弱体化 Lv.5】

 効果:対象の全能力を三十パーセント減少させる。

 持続時間:十分間。

 射程:視認可能な範囲。

 制限:一度に一体まで。

 数値だけ見れば、確かに地味だ。

 三十パーセント。

 ゴブリンの攻撃力が十から七になる程度。

 体感できる差ではない。

 だからマルセルは「効いていない」と判断した。

 でも。

 俺には、ずっと疑問があった。

 なぜゴブリンすら倒せないんだ?

 レベル五のスキルなのに。

 試しに、あの時。

 三年前の森での出来事を思い出す。

 マルセルたちがオーク討伐に向かった日。

「アクセル、お前は見張りだ。外で待ってろ」

 いつもの台詞。

 だが、あの日は違った。

 洞窟の入口で待機中、別のオークが現れた。

 レベル三十。

 単独では勝てない相手。

 トッに【弱体化】を発動した。

 オークの動きが鈍った。

 明らかに、鈍った。

 俺の短剣が、通常なら弾かれる皮膚に刺さった。

 辛うじて撃退できた。

 あれは、何だったんだ?

 ゴブリンには効かないのに、オークには効いた?

 おかしい。

 レベルが高い方が、デバフは効きにくいはずだ。

 それとも――

 指が、自然と顎に触れる。

 考えろ。

 もし、逆だったら?

 もし、対象のレベルが高いほど効果が増すスキルだったら?

 仮説:【弱体化】の効果は対象の元の能力値に比例する。

 ゴブリン(Lv.10)→三十パーセント減少→体感できず。

 オーク(Lv.30)→三十パーセント減少→明確な差。

 だとすれば。

 マルセルが俺を雑魚狩りにしか連れて行かなかったから。

 俺の真価が、一度も発揮されなかった。

 息が、喉の奥で引っかかる。

 五年間。

 ずっと、証明する機会がなかった。

「兄ちゃん」

 ドアがノックされる。

「晩飯の時間だよ」

 低く、しゃがれた声。

 宿の主人だ。

「……はい」

 俺は立ち上がった。


 一階の食堂は、薄暗く静かだった。

 他に客はいない。

 木製のテーブルに、パンとスープが置かれる。

「ゆっくり食べなされ」

 主人は、そう言って向かいの席に座った。

 白髪混じりの髪。

 深いシワが刻まれた顔。

 だが、目だけは穏やかだった。

「元気ないね」

 主人が口を開く。

「……ええ、まあ」

 俺はスープに口をつけた。

 塩味が、疲れた体に染みる。

「パーティから追い出されたんだろう?」

 ずばりと言われた。

 驚いて顔を上げる。

「なぜ」

「この宿に一人で来る冒険者は、大抵そうさ」

 主人は苦笑した。

「顔に書いてある。『居場所を失った』ってな」

 否定できなかった。

 俺は黙ってパンをちぎる。

「デバフ使いなんです」

 なぜか、口が勝手に動いた。

「五年間、雑魚狩りばかりで。ボス戦は一度もなくて」

「で、追放されたと」

「……はい」

 主人は、ゆっくりとウナズいた。

 何かを思い出すような、遠い目をしている。

「デバフねえ」

 主人の指が、テーブルを軽くタタく。

「昔、ここを通った冒険者でのう」

「冒険者……ですか」

「ああ。もう三十年も前の話じゃが」

 主人の声が、少し低くなった。

「その男もデバフ使いでな。皆から『役立たず』

 と呼ばれておった」

 俺の手が、止まる。

「じゃが、ある日のことじゃ」

 主人は遠くを見つめた。

「北の山に竜が現れた」

「竜……」

「そうじゃ。古代竜グラナドスという、恐ろしい獣でな」

 主人の目が、わずかに細まる。

「王国軍も、S級冒険者たちも、誰も敵わなかった」

 息をむ。

 竜。

 伝説の中にしか存在しないと思っていた。

「じゃが、その『役立たず』

 のデバフ使いがおったおかげで」

 主人はゆっくりと、一息ついた。

「竜を倒せたんじゃ」

「どうやって」

「デバフをかけたら、竜の動きが子供のように鈍くなったそうな」

 主人は笑った。

「強い相手ほど、デバフは効く。そういう話じゃった」

 心臓が、強く脈打つ。

 強い相手ほど。

 まさに、俺の仮説と同じだ。

「その人は、今どこに」

「さあてな。旅立ってしもうて、消息は知らん」

 主人は首を振った。

「じゃが、その男が言っておったそうじゃ」

 主人の目が、真っ直ぐ俺を見る。

「『弱い敵ばかり相手にしていたら、自分の本当の力は分からない』とな」

 喉が、カラカラに乾いた。

 水を飲む。

 手が、わずかに震えている。

「兄ちゃん」

 主人が、優しく言った。

「お前さんの力が本物かどうかは、わしには分からん」

「でも、もしかしたら――お前さんも、その男と同じかもしれんのう」

 胸の奥が、熱くなる。

 もしかしたら。

 俺のスキルも、本当は。

「ありがとうございます」

 俺は深く頭を下げた。

「少し、希望が見えました」

「それは良かった」

 主人は立ち上がる。

「明日からどうするつもりじゃ?」

「ギルドに行きます」

 俺は答えた。

「ソロで、強い敵と戦える依頼を探します」

「そうか」

 主人は満足そうに笑った。

「なら、早く寝なされ。朝は早い方がいい」

「はい」


 部屋に戻り、ベッドに横になる。

 窓の外で、月が昇り始めていた。

 竜を倒したデバフ使い。

 伝説かもしれない。

 作り話かもしれない。

 でもそれが本当なら。

 俺にも、可能性がある。

 五年間、証明できなかった力。

 明日から、それを試せる。

 不安はある。

 失敗するかもしれない。

 でも、このまま何もしないよりはいい。

 目を閉じる。

 明日、新しい一歩を踏み出す。

 この『無能』が、本当は何者なのか

 それを、自分自身で確かめるために。
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