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第35話 社内スパイを探したら、全員が忠誠心マックスだった件
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朝だ。
目が覚めても、頭の中で同じ言葉がリピートしていた。
「あなたの周りには、おしゃべりな人がいるようですね」
御子柴の声が、耳の奥で再生される。
あの営業マン特有の、人を舐めきった笑顔。
元上司の黒田より、よほどタチが悪い。
俺は布団の中で天井を睨んだ。
考えろ。
公安の監査は突破した。
山本主任も桐生も、怪異の正体には気づいていなかった。
なら、情報源は別にある。
内部か。
外部か。
胃がきりきりと痛んだ。
この感覚には覚えがある。
ブラック企業時代、部下の誰かが情報を漏らしていると疑われた時と同じだ。
あの時は、犯人は俺だった。
うっかり社内チャットの誤爆で機密情報を全社に流した。
結果、三日間の徹夜デスマーチが発生した。
今回は、俺じゃない。
だが、誰かが漏らしているのは確実だ。
「カイトさん、朝ごはんですよ」
襖の向こうからミレイの声がした。
俺は重い体を起こし、居間へ向かった。
◇
炬燵に潜り込み、味噌汁をすする。
ミレイの作る朝食は相変わらず完璧だ。
焼き魚、漬物、卵焼き。
栄養バランスも申し分ない。
だが、今朝は味がしなかった。
「カイトさん、顔色が悪いです」
ミレイが心配そうに覗き込んでくる。
マスク越しでも、眉が下がっているのがわかった。
「大丈夫だ。ちょっと寝不足なだけだ」
「昨夜の戦闘で、お疲れになったんですね」
違う。
疲れたのは体じゃない。頭だ。
俺は箸を置いた。
スキマを呼ぶ。
「スキマ、いるか」
天井の隅の影が、わずかに揺らいだ。
次の瞬間、柱の隙間から白い顔が覗いた。
「……呼んだ」
囁き声。
相変わらず、どこから現れるか予測できない。
「極秘任務だ」
俺は声を落とした。
ミレイが目を丸くする。
「従業員全員の動向を探ってくれ。誰かが外部と通じている可能性がある」
沈黙。
スキマの白い顔が、わずかに曇った。
「……みんなを……疑う、の」
「疑いたくない。だが、確認しないわけにはいかない」
経営者として。
リスク管理として。
俺は自分にそう言い聞かせた。
スキマは何も言わず、影に溶けるように消えた。
後味の悪さだけが残った。
◇
二時間後。
冷めた茶を三杯飲み、炬燵で書類を眺めるふりをしていた。
何も頭に入らなかった。
スキマが戻ってきた。
今度は縁側の隙間から、手だけが伸びてメモを差し出した。
「……報告」
俺はメモを受け取り、目を通した。
ハチさん。
農具小屋で黒田を指導中。
「いい穴だったよ! 次はもっと深く掘れ!」と熱心に褒めていた。
ミレイ。
台所でレシピ本を読んでいた。
「カイトさんが元気出るように」と独り言。
ユキ。
冷凍倉庫で在庫管理。
「だいじ、だいじ……しょうひん、しょうひん」と商品を撫でていた。
タエさん。
配送ルートの効率化を検討中。
「坊やのためだからね」とつぶやいていた。
タマ。
屋根の上で昼寝。
「ねむい」以外の発言なし。
俺はメモを握りしめた。
馬鹿らしくなった。
疑う余地がない。
全員、俺のことしか考えていない。
「……みんな……カイトが、すき」
スキマが囁いた。
隙間から覗く目が、少し潤んでいるように見えた。
「すまなかった」
「……いい……でも……もう、疑わないで」
「ああ」
内部はシロだ。
なら、情報源は外にある。
俺は縁側から庭を見た。
タマが屋根の上で丸くなっている。
いつも通りの、怠惰な姿。
だが、その耳がピクリと動いた。
「タマ」
俺が呼ぶと、タマはゆっくりと顔を上げた。
金色の瞳が、俺を見つめる。
「なんか、いる」
「何がだ」
「外。敷地の端っこ」
タマの二股の尻尾が、不機嫌そうに揺れた。
「昨日の夜から気になってた。でも、みんな忙しそうだったから」
俺は額を押さえた。
昨夜の襲撃中に気づいていたのか。
報告しろよ。
「見てこい」
「やだ。外、出れない」
「依代を買う。だから見てこい」
タマの耳がピンと立った。
「買うの」
「買う」
「じゃあ、行く」
現金な猫だ。
◇
DMSを起動し、ショップにアクセスした。
依代キット、50DP。
タマ用の小さな猫の人形を選択し、購入を確定した。
残高が1,850DPに減った。
