実家の裏庭がダンジョンだったので、口裂け女や八尺様に全自動で稼がせて俺は寝て暮らす〜元社畜のダンジョン経営〜

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第38話 監視されているので、元上司を「穢れの王」に仕立て上げてみた

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 翌朝。
 縁側で茶をすすっていると、タマが欠伸をしながら報告してきた。

「まだ見てる」

 短い。実に短い。
 だが、それで十分だった。

「場所は?」

「裏山。杉の上。めんどくさい」

 監視用の式神。昨日の偵察で存在は把握していた。
 小鳥に偽装した紙の使い魔。視覚情報を術者に送るタイプだろう。

「破壊するか?」

 ミレイが裁ち鋏を手にして立ち上がる。
 刃がぎらりと朝日を反射した。

「待て」

 俺は茶を置いて、考えを巡らせた。
 潰すのは簡単だ。スキマに頼めば一瞬で終わる。
 だが、それでは情報が取れない。

「逆に利用する」

「利用、ですか?」

「監視されているなら、見せたいものを見せればいい」

 ミレイが首をかしげる。
 ザシキはきょとんとしている。
 ハチさんだけが「おお?」と興味を示した。

「つまり、嘘をつくってことじゃん!」

「正解だ」

 俺は全員を縁側に集めた。
 スキマが隙間から顔を覗かせ、ユキが白菜を齧りながら耳を傾ける。
 黒田は農具小屋から引きずり出された。

「これから、お前たちには演技をしてもらう」

「演技?」

 黒田が不審そうな顔をする。
 いい表情だ。その困惑、大事にしろ。

「黒田。お前は今日から『穢れの王』だ」

「は?」

「敵は穢れの気配を感知している。お前から漂う穢れを、連中は見逃さない」

 つまり、黒田を組織の中核に見せかける。
 敵が狙うべき「急所」を偽装するのだ。

「ちょ、ちょっと待ってください! 俺が王って」

「嫌か?」

「嫌に決まってるでしょう! というか、囮にされるんですよね? 俺が狙われるんですよね?」

「よく分かってるじゃないか」

「分かりたくないです!」

 黒田が後ずさる。
 だが、背後にはいつの間にかハチさんが立っていた。

「ぽぽぽ。どこ行くの、黒田くん」

「ひっ」

「大丈夫だよ。あたいが守ってあげるから」

「その『守る』って、物理的にですか? 精神的にですか?」

「両方?」

 疑問形で返すな。

「報酬を出そう」

 俺は交渉に切り替えた。
 黒田の目が一瞬だけ光る。社畜の性だ。

「今日一日、指示通りに動いたら、夕食にミレイの手料理を出す」

「それ、いつも食べてますけど」

「デザート付きだ」

「デザート」

 黒田の喉が鳴った。
 農具小屋暮らしの彼にとって、甘味は贅沢品だ。

「やります」

 現金な男だ。だが、それでいい。

    *

 準備は1時間で整った。

 庭の中央に、土蔵から引っ張り出した古い木箱を積み上げる。
 祖父の代から使われていた木材。経年で黒ずみ、それらしい威厳が漂う。

「ガンさん。焦がしてくれ」

 ロック・ゴーレムが重い足音を立てて近づいた。
 無言でうなずき、岩の体から熱波が放たれる。
 木箱の表面がじわりと焦げ、儀式の痕跡が刻まれた。

「熱っ! 俺まで焦がさないでください!」

 黒田が飛び退く。
 ガンさんは無言で去っていった。相変わらず寡黙な奴だ。

「では、始めるぞ」

 俺は裏山の方角をちらりと見る。
 あの式神の目に入る位置。完璧だ。

「黒田。祭壇の前に立て」

「はい」

「両手を広げろ。ゆっくり左右に揺れながら、こう言え」

 俺はメモを渡した。

「穢れよ、集え。我が器に宿り、力となれ」

 黒田が棒読みで唱える。
 すると、彼の足元から黒い靄がゆらりと立ち昇った。
 普段は見えない穢れが、呪文に呼応して姿を現したらしい。

「おお。なんか出てるじゃん、旦那」

 ハチさんが感心したように言う。

「げほっ、げほっ! なんか入ってきた!」

「いい感じだねえ。もっと吸って!」

「吸いたくないです!」

 黒田が咳き込みながら悲鳴を上げる。
 演技のつもりが、本物の穢れを呼び寄せてしまったらしい。
 まあ、どうせ彼の中にあったものだ。問題ない。

「ミレイ、ハチさん、タエさん。平伏しろ」

 三人が地面に伏せる。
 だが、ミレイの動きが一瞬遅れた。

「ミレイ?」

「私が、黒田さんに平伏するんですか?」

 声が低い。
 マスクの下の口元が、わずかに引きつっているのが分かった。

「演技だ」

「演技でも、です」

「俺の命令だぞ」

 ミレイの肩がぴくりと動いた。
 数秒の沈黙。

「分かりました」

 ミレイがゆっくりと膝をつく。
 その動作には、明らかな不満が滲んでいた。
 地面に額をつける直前、彼女は黒田を睨み上げた。

「黒田さん」

「は、はい」

「後で覚えていてくださいね」

「なんで俺が怒られるんですか!?」

 黒田の悲鳴が響く。
