過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます

水凪しおん

文字の大きさ
3 / 14

第02話「唯一の騎士、唯一の味方」

しおりを挟む
 追放宣告の翌朝、俺は最低限の荷物をまとめた粗末な鞄一つを手に、屋敷の裏口に立っていた。
 朝日が昇り始めたばかりで、空気はまだひんやりとしている。見送りに来る者など、誰もいない。期待すらしていなかったが、ここまであからさまな仕打ちには乾いた笑いしか出なかった。

「リアム様、準備が整いました」

 背後から静かな声がした。振り返ると、そこには旅支度を整えたユリウスが、馬を二頭引き連れて立っていた。
 一頭は俺が乗るためのもので、もう一頭には旅に必要な物資が積み込まれている。どれもこれも、彼が昨夜のうちに自腹を切って用意してくれたものだろう。この家が俺に旅費など出すはずもないのだから。

「すまないな、ユリウス。お前の金を使わせてしまって」
「お気になさらないでください。俺の全ては、リアム様のためにあります」

 淡々と告げられる言葉には、嘘や誇張が一切感じられない。
 彼の忠誠は、時として俺を戸惑わせるほどに純粋で、そして重い。

「……ありがとう」

 素直な感謝が口をついて出た。ユリウスは何も言わず、ただ俺が馬に乗りやすいようにと、そっと手を差し伸べてくれる。
 その無骨で、剣だこのできた手に、俺は自分の手を重ねた。ひんやりとしているが、確かな温もりが伝わってくる。

 俺たちが奴隷市場で出会ったのは、一年前のことだ。
 貴族の嗜みとして、仕方なく足を運んだその場所で、俺は隅の檻に入れられた彼を見つけた。他の奴隷たちが媚びを売ったり、怯えたりする中で、彼だけが全てを諦めたような虚ろな目で宙を見つめていた。その瞳が、前世で心をすり減らし、全てに無気力になっていた頃の自分に重なった。

「こいつを貰う」

 気づけば、俺はそう口にしていた。有り金のほとんどをはたいて彼を買い、解放しようとした。だが、彼はそれを拒んだ。

『行く当ても、生きる意味もありません。どうか、あなたのそばに置いてください』

 そう言って頭を下げた彼に、俺は「ユリウス」という名を与え、護衛騎士としてそばに置くことにした。
 それ以来、彼は影のように俺に付き従い、何度も俺の心を守ってくれた。屋敷の者たちからの嫌がらせをさりげなく防いだり、俺が一人でふさぎ込んでいる時には、何も言わずにただ隣に座っていてくれたり。彼の存在は、この息苦しい世界での俺の唯一の救いだった。

「行こうか、ユリウス」
「はっ」

 馬に跨り、俺たちは静かにアシュフィールド侯爵邸を後にした。振り返ることはしなかった。未練など、ひとかけらも無い。

 王都の街並みを抜け、街道を北へと進む。しばらくは石畳の整備された道が続いていたが、やがて道は土くれへと変わり、周囲の景色も寂しくなっていく。アークライト領は、ここから馬車で一週間以上かかる北の果てだ。

 道中、野盗に襲われることも一度や二度ではなかった。
「ひゃっはー! 獲物だぜ! 馬と荷物を置いていきな!」
 いかにもなテンプレ台詞を吐く小汚い男たちに取り囲まれた時、俺は内心で「ああ、やっぱりか」と冷静に状況を分析していた。元公務員の悲しい性である。

 だが、俺が何か考えるより先に、隣のユリウスが動いた。
 彼は音もなく馬から降り立つと、腰の剣を抜き放つ。その動きには一切の無駄がない。

「リアム様は、お下がりください」

 彼の背中が、やけに大きく見えた。野盗たちが下品な笑いを浮かべながら襲い掛かる。
 しかし、次の瞬間には、彼らは面白いように斬り伏せられていた。ユリウスの剣技は、まるで流れる水か、舞い散る吹雪のようだった。美しく、そして恐ろしいほどに正確無比。あっという間に野盗たちは武器を捨て、命乞いをしながら逃げ去っていった。

「怪我は?」
「ありません。リアム様こそ」

 剣についた血を払いながら、ユリウスが静かに振り返る。その空色の瞳は、今しがた人を斬ったとは思えないほど澄み切っていた。
 俺は彼がただの元奴隷ではないと、漠然と感じてはいた。この剣技は、そこらの騎士隊長など足元にも及ばない。だが、彼が話さない限り、俺も聞くつもりはなかった。誰にだって、触れられたくない過去の一つや二つはある。

「俺は大丈夫だ。……すごいな、お前は」
「……あなたを守るためだけに、この剣はあります」

 彼はそう言って、静かに剣を鞘に納めた。その横顔にどんな感情が浮かんでいるのか、俺にはまだ読み取ることができない。

 ただ、確かなことが一つだけあった。
 この無口で謎多き護衛騎士がいれば、少なくとも道中で野垂れ死ぬことはないだろう。そして、彼の存在が、これからの過酷な未来に立ち向かうための、俺の唯一の希望の光だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!

ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。 ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。 これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。 ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!? ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19) 公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

婚約破棄されてヤケになって戦に乱入したら、英雄にされた上に美人で可愛い嫁ができました。

零壱
BL
自己肯定感ゼロ×圧倒的王太子───美形スパダリ同士の成長と恋のファンタジーBL。 鎖国国家クルシュの第三王子アースィムは、結婚式目前にして長年の婚約を一方的に破棄される。 ヤケになり、賑やかな幼馴染み達を引き連れ無関係の戦場に乗り込んだ結果───何故か英雄に祭り上げられ、なぜか嫁(男)まで手に入れてしまう。 「自分なんかがこんなどちゃくそ美人(男)を……」と悩むアースィム(攻)と、 「この私に不満があるのか」と詰め寄る王太子セオドア(受)。 互いを想い合う二人が紡ぐ、恋と成長の物語。 他にも幼馴染み達の一抹の寂寥を切り取った短篇や、 両想いなのに攻めの鈍感さで拗れる二人の恋を含む全四篇。 フッと笑えて、ギュッと胸が詰まる。 丁寧に読みたい、大人のためのファンタジーBL。 他サイトでも公開しております。

なぜ処刑予定の悪役子息の俺が溺愛されている?

詩河とんぼ
BL
 前世では過労死し、バース性があるBLゲームに転生した俺は、なる方が珍しいバットエンド以外は全て処刑されるというの世界の悪役子息・カイラントになっていた。処刑されるのはもちろん嫌だし、知識を付けてそれなりのところで働くか婿入りできたらいいな……と思っていたのだが、攻略対象者で王太子のアルスタから猛アプローチを受ける。……どうしてこうなった?

主人公の義弟兼当て馬の俺は原作に巻き込まれないためにも旅にでたい

発光食品
BL
『リュミエール王国と光の騎士〜愛と魔法で世界を救え〜』 そんないかにもなタイトルで始まる冒険RPG通称リュミ騎士。結構自由度の高いゲームで種族から、地位、自分の持つ魔法、職業なんかを決め、好きにプレーできるということで人気を誇っていた。そんな中主人公のみに共通して持っている力は光属性。前提として主人公は光属性の力を使い、世界を救わなければいけない。そのエンドコンテンツとして、世界中を旅するも良し、結婚して子供を作ることができる。これまた凄い機能なのだが、この世界は女同士でも男同士でも結婚することが出来る。子供も光属性の加護?とやらで作れるというめちゃくちゃ設定だ。 そんな世界に転生してしまった隼人。もちろん主人公に転生したものと思っていたが、属性は闇。 あれ?おかしいぞ?そう思った隼人だったが、すぐそばにいたこの世界の兄を見て現実を知ってしまう。 「あ、こいつが主人公だ」 超絶美形完璧光属性兄攻め×そんな兄から逃げたい闇属性受けの繰り広げるファンタジーラブストーリー

過労死研究員が転生したら、無自覚チートな薬草師になって騎士様に溺愛される件

水凪しおん
BL
「君といる未来こそ、僕のたった一つの夢だ」 製薬会社の研究員だった月宮陽(つきみや はる)は、過労の末に命を落とし、魔法が存在する異世界で15歳の少年「ハル」として生まれ変わった。前世の知識を活かし、王立セレスティア魔法学院の薬草学科で特待生として穏やかな日々を送るはずだった。 しかし、彼には転生時に授かった、薬草の効果を飛躍的に高めるチートスキル「生命のささやき」があった――本人だけがその事実に気づかずに。 ある日、学院を襲った魔物によって負傷した騎士たちを、ハルが作った薬が救う。その奇跡的な効果を目の当たりにしたのは、名門貴族出身で騎士団副団長を務める青年、リオネス・フォン・ヴァインベルク。 「君の知識を学びたい。どうか、俺を弟子にしてくれないだろうか」 真面目で堅物、しかし誰より真っ直ぐな彼からの突然の申し出。身分の違いに戸惑いながらも、ハルは彼の指導を引き受ける。 師弟として始まった二人の関係は、共に過ごす時間の中で、やがて甘く切ない恋心へと姿を変えていく。 「君の作る薬だけでなく、君自身が、俺の心を癒やしてくれるんだ」 これは、無自覚チートな平民薬草師と、彼を一途に愛する堅物騎士が、身分の壁を乗り越えて幸せを掴む、優しさに満ちた異世界スローライフ&ラブストーリー。

ガラスの靴を作ったのは俺ですが、執着されるなんて聞いてません!

或波夏
BL
「探せ!この靴を作った者を!」 *** 日々、大量注文に追われるガラス職人、リヨ。 疲労の末倒れた彼が目を開くと、そこには見知らぬ世界が広がっていた。 彼が転移した世界は《ガラス》がキーアイテムになる『シンデレラ』の世界! リヨは魔女から童話通りの結末に導くため、ガラスの靴を作ってくれと依頼される。 しかし、王子様はなぜかシンデレラではなく、リヨの作ったガラスの靴に夢中になってしまった?! さらにシンデレラも魔女も何やらリヨに特別な感情を抱いていているようで……? 執着系王子様+訳ありシンデレラ+謎だらけの魔女?×夢に真っ直ぐな職人 ガラス職人リヨによって、童話の歯車が狂い出すーー ※素人調べ、知識のためガラス細工描写は現実とは異なる場合があります。あたたかく見守って頂けると嬉しいです🙇‍♀️ ※受けと女性キャラのカップリングはありません。シンデレラも魔女もワケありです ※執着王子様攻めがメインですが、総受け、愛され要素多分に含みます 朝or夜(時間未定)1話更新予定です。 1話が長くなってしまった場合、分割して2話更新する場合もあります。 ♡、お気に入り、しおり、エールありがとうございます!とても励みになっております! 感想も頂けると泣いて喜びます! 第13回BL大賞にエントリーさせていただいています!もし良ければ投票していただけると大変嬉しいです!

処理中です...