必要経費だ。惜しくはない。
タマに人形を渡すと、尻尾に巻きつけて消えた。
俺は縁側で待機する。
十分後。
タマが戻ってきた。
口に何かを咥えている。
「これ」
ぽとり、と縁側に落とされたのは、小さな鳥だった。
いや、違う。
鳥の形をした何かだ。
木と紙でできている。
羽根には細かい文字が刻まれていた。
使い魔だ。
「木の上にいた。ずっとこっち見てた」
タマは報告を終えると、そのまま屋根に上がって寝始めた。
仕事が終われば即睡眠。
見習いたい労働観だ。
俺は使い魔を手に取った。
スキマを呼ぶ。
「これ、何かわかるか」
スキマが隙間から顔を出し、使い魔を覗き込んだ。
「……監視用の、使い魔……視覚と聴覚を、術者に送る」
御子柴め。
これで敷地内の様子を盗み見ていたのか。
「おしゃべりな人」の正体がわかった。
内部に裏切り者はいなかった。
ただ、木の上に「目」があっただけだ。
俺は使い魔を握りつぶした。
木と紙が、砕けて粉になる。
「よくも覗いてくれたな」
声が低くなった自覚があった。
これで情報源は潰した。
だが、油断はできない。
御子柴は、また別の手を打ってくるだろう。
あの手の人間は、諦めが悪い。
元上司の黒田と同じだ。
俺は粉になった使い魔を払い落とし、立ち上がった。
「ミレイ」
「はい」
「敷地の外周に、結界を強化できないか。ザシキに相談してくれ」
「わかりました」
ミレイが小走りで去っていく。
俺は空を見上げた。
冬の青空が、どこまでも澄んでいる。
平和な景色だ。
だが、その平和は誰かが守らなければ維持できない。
ブラック企業時代と同じだ。
システムは、放置すれば必ず劣化する。
定期メンテナンスが必要だ。
セキュリティパッチを当て続けなければならない。
俺は炬燵に戻り、冷めた味噌汁を飲み干した。
「カイトさん、温め直しますか」
ミレイが戻ってきていた。
「いや、いい。冷めてても美味い」
「そうですか」
ミレイの目が、嬉しそうに細まった。
マスクの下で、きっと笑っている。
従業員たちは、俺を信じてくれている。
俺も、彼女たちを信じる。
それだけで十分だ。
窓の外で、黒田の悲鳴が聞こえた。
「ハチさん! 穴が深すぎます!」
「ぽぽぽ! まだまだ! もっと掘れ!」
平和だ。
うちの会社は、今日も通常運転である。
目が覚めても、頭の中で同じ言葉がリピートしていた。
「あなたの周りには、おしゃべりな人がいるようですね」
御子柴の声が、耳の奥で再生される。
あの営業マン特有の、人を舐めきった笑顔。
元上司の黒田より、よほどタチが悪い。
俺は布団の中で天井を睨んだ。
考えろ。
公安の監査は突破した。
山本主任も桐生も、怪異の正体には気づいていなかった。
なら、情報源は別にある。
内部か。
外部か。
胃がきりきりと痛んだ。
この感覚には覚えがある。
ブラック企業時代、部下の誰かが情報を漏らしていると疑われた時と同じだ。
あの時は、犯人は俺だった。
うっかり社内チャットの誤爆で機密情報を全社に流した。
結果、三日間の徹夜デスマーチが発生した。
今回は、俺じゃない。
だが、誰かが漏らしているのは確実だ。
「カイトさん、朝ごはんですよ」
襖の向こうからミレイの声がした。
俺は重い体を起こし、居間へ向かった。
◇
炬燵に潜り込み、味噌汁をすする。
ミレイの作る朝食は相変わらず完璧だ。
焼き魚、漬物、卵焼き。
栄養バランスも申し分ない。
だが、今朝は味がしなかった。
「カイトさん、顔色が悪いです」
ミレイが心配そうに覗き込んでくる。
マスク越しでも、眉が下がっているのがわかった。
「大丈夫だ。ちょっと寝不足なだけだ」
「昨夜の戦闘で、お疲れになったんですね」
違う。
疲れたのは体じゃない。頭だ。
俺は箸を置いた。
スキマを呼ぶ。
「スキマ、いるか」
天井の隅の影が、わずかに揺らいだ。
次の瞬間、柱の隙間から白い顔が覗いた。
「……呼んだ」
囁き声。
相変わらず、どこから現れるか予測できない。
「極秘任務だ」
俺は声を落とした。
ミレイが目を丸くする。
「従業員全員の動向を探ってくれ。誰かが外部と通じている可能性がある」
沈黙。
スキマの白い顔が、わずかに曇った。
「……みんなを……疑う、の」
「疑いたくない。だが、確認しないわけにはいかない」
経営者として。
リスク管理として。
俺は自分にそう言い聞かせた。
スキマは何も言わず、影に溶けるように消えた。
後味の悪さだけが残った。
