隠れオメガの整備士は自由になりたい。なのに暴走する最強騎士を身体を張って止めたら、運命の番だとバレて過保護な専属契約を結ばされました

水凪しおん

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第2話「暴走する本能」

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「匂い、ですか?」

 班長が媚びへつらうような声で問いかける。
 クレイドは鋭い視線を周囲に巡らせた後、ふっと興味を失ったように視線を外した。

「いや、気のせいだ。オイルの臭気が強すぎる」

 そう言って彼は背を向け、奥の特別ハンガーへと歩き去っていった。
 俺は詰めていた息を、音にならないように吐き出す。
 心臓が早鐘を打っていた。
 抑制剤は朝に飲んだばかりだ。効いているはずなのに、あの鋭い感覚は何なんだ。

「おいエリアン、ボーッとしてるな! クレイド様の機体、『銀狼(アガート)』の最終チェックはお前がやれ」

「えっ、俺がですか?」

「お前が一番細かい作業が得意だからな。粗相のないように頼むぞ」

 班長はそれだけ言うと、他の作業指示に戻ってしまった。
 俺は冷や汗を拭いながら、特別ハンガーへと向かう。

 そこには、他の機装とは一線を画す美しい機体があった。
 銀色に輝く装甲、狼を模した頭部形状。
 クレイドの専用機『銀狼』だ。
 近くで見ると、その美しさと恐ろしさに圧倒される。

 俺は昇降リフトを使ってコクピット付近まで上がり、装甲のハッチを開けた。
 内部の生体部品は脈動し、まるで生き物の内臓のようだ。
 俺は慎重にセンサーを接続し、数値をチェックしていく。

「……同調率、不安定だな」

 モニターに表示された数値を見て、俺はつぶやいた。
 機装はパイロットの精神状態に強く影響される。
 この数値の乱れは、パイロットであるクレイド自身がストレスを抱えている証拠だ。

「優秀なパイロットほど、機体からのバックドラフトがきついって言うけど」

 これほどの数値を抱えたまま平然と歩いていたのか。あの男は。
 俺は少しだけ、あの冷徹そうな男に同情を覚えた。
 アルファも楽じゃないんだな。

 その時、警報音がドック全体に鳴り響いた。

『緊急警報。外壁第3セクターに大型汚染獣(グリム)接近。直ちに出撃せよ』

 汚染獣。
 外の世界の毒を吸って変異した怪物たちだ。
 ドックの空気が一瞬で張り詰める。

「総員退避! パイロットは搭乗せよ!」

 俺がリフトを降ろそうとしたその時、格納庫の扉が開き、クレイドが駆け込んできた。
 彼は俺がいることに気づくと、鋭く指示を飛ばした。

「整備士、そこをどけ! 出撃する!」

「待ってください! まだ同調率の調整が終わっていません! このまま出ると危険です!」

 俺は大声で叫んだが、クレイドは聞く耳を持たなかった。

「構わん。時間が惜しい」

 彼は無理やり俺をリフトから遠ざけ、コクピットへと飛び乗った。
 ハッチが閉まり、銀狼の瞳にあたるカメラアイが赤く発光する。
 巨体が唸りを上げ、カタパルトへと移動していく。

「……無茶だ」

 俺はその背中を見送ることしかできなかった。
 嫌な予感が、腹の底で渦巻いていた。

 数分後、その予感は最悪の形で的中することになる。
 モニター越しに見る戦場で、銀狼の動きが突然止まったのだ。
 汚染獣の群れが迫る中、最強の騎士の機体は、まるで糸の切れた人形のように沈黙していた。
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