 俺のせいなのだが、まあいい。

「ぽぽぽ! 王様すごいねえ!」

 ハチさんは楽しそうだ。
 タエさんも「ひひひ、久しぶりの余興だねえ」と笑っている。
 温度差がひどい。

「カイト、あたしは何するの?」

 ザシキが裾を引っ張ってきた。

「お前は俺の隣で腕を組んで立っていろ」

「なんで?」

「『幹部』に見せかける」

「幹部って何?」

「偉い人のことだ」

「じゃあカイトは?」

「俺も偉い人だ」

「ふうん。あたしとカイト、どっちが偉いの?」

 面倒な質問が来た。

「同じくらいだ」

「やった!」

 ザシキが嬉しそうに腕を組む。
 幼女が腕を組んでも威厳は出ないが、それもまた情報の撹乱になる。

「次だ。ユキ、ガンさんの近くに行け」

「うん」

 ユキがガンさんのそばに近づく。
 ロック・ゴーレムの体から放たれる熱気が、陽炎のように揺らめいていた。
 式神の目から見れば、ユキが炎のすぐそばに立っているように見えるだろう。
 実際には熱が届かない距離を保っている。

「両手をかざして、『あったかい』と言え」

「あったかーい」

 声に抑揚がない。

「ねえ、カイト」

「なんだ」

「これ、ほんとじゃない」

「ほんとじゃなくていい。見せかけだ」

「ふうん」

 ユキは小首をかしげたが、素直に演技を続けた。

 雪女が熱を恐れない。
 敵がそう誤認すれば、火炎攻撃を選択肢から外すか、あるいは逆に火炎で攻めてくる。
 どちらでも対処は可能だ。

「スキマ。お前は隙間から出入りを繰り返せ。頻度を上げろ」

「……分かった」

 スキマが壁の隙間から顔を出し、消え、また別の場所から現れる。
 警戒態勢を演出する。準備しているのは演技だけだが。

    *

 昼を過ぎた頃、黒田が三度目の休憩を求めてきた。

「もう無理です。穢れで喉がイガイガします」

「水を飲め。あと5時間だ」

「5時間!?」

 ハチさんが黒田の背中を叩く。

「頑張れ頑張れ! 旦那のためだよ!」

「応援じゃなくて交代してください!」

「あたいじゃ穢れ出ないじゃん」

 正論だった。

 夕方。
 作業が終わり、黒田がへたり込んだ。

「スキマ。敵の様子を見てこい」

「……うん」

 スキマが隙間に消える。
 数分後、彼女は戻ってきた。

「……見てきた」

「どうだった」

「……老人が、水晶みたいなのを覗いてた。隣に、スーツの男」

 御子柴だ。

「老人は何か言っていたか」

「……『あの男が力の源だ』って」

 俺は口元が緩むのを感じた。

「……『穢れの王を無力化すれば、結界も弱まる』って」

 食いついた。

「……『次の式神は、あの男を狙う』って」

 完璧だ。

「……あと」

「あと?」

「……あの老人、ねっとりしてた。気持ち悪かった」

 スキマが珍しく感想を述べた。
 よほど不快だったらしい。

「……カイト、嬉しそう」

「ああ。作戦成功だ」

 黒田がへたり込んだまま、こちらを見上げた。

「もう踊れません」

「よく頑張った。約束通り、デザートを出す」

「本当ですか」

「ミレイ、頼む」

 ミレイの返事が一拍遅れた。

「はい」

 まだ機嫌が直っていないらしい。

「黒田さん。プリンでいいですか」

「は、はい。ありがとうございます」

「手作りです。私が丹精込めて作りました」

「あ、ありがとうございます」

「カイトさんのために作ったものですけど」

「すみません!」

 黒田が土下座した。
 なぜ謝っているのか分からないが、彼の本能が正しい判断を下したのだろう。

「さて」

 俺は夕暮れの空を見上げた。

「敵は黒田を狙う。穢れを吸い上げる式神を送ってくるだろう」

「で、どうするんですか、これ!」

 黒田が焦った声を上げる。

「簡単だ。囮には囮の仕事をさせる」

 黒田の顔が青ざめる。

「俺、また狙われるんですか」

「そうだ。だが、お前が囮として機能している間に、本命が動く」

「本命って」

「ミレイの迎撃と、ザシキの結界だ」

 ミレイが裁ち鋏を構えた。
 ザシキが無邪気に手を振った。

「守ってあげるね、黒田さん。悪い子には、めっちゃ不運が来るから」

「あの、守るって」

「敷地に入った瞬間、転んだり、お腹痛くなったりするの」

 以前、チンピラを3分で撃退した実績がある。
 「先生」の式神がどこまで結界に耐えられるか。見ものだ。

「明日も続けるぞ」

「えっ」

「敵が攻めてくるまで続ける」

「いつまでですか」

「敵次第だ」

 黒田の悲鳴が夕暮れの空に消えていく。

 情報戦の基本は、敵に「見たいもの」を見せること。
 そして、本当に守るべきものから目を逸らさせること。

 敵が囮に食いついた以上、あとは待つだけだ。
 「先生」とやらの式神が来たら、福の結界とミレイの鋏で迎え撃つ。

 穢れまみれの「囮の王」には、もう少し働いてもらおう。
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