偽りの令嬢を演じるオメガ(♂)を救うため、平民アルファの俺が傲慢な大公爵家に喧嘩を売って、二人で自由を掴み取る物語

水凪しおん

文字の大きさ
8 / 11

第7話「剥がされた仮面」

しおりを挟む
 ケイトの衝撃的な告白と、セシルの正体が白日の下に晒されたことで、魔術対抗戦の決勝戦は前代未聞の結末を迎えた。会場は大混乱に陥り、クラインフェルト公爵家の当主は激怒のあまり顔を真っ赤にして卒倒し、ヴァレンシュタイン大公爵は忌々しげに舌打ちをしてその場を去った。
 この事件は、瞬く間に貴族社会全体を揺るがす大スキャンダルとなった。世間を欺き、王家までをも巻き込んで婚約話を進めようとしていたクラインフェルト公爵家への非難は凄まじく、彼らはすぐさまセシルとの養子縁組を解消し、全ての責任を彼一人に押し付ける形で縁を切ることを宣言した。
「君のような恥さらしは、もはや我が学園の生徒ではない」
 学園長からも冷たく言い渡され、セシルは全ての身分と居場所を失った。寮の部屋からは私物を全て運び出され、途方に暮れて立ち尽くすことしかできなかった。令嬢「セシリア」として与えられていた全てが、一夜にして幻のように消え去ったのだ。
 絶望に打ちひしがれ、空っぽの目で地面を見つめるセシルの肩を、力強い腕が抱きしめた。
「しっかりしろ、セシル」
 ケイトの声だった。
「僕は……全部、失った……」
 掠れた声で呟くセシルに、ケイトはさらに強く力を込めて言った。
「違う。お前は何も失ってない。やっと、自分自身を取り戻したんだ。偽物のセシリアじゃなく、本物のセシルに。これからは、俺と生きよう」
 その言葉に、セシルの瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。失ったのではない。取り戻したのだ。この温かい腕の中で、自分は初めて、本当の人生を歩みだすことができるのかもしれない。

 一方、ケイトに対しては、意外な展開が待っていた。罪の意識に耐えきれなくなったリアムが、学園の上層部と治安維持局に対し、ゼノンに脅されて嘘の噂を流したことを全て告白したのだ。さらに、決勝戦でのゼノンの禁術使用も問題視され、ケイトにかけられていた嫌疑は完全に晴れた。それどころか、彼は卑劣な手段に屈しなかった英雄として、一部の生徒たちから称賛されるまでになっていた。
 しかし、ケイトにとって、もはやそんなことはどうでもよかった。学園の名誉も、貴族たちの評価も、彼には何の価値もない。ただ、愛するセシルと共に、自由に生きられる場所が欲しい。それだけだった。
「学園を、辞めます」
 ケイトは、引き留める学園長に、きっぱりとそう告げた。
 その夜、ケイトの部屋に、リアムが訪ねてきた。
「ケイト、本当にごめん……俺のせいで……」
「お前のせいじゃない。気にするな」
 ケイトは友の肩を叩き、そして一つの頼みごとをした。
「俺たち、ここから逃げる。力を貸してくれないか」
 リアムは、一瞬の躊躇の後、力強く頷いた。「もちろんだ! 今度こそ、俺は君の力になる!」
 計画は、迅速に進められた。リアムが得意の情報収集能力を駆使し、学園の警備が手薄になる時間帯や、街の外へ続く安全なルートを割り出した。クラインフェルト公爵家と、面目を潰されたヴァレンシュタイン家が、黙ってセシルを解放するはずがない。きっと、口封じのために追手を放つだろう。
 準備を整えた数日後の深夜。
 ケイトと、男の姿に戻ったセシルは、リアムに見送られながら学園の裏口から抜け出した。
「ケイト、セシルさん、絶対に幸せになれよ!」
 手を振る友に背を向け、二人は闇の中へと駆け出した。それは、甘く優しい逃避行などではない。身分も、財産も、保証された未来も、全てを捨てて、ささやかでも真実の幸せをその手で掴むための、命がけの逃避行の始まりだった。
 冷たい夜風が、二人の頬を撫でていく。だが、隣で走る互いの手のぬくもりだけが、暗闇の中の唯一の道標となっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

追放オメガ聖帝の幸せな結婚〜クールなスパダリ騎士に拾われて溺愛されるまで〜

あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
ノルディーナ王国の聖帝サーナは、教皇のありもしない嘘のせいで聖宮から追放されてしまう。 行く当てがないサーナが国境に向かうと、そこで隣国ルミルカ王国の騎士であるムーシュと出会う。ムーシュから諸事情により偽装結婚を提案されて、サーナは期限付きの偽装結婚ならばよいと承諾し、一時的に保護してもらうことに。 異国暮らしに慣れていく中で、やがてムーシュから溺愛されるようになり……?

禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り

結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。 そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。 冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。 愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。 禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。

【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。

明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。 新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。 しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…? 冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。

沈黙のΩ、冷血宰相に拾われて溺愛されました

ホワイトヴァイス
BL
声を奪われ、競売にかけられたΩ《オメガ》――ノア。 落札したのは、冷血と呼ばれる宰相アルマン・ヴァルナティス。 “番契約”を偽装した取引から始まったふたりの関係は、 やがて国を揺るがす“真実”へとつながっていく。 喋れぬΩと、血を信じない宰相。 ただの契約だったはずの絆が、 互いの傷と孤独を少しずつ融かしていく。 だが、王都の夜に潜む副宰相ルシアンの影が、 彼らの「嘘」を暴こうとしていた――。 沈黙が祈りに変わるとき、 血の支配が終わりを告げ、 “番”の意味が書き換えられる。 冷血宰相×沈黙のΩ、 偽りの契約から始まる救済と革命の物語。

婚約破棄された令息の華麗なる逆転劇 ~偽りの番に捨てられたΩは、氷血公爵に愛される~

なの
BL
希少な治癒能力と、大地に生命を呼び戻す「恵みの魔法」を持つ公爵家のΩ令息、エリアス・フォン・ラティス。 傾きかけた家を救うため、彼は大国アルビオンの第二王子、ジークフリート殿下(α)との「政略的な番契約」を受け入れた。 家のため、領民のため、そして―― 少しでも自分を必要としてくれる人がいるのなら、それでいいと信じて。 だが、運命の番だと信じていた相手は、彼の想いを最初から踏みにじっていた。 「Ωの魔力さえ手に入れば、あんな奴はもう要らない」 その冷たい声が、彼の世界を壊した。 すべてを失い、偽りの罪を着せられ追放されたエリアスがたどり着いたのは、隣国ルミナスの地。 そこで出会ったのは、「氷血公爵」と呼ばれる孤高のα、アレクシス・ヴァン・レイヴンだった。 人を寄せつけないほど冷ややかな瞳の奥に、誰よりも深い孤独を抱えた男。 アレクシスは、心に傷を抱えながらも懸命に生きようとするエリアスに惹かれ、次第にその凍てついた心を溶かしていく。 失われた誇りを取り戻すため、そして真実の愛を掴むため。 今、令息の華麗なる逆転劇が始まる。

処理中です...