隠れオメガの整備士は自由になりたい。なのに暴走する最強騎士を身体を張って止めたら、運命の番だとバレて過保護な専属契約を結ばされました

水凪しおん

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第1話「灰色の空と銀の機体」

 空はずっと灰色だ。
 厚い雲が垂れ込め、そこから降ってくるのは雨ではなく、肺を焼くような有毒な灰だった。
 人類が巨大なドーム都市に閉じこもってから、もう何百年が経っただろうか。

 都市の下層区画、薄暗い整備ドックには、今日も重油と鉄の匂いが充満している。
 俺、エリアンは額の汗を袖でぬぐいながら、巨大な金属の塊を見上げていた。

「よし、関節部の調整完了。神経伝達系の数値も正常だ」

 目の前にそびえ立つのは『機装(ギア)』と呼ばれる生体兵器だ。
 金属の骨格に人工培養された筋肉繊維が絡みつき、まるで巨人のような威圧感を放っている。この汚染された世界で、外に出て浄化作業を行える唯一の手段。
 そして、これに乗れるのは選ばれた『アルファ』だけだ。

「おいエリアン! そっちの作業は終わったか?」

 班長の怒鳴り声が響く。俺は慌てて工具を腰のベルトに戻し、声を張り上げた。

「終わりました! いつでも出撃できます!」

「よし。次は第三小隊のメンテだ。急げよ、今日は『ガーデナー』様の視察があるんだからな」

 ガーデナー。それは機装を操るパイロットの呼称であり、この都市における英雄たちのことだ。
 俺たち整備士のような裏方とは住む世界が違う。

 俺は駆け出しながら、胸ポケットに入っている錠剤ケースの感触を確かめた。
 中に入っているのは、強力な抑制剤。
 俺がこの場所で生きていくための命綱だ。

 本来なら、俺のような『オメガ』は、こんな油まみれの職場にはいられない。
 オメガはこの世界では希少な資源だ。
 機装に乗るアルファの精神を安定させるための、生きた鎮静剤として管理施設に隔離されるのが運命だった。

『絶対に、捕まるもんか』

 自由のない飼い殺しの人生なんてごめんだ。俺は自分の腕で食べていきたい。
 だから俺は身分を偽り、抑制剤でフェロモンを殺して、ベータの整備士として働いている。
 今のところ、誰にもバレていない。このままあと数年働けば、正規の市民権を買って、静かに暮らせるはずだ。

 ドックの巨大な搬入ゲートが開き、まばゆい光が差し込んだ。
 視察団の到着だ。
 整備士たちが一斉に整列して敬礼する。俺も慌ててその列に加わり、頭を下げた。

 コツ、コツと、硬質なブーツの音が響く。
 近づいてくる気配だけで、肌がピリピリと粟立つような感覚があった。
 これは、強いアルファ特有の圧迫感だ。

「……整備状況は良好のようだな」

 低く、よく通る声が頭上から降ってきた。
 恐る恐る顔を上げると、そこには一人の男が立っていた。

 漆黒の軍服に、銀色の刺繍。長身痩躯だが、服の上からでもわかる鍛え上げられた肉体。
 そして何より目を引いたのは、氷のように冷たく透き通った青い瞳だった。

 クレイド・ヴァン・アークライト。
 軍最強と謳われる筆頭機装騎士。

 彼がふと、俺の方を見た気がした。
 心臓がドクンと跳ねる。
 まさか、バレたわけじゃないよな?
 俺は必死に呼吸を整え、ただの整備士のふりをして視線を伏せた。

 だが、クレイドは俺の前で足を止めた。
 鼻をわずかに動かし、怪訝そうに眉間にしわを寄せている。

「……妙な匂いがする」

 その言葉に、俺の全身から血の気が引いた。

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