◇
二時間後。
冷めた茶を三杯飲み、炬燵で書類を眺めるふりをしていた。
何も頭に入らなかった。
スキマが戻ってきた。
今度は縁側の隙間から、手だけが伸びてメモを差し出した。
「……報告」
俺はメモを受け取り、目を通した。
ハチさん。
農具小屋で黒田を指導中。
「いい穴だったよ! 次はもっと深く掘れ!」と熱心に褒めていた。
ミレイ。
台所でレシピ本を読んでいた。
「カイトさんが元気出るように」と独り言。
ユキ。
冷凍倉庫で在庫管理。
「だいじ、だいじ……しょうひん、しょうひん」と商品を撫でていた。
タエさん。
配送ルートの効率化を検討中。
「坊やのためだからね」とつぶやいていた。
タマ。
屋根の上で昼寝。
「ねむい」以外の発言なし。
俺はメモを握りしめた。
馬鹿らしくなった。
疑う余地がない。
全員、俺のことしか考えていない。
「……みんな……カイトが、すき」
スキマが囁いた。
隙間から覗く目が、少し潤んでいるように見えた。
「すまなかった」
「……いい……でも……もう、疑わないで」
「ああ」
内部はシロだ。
なら、情報源は外にある。
俺は縁側から庭を見た。
タマが屋根の上で丸くなっている。
いつも通りの、怠惰な姿。
だが、その耳がピクリと動いた。
「タマ」
俺が呼ぶと、タマはゆっくりと顔を上げた。
金色の瞳が、俺を見つめる。
「なんか、いる」
「何がだ」
「外。敷地の端っこ」
タマの二股の尻尾が、不機嫌そうに揺れた。
「昨日の夜から気になってた。でも、みんな忙しそうだったから」
俺は額を押さえた。
昨夜の襲撃中に気づいていたのか。
報告しろよ。
「見てこい」
「やだ。外、出れない」
「依代を買う。だから見てこい」
タマの耳がピンと立った。
「買うの」
「買う」
「じゃあ、行く」
現金な猫だ。
◇
DMSを起動し、ショップにアクセスした。
依代キット、50DP。
タマ用の小さな猫の人形を選択し、購入を確定した。
残高が1,850DPに減った。
必要経費だ。惜しくはない。
タマに人形を渡すと、尻尾に巻きつけて消えた。
俺は縁側で待機する。
十分後。
タマが戻ってきた。
口に何かを咥えている。
「これ」
ぽとり、と縁側に落とされたのは、小さな鳥だった。
いや、違う。
鳥の形をした何かだ。
木と紙でできている。
羽根には細かい文字が刻まれていた。
使い魔だ。
「木の上にいた。ずっとこっち見てた」
タマは報告を終えると、そのまま屋根に上がって寝始めた。
仕事が終われば即睡眠。
見習いたい労働観だ。
俺は使い魔を手に取った。
スキマを呼ぶ。
「これ、何かわかるか」
スキマが隙間から顔を出し、使い魔を覗き込んだ。
「……監視用の、使い魔……視覚と聴覚を、術者に送る」
御子柴め。
これで敷地内の様子を盗み見ていたのか。
「おしゃべりな人」の正体がわかった。
内部に裏切り者はいなかった。
ただ、木の上に「目」があっただけだ。
俺は使い魔を握りつぶした。
木と紙が、砕けて粉になる。
「よくも覗いてくれたな」
声が低くなった自覚があった。
これで情報源は潰した。
だが、油断はできない。
御子柴は、また別の手を打ってくるだろう。
あの手の人間は、諦めが悪い。
元上司の黒田と同じだ。
俺は粉になった使い魔を払い落とし、立ち上がった。
「ミレイ」
「はい」
「敷地の外周に、結界を強化できないか。ザシキに相談してくれ」
「わかりました」
ミレイが小走りで去っていく。
俺は空を見上げた。
冬の青空が、どこまでも澄んでいる。
平和な景色だ。
だが、その平和は誰かが守らなければ維持できない。
ブラック企業時代と同じだ。
システムは、放置すれば必ず劣化する。
定期メンテナンスが必要だ。
セキュリティパッチを当て続けなければならない。
俺は炬燵に戻り、冷めた味噌汁を飲み干した。
「カイトさん、温め直しますか」
ミレイが戻ってきていた。
「いや、いい。冷めてても美味い」
「そうですか」
ミレイの目が、嬉しそうに細まった。
マスクの下で、きっと笑っている。
従業員たちは、俺を信じてくれている。
俺も、彼女たちを信じる。
それだけで十分だ。
窓の外で、黒田の悲鳴が聞こえた。
「ハチさん! 穴が深すぎます!」
「ぽぽぽ! まだまだ! もっと掘れ!」
平和だ。
うちの会社は、今日も通常運転である